
今月より「陽の当たらなかった女性作曲家たち」第Ⅳシリーズ連載を始めます。12か月で12人の新たな女性作曲家の人生と作品、お読み頂けます と幸いに存じます。
初回はマーガレット・ボンズ(Margaret Bonds)です。1913年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで生まれ、1972年にロサンジェルスで亡くなりました。母親が教会を中心に活躍する音楽家で全国黒人音楽家協会のメンバーだったため、家庭には多くのアーティスト、作家、音楽家が出入りをし、刺激に満ちた環境で育ちました。一方で父親は医師で公民権運動の旗手として活躍し、著作も多く、黒人系の新聞にも記事を寄稿していました。両親はマーガレットが4歳の時に離婚、その後は母親の下で育ちました。それでも、生涯にわたり、それぞれの親と良好な関係を続けました。
5歳より母にピアノの手ほどきを受け、作曲と言えば、小さな曲を書いては、ひとりで楽しんでいました。音楽的な素地と恵まれた家庭環境、高校時代にはピアノと作曲をフローレンス・プライス(エッセイIIー9回参照)に師事し、1929年、16歳でシカゴ近郊に位置するノースウエスタン大学音楽学部に入学します。ノーベル賞やピュリッツァー賞受賞者を多数輩出する、私立の名門校で
す。
しかしながら、期待を胸に入学した大学は黒人学生への偏見や差別に満ちていました。図書館の使用も学食の使用も許されませんでした。マーガレットの悔しさや悲しさは、同じく黒人の詩人ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes )の詩の数々、とりわけ「The Negro Speaks of Rivers」を読むことで深く慰められました。この詩は、ヒューズが、いかに黒人が素晴らしい人間かを語っています。彼女が黒人ゆえに入ることを許されなかった大学図書館、その地下に目をやると、この詩が掲げられていました。学部に続き、1934年に修士課程を卒業しました。その後、マーガレットがヒューズに実際会うまで、未だしばらくの時間を要しました。
マーガレットはめきめき頭角を現し、学部時代の1932年18歳でワナメーカー財団主催の音楽コンクール、声楽作品部門で優勝します。作品は「The Sea Ghost」で、歌とピアノ伴奏の2分ほどの作品です。この受賞により彼女の名前は広く世間に知れ渡りました。師のフローレンス・プライスが、同年に同じくワナメーカーコンクールのピアノ曲部門と交響曲作曲部門で優勝しています。ワナメーカー氏は黒人篤志家でデパート業などのビジネスで成功し、若手の登竜門としてコンクールを始めました(プライスのエッセイに詳細あり)。
引き続き、1933年大学卒業時には、シカゴ交響楽団の「Century of Progress シリーズ」で、オーケストラと共演を果たします。ピアノ独奏者に選ばれたのは黒人初の快挙として話題になり、カーペンター作曲のピアノ小協奏曲を弾きました。加えて、同年シカゴで師のフローレンス・プライスのピアノ協奏曲ニ短調を、シカゴ女性によるオーケストラと共演をして脚光を浴びました。
修士課程を経て卒業後は、しばらくシカゴを拠点に、生活を支えるためにも多岐に渡る活動を始めました。作詞作曲に加えて、多くの生徒を教え、実力派の弟子たちとピアノ二重奏を組みました。
1939年、ニューヨークはハーレム地区に移り、ジュリアード音楽院でさらなる研鑽を積み、ハーレムを拠点に、黒人の人権運動、黒人作曲家のみによる作曲家集団の設立、黒人の子どもたちのための音楽学校の設立、室内楽グループを設立します。黒人が多く暮らすハーレムのコミュニティに根ざした様々な活動に尽力しました。作曲内容は、ヨーロッパ伝統のクラシック音楽から、ポピュラー音楽、ジャズ、黒人霊歌等、幅広いジャンルへ広がりました。そこには黒人差別撤廃運動、公民権運動への熱い思いが絶えず作品に反映されており、社会活動家としての父親と、音楽家の母親の活動、それぞれの親の影響を色濃く見て取れます。
作品は、南部在住で黒人差別を繰り返す白人男性議員3人を皮肉った「The Wild Monkyes」。金輪際ジム・クロウ法には屈しないと、モンゴメリ・バスボイコット運動への抵抗を書いたオーケストラ作品「モンゴメリー変奏曲(1964年)」。ヒューズとの共作の劇場音楽には「ハーレムのシェイクスピア(1959年)」、同じくヒューズと共作の歌曲集の数々には「Songs of the Seasons~1.Poem d’automne 2. Winter-Moon 3.Young love in spring 4.Summer storm 」も人気が高いです。ピアノ独奏曲には「Troubled Water」「Two Piano Pieces」など。往年の名画「風と共に去りぬ」では歌曲「Peachtree street」が委嘱を受けました。

