
本書は、第一次世界大戦で電話交換手として活躍した、アメリカ陸軍通信隊の「ハロー・ガールズ」と呼ばれた女性たちに光を当てた歴史書です。
本書の主役のハロー・ガールズたちは、フランス語に堪能なバイリンガルの女性たちで、電話交換手として同盟国との連絡を仲介しました。いつでもどこでも通話できることが当たり前になった現代では、もはや想像することも難しいかもしれませんが、当時は電話で通話をするためには、交換局で電話交換台を人が手動で操作して加入者同士を仲介する必要がありました。ハロー・ガールズたちは、そうした電話交換の任務をこなしつつ、将校同士の通訳も担い、戦局を左右する重要な機密情報を伝達しました。しかも、そうした任務を戦地の危険と隣り合わせで遂行していたのです。しかし、戦後、彼女たちは退役軍人支給金の受給資格も名誉除隊も認められず、殉職者の棺に星条旗がかけられることすらありませんでした。
本書は、アメリカ陸軍内外の人間模様、第一次世界大戦の勃発や女性の電話交換手が必要とされた時代背景、大戦前後の女性参政権運動、女性たちが退役軍人としての認定を勝ち取るまでの戦後の闘いなど、幅広い主題を扱いながら、前提知識がない読者でも小説を読む感覚ですんなり理解できるような筆致で描かれています。これは、歴史家でありながら作家や映画製作者としての一面も併せ持つ著者ならではと言えるのではないかと思います。
その一方で、女性の戦争への参加に関して、一貫してポジティブに語る本書の論調に疑問を覚える読者もいるかもしれません。ウッドロウ・ウィルソン大統領が掲げた「世界を民主主義にとって安全なものとする」という戦争の大義についても、批判的考察がなされているとは言いがたいでしょう。
しかし、本書を一読するとさまざまな問いに誘われ、それこそが本書のきわめて大きな意義の一つなのではないかと私は思います。なぜ女性の戦時の貢献は不可視化されるのか? シティズンシップと戦争の関係はいかなるものか? 電話をはじめとする新しい技術はその時代のジェンダー規範にどのような影響を及ぼすのか? 特定の職業への適性が性別によって説明される言説に妥当性はあるのか?
こうした問いに対して明快に説明するのは決して容易なことではないかもしれません。しかしながら、巻末の解説で監修の石井香江先生も書いておられるように、歴史的文脈の異なる日本の読者が具体的な事例をもとに現在を捉えなおす見方を涵養していくことが重要だと思います。本書の刊行が、その一助になることを願っています。
◆書誌データ
書名 :ハロー・ガールズ:アメリカ初の女性兵士となった電話交換手たち
著者 :エリザベス・コッブス(著)、石井香江(監修)、綿谷志穂(訳)
頁数 :440ページ
刊行日:2023/8/10
出版社:明石書店
定価 :4,180円(税込)
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