暑い、暑い京都の夏を逃れて、涼しい、さわやかな高原の軽井沢へゆく。東京から北陸新幹線で軽井沢まで1時間ちょっと。「こんなに近いんだ」と、びっくり。はるか昔の学生時代、小海線で軽井沢に立ち寄り、白樺林を歩いたことがあったけど、もっと遠かったと思う。今回、旧軽銀座、南軽井沢、中軽井沢、追分とめぐったのは初めて。お天気にも恵まれ、忙しくも楽しい2泊3日の旅となった。
軽井沢駅に降り立つと、空気がサラッとして気持ちいい。近くのホテルでチェックイン後、巡回バスで旧軽銀座へ。「こんなに賑やかなんだ」と、またまたびっくり。「酢重正之商店」で無添加の信州味噌を求め、孫娘はピーター・ラビットのお店で、お友だちへのお土産を買う。向かいの「ミカドコーヒー」前には若い人たちがモカソフトクリームに行列している。ちょっと時雨れてきたので、2階のカフェで雨宿りする。空が明るくなったのを確かめて、早めの夕食を「川上庵」で、手打ち信州そばと野菜の天ぷらをいただく。少しぶらぶらした後、駅までバスで戻る。駅の向こう側にアウトレットの店が何軒も並んでいて、中国人観光客が続々とやってくる。娘たちの長い買い物が終わるまで椅子に座って待つ。夕刻、森の中を歩いてホテルまで。温泉つき露天風呂にゆっくりと浸り、すっかり疲れもとれて、あとは寝るだけ。
2日目は朝8時オープンの「旦念亭」まで歩いて、ゆっくり朝食をとる。1978年創業。テラスに庭の緑が映えている。8~10時間かけて一滴ずつ抽出する水出しコーヒーが味わい深い。厚さ4、5センチもある、ふわふわトーストにジャムをつけ、海苔を巻いて食べてもおいしい。チャウダースープも美味。そして駅近くのレンタカーを借りて、9時出発。
南軽井沢のムーゼの森の「軽井沢絵本の森美術館」へ向かう。美術館と森をつなぐ「ピクチャレスク・ガーガン」には3つの展示館が建っている。木造りの広々とした建物が原生林の木々にマッチして気持ちのいい空間だ。ちょうど「童話のなかのアンデルセン」の原画展が開かれていた。子どもの頃、アンデルセンの「赤い靴」も「マッチ売りの少女」も「みにくいアヒルの子」も、「なんか怖いなあ」と思って読んでいた。道を隔てた向かい側の「おもちゃ美術館」では、ドイツ・エルツ地方のミニチュアの木工おもちゃ展示が開かれていた。マイスター手作りのくるみ割人形やパイプ人形が、びっしりと並んでいる。

旧軽井沢
絵本の森美術館
そこから車で10分ほど、浅間山を望む塩沢湖周辺の「タリアセン」へ。湖の手前の「軽井沢高原文庫」では「遠藤周作展」が開かれていた。その裏庭に「堀辰雄山荘」が移築されている。高原文庫前には野上弥生子の茶室風の書斎があり、道を渡ると、有島武郎が大正12年、『婦人公論』記者の波多野秋子と情死した別荘「浄月庵」が移築されている。現在、2階が資料室、1階がカフェ「一房の葡萄」になっている。

堀辰雄山荘
野上弥生子書庫
有島武郎別荘

深沢紅子野の花美術館
湖をぐるりと回ってアントニン・レーモンドのアトリエ「夏の家」の「ペイネ美術館」をめぐり、山の上にある明治四十四年館「深沢紅子野の花美術館」を訪ねる。深沢紅子は毎年夏、堀辰雄の山荘に滞在して、浅間高原に咲く野の花を水彩画で描き続けたという。『婦人の友』の表紙を何度か飾った、あの絵だと思って、ゆっくりと眺めた。
湖面に下ると湖に面したヴォーリス建築の旧朝吹山荘「睡鳩荘」がある。フランソワーズ・サガンの翻訳者である朝吹登水子の別荘を旧軽井沢から移築したそうだ。広々とした豪華な部屋の設え、この家で戦前から戦後と、多くの文人たちが自由に交流していたんだろうなと思い描く。
さらにそこから車で15分、しなの鉄道の鉄橋を渡って追分にある「堀辰雄文学記念館」を訪ねる。堀辰雄終焉の家や古い書庫が残っている。堀辰雄は結核の療養のため長く軽井沢に滞在し、1953年、49歳の若さで亡くなった。残念だなあ、もっと生きておられたら、きっとステキな小説がたくさん生まれただろうに、と思う。
堀辰雄著『風立ちぬ・美しい村』(新潮文庫・1951年)を読む。
婚約者の矢野綾子との出会いを『美しい村』で描き、その死を『風立ちぬ』に書く。流れるような優しい文章に引き込まれて再読する。
『風立ちぬ』の冒頭に書かれた、ポール・ヴァレリーの詩の一節「風立ちぬ、いざ生きめやも」は、風のように去ってゆく時の流れの中に、生と死を重ねる堀辰雄の思いが込められているような気がして、その詩句を、そっと口ずさんでみた。

堀辰雄文学記念館

風立ちぬ・美しい村
そして車で再び中軽井沢へ。今年3月オープンした森の中の書店とカフェ「軽井沢コモングラウンズ」に行きたかったけど、時間の都合で、またの機会に。大学の寄宿舎の建物を生かした書店のテラスから八ケ岳や浅間山を望んでみたかったのだけれど。
このあたりの別荘に住む人たちが買い物にくるという、地場産品が何でも揃う大型店に立ち寄る。私たちが留守の間、96歳の叔母はショートステイに滞在。その間の送り出しと出迎え後の夕食を一品、頼んでいた同じマンションの男友だちへのお礼に、お土産を買う。
帰り道、星野リゾートのハルニレテラスに立ち寄り、葡萄ジュースで一服。軽井沢駅へ戻って車を返す。ホテルへ帰ってトランクの荷物を整理して、ようやく片づけを終わる。さあ、明日は東京へ向かうんだ。
3日目の朝、真っ白い霧が森を覆っている。あたり一面が霧の中。駅のホームにまで霧が立ち込めてきて、もうびっくり。
東京駅は乗り換えの人たちでいっぱい。人波をかき分け、新丸の内ビルで娘の友人と、そのお嬢さんに会う。久しぶりにゆっくりとお話ができた。コロナ禍で東京に来たのも何年ぶりかな。孫は同級生の彼女と情報交換しながら楽しそうにしゃべっている。50代の娘たちは親の老後と思春期真っ盛りの子育てが重なって、なかなかに大変だ。私も含めて、みんな元気でいなければ、と願う。
帰りの新幹線で、軽井沢駅で求めた、おぎのやの「峠の釜めし」をおなかいっぱい食べて京都に着く。まだまだ暑いなあ。さて明日からは、また日常が始まるんだ。
京都に戻って数日後、「ディズニー・オン・アイス2023」を見に大阪城ホールに出かけて、夏休みは、これでおしまい。孫は、夏休みの宿題が、できているかな? 私も留守中、仕事のデータのダウンロードが山ほどたまっている。遊んできた分、何とかお盆休みに片づけなくっちゃ。
避暑を兼ねた夏の旅は終わった。毎日15000歩くらい歩いたけど、そんなに暑くはなかった。秋になって、もう少し涼しくなったら、また旅に出かけてみたいなあ。
残暑がまだまだ続く今日この頃、みなさまも、どうぞご自愛のほど。
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