タウンホールでのコンサートのプログラム

ラングストン・ヒューズ
ニューヨークでは、ソリストとしての活動も多くなりました。いよいよ、1952年2月には市内のタウンホール(西43丁目、タイムズスクエア界隈に現存する)で、ピアノソロのデビューコンサートを行いました。
マーガレットが心から敬愛していた前述の詩人、ラングストン・ヒューズとは、1936年にとうとう会う機会がやってきました。その後は、お互いの才能を共有し、ヒューズの詩にマーガレットが音楽をつけ、「An Evening of Music and Poet in Negro Life」を催します。ヒューズは他にも、マーガレットに絶えず詩を送り、いつでも作品に役立ててほしいとサポートを惜しみませんでした。また、ヒューズのニューヨークの数々の知り合いを紹介しました。ソロデビューの会場タウンホールの楽屋には、ヒューズよりお祝いの電報が届き、本来だったら、そこに駆け付けたかったとありました。この後、ふたりは亡くなるまで友情をはぐくんだのです。
ヒューズ(1901-1967)は、ミズーリ生まれの詩人、作家、劇作家、コラムニスト。それまでは、白人ライター達の描く黒人のイメージが世間に流布していましたが、ヒューズは等身大の黒人たちを書きました。保守的で差別の多かったニューヨークのコロンビア大学を中退し、後にリンカーン大学を卒業しました。1910年代から1930年代に栄華を誇ったハーレム・ルネッサンスの代表的な人物のひとりです。

1967年のヒューズの訃報は、受け入れがたいものがありました。深く落ち込んだマーガレットは、1932年以来の結婚生活に終止符を打ち、夫と娘を置いてロスアンジェルスに引っ越しました。音楽学校で教え、絶え間なく活動を続けましたが、急に襲った心臓発作で、あっけなく命を落としました。まだ59歳でした。ズービン・メータ率いるロスアンジェルス交響楽団がボンズの作品「オーケストラとソプラノ、バリトンのソロと合唱のための"クレド”」を初演したのは、訃報から2年後のことでした。
この度の演奏は、1967年の作品「Troubled Water」。 黒人霊歌 ”Wade in the Water “ に基づく、という副題が記載されています。冒頭のジャズのリズムのパートから、霊歌〜スピリチュアルなメロディに移り、そこからまた展開し続ける、スケールの大きな作品です。何度かの書き換えを経て、現在の楽譜に落ち着きました。
追加情報:
昨年3月、世界中の女性作曲家たちの作品をおさめた「女性作曲家の3世紀」というCDが発売されました。石本さんの演奏も収録されています。詳細はこちら:
https://tower.jp/item/5329845/%E5%A5%B3%E6%80%A7%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E3%81%AE3%E4%B8%96%E7%B4%80
音源はこちらからどうぞ。https://www.youtube.com/watch?v=yT5GzgYczeI
参考文献
Margaret Bonds: Composer and Activist. GeorgeTown University Library
https://library.georgetown.edu/exhibition/margaret-bonds-composer-and-activist
Margaret Bonds and Langston Hughes : A Musical Friendship.同上
https://library.georgetown.edu/exhibition/margaret-bonds-and-langston-hughes-musical-friendship
Langston Hughes, Poetry Foundation
https://www.poetryfoundation.org/poets/langston-hughes
Credo, performed by the UMKC
Margaret Bonds: CREDO, performed by the UMKC Conservatory Choirs & Orchestra, cond. Jennaya Robison
Songs of the seasons, Songs of the Seasons- Margaret Bonds
Golden Gate Quartet, Jade in the Water- Margaret Bonds
He’s got the whole world in his hand , performed by Leontyne Price,
He's Got the Whole World in His Hand (Negro Spiritual)
Harlem Renaissance, Wiki https://en.wikipedia.org/wiki/Harlem_Renaissance
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