2023年の8月は文字どおり吹っ飛んだ。
原発の新設計画が41年前からありながら、同意せずにあらがう人びとの声も予定地対岸の祝島(いわいしま)を中心として根強く、原発建設の準備である海の埋め立て工事さえ進捗率ゼロ・パーセントのまま押しとどめている山口県上関(かみのせき)町へ、原発を飛びこえて核のゴミ置場をつくる計画が突如として浮上したから。そして、その施設の立地可能性調査の受け入れを、町長が独断で、わずか2週間あまりで表明するに至ったから。
民主的でないうえに暴力装置まで用いたその手続きを見過ごせば、「民主・自主・公開」という原子力「平和」利用の三原則は骨抜きになる。もっと言えば、核の軍事利用へのためらいが、かなぐり捨てられる一歩となってしまう。その不安に突きうごかされ、これから数回にわけて緊急レポートをお届けしたい。
「祝島緊急レポート2023年夏」と題しているが、いざ現場入りしてみると祝島の人びと以上に、上関町内の他地区や周辺地域に暮らす面々が多い印象を受けている。それだけ祝島の高齢化は進んでいるということでもあり、原発と核のゴミ捨て場では問題のフェーズが変わったということでもあり、上関町役場がある長島(ながしま)は上関海峡に架かる橋で本州と陸路がつながるということでもある。
願わくば、ひとりでも多くの方が関心を寄せてくれますように。
* * * * *
8月1日、中国電力(以下、中電)が使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設を上関町へ提案する意向を固めた、という報道が飛びこんできた。寝耳に水の話に驚くと同時に、とうとう口にしたか……という感もある。中電は翌日にも、上関町の西哲夫町長を訪ねて提案する方針だとも伝えられた。
翌2日の朝、上関町の役場前に、町内外から急遽駆けつけた人びとの姿があった。青と赤の二色で「使用済み核燃料おことわり」と大きく手書きした布(使い古しのシーツらしい)を掲げて意思表示をする人。スマホで中継する女性。現場の様子はリアルタイムで配信された。私はそれを見守った。
9時ころ、中電の担当幹部3人があらわれた。人びとは駆けよって口々に思いを訴える。それに対して「中間貯蔵施設は安全だ」と言って理解を求める中電へ、
「原発も安全だと言われて(いたけど)東電の福島第一原発の事故が起きた」
「事故が起きたら『安全だ、とは言っていません、五重の壁で守られている、と言っただけ』とか『安全だ、と思います』とか、私らに言うたよねぇ?」
「こんどは中間貯蔵施設を『安全だ』と言われても、信じられるはずがない」
「もともと中国電力は、新聞に載ってるか知らんが、今までどんだけ事故事故事故事故…細かい欠陥とか入れたら、どんだけの数か。信用なるわけがない。それが『安全です、建てます』言うても『ご理解』できるわけがない」
と、言葉が次々に投げられた。核の危険を自分たちに押しつけようとしながら、頭を下げるなど一見すると低姿勢なふりをして見せる、40年来の中電のやり方への憤りも滲む声だ。
「核のゴミ」とも呼ばれる使用済み核燃料は、原子力発電所を運転することで生じる。日本政府が掲げる「核燃料サイクル」政策は、それを化学的に処理してプルトニウムなどを取りだし、新たな核燃料として加工して原発で再び使うというものだ。
その要となる再処理工場を青森県の六ケ所村につくったものの、トラブルや不祥事がつづいて約30年を経てもなお稼働の見通しは立たない。そこで「中間貯蔵施設」なるものが途中から登場してきた。再処理工場での処理を待つ使用済み核燃料が溜まる一方だから、いつか再処理工場が稼働して処理できるようになるまで一時的にそれを保管する施設だという。
役場の正面玄関の前で立ち往生していた中電の担当幹部らが、脇へと移動をはじめた。「どこへいくんですか?」「帰ってください」と女性が詰め寄る。
だが役場の職員に先導され、中電幹部は人びとを振り切って裏の通用口から役場へ入っていった。(つづく)
注1) 関連記事を「週刊金曜日」 9月1日号(発売も同日)にも寄稿しています(「中国電力、山口県上関町に中間貯蔵施設建設計画 住民の意向問わず町長が受け入れ表明」pp.42-45)。ぜひ併せてご参照ください。
注2) このレポートの予告動画として、今回お伝えした8月2日から16日後、8月18日の上関町役場前の様子を3本に分けて公開しています。こちらもどうぞご参照ください。
その1:町内外の住民がまだ平穏に町長へお願いしている時間帯。
その2:途中から警察が現れて警告のち突入そして混乱…。
その3:機動隊により騒然とするなか、防御を固めた町長が車外に出て庁舎へ…。
9月6日に山秋が藤沢で行った緊急取材の報告会の前半の映像です