書籍紹介

ドイツで初めて日本の女性運動を包括的に紹介する本が出版された。イルゼ・レンツと前みち子共編著による長年のプロジェクトの成果『日本の女性運動 ―文献と分析』(Springer VS出版社, 2023)である。出版には姫岡とし子、カーリン・クローゼの編集協力、多数の日本研究者の翻訳協力を得た。本書は2部構成で第1部はレンツと前による、異なる視点からの日本の女性運動の記述と分析、第2部では、1884年の岸田俊子の『同胞姉妹に告ぐ』から始まって、今日までの日本の代表的なフェミニスト活動家のテキスト58編が13の項目に分けてドイツ語に翻訳され、それぞれコメント付きで紹介されている。目次は以下の通り。

I.
日本の女性運動 ― 平等・差異・参画 (イルゼ・レンツ、前みち子)
差異と参画 ― 日本の女性運動 (イルゼ・レンツ)
主体確立と男女共同参画 日本の女性運動と「近代の近代化」 (前みち子)

II.
1. 第一次女性運動の主要テキスト
2. リブは解放と生命
3. セクシュアリティ・出産は女が決める
4. 新しい主婦、新しい母親、新しい父親 ― 家族への批判
5. レズビアンとは誰か?
6  男性と女性運動
7. 教育における新しい道
8. 女性の仕事は良い仕事 ― 平等と連帯
9. 女性に対する疎外と暴力への批判
10. 平等か差異か:エコロジーと未来の企画
11. 政治における平等から「ジェンダー・フリー」へ
12. 国境を越える ― 東アジアとのネットワーク
13. 国家、戦争、性的暴力

日本は19世紀半ば以降、「西洋」の影響を受け、植民地化の脅威の圧力のもとで自ら近代化し、やがて他国を植民地化した非西洋社会の例である。複数の近代性という文脈の中で、日本は、ヨーロッパ中心主義的な進歩の物語と対立しうる、近代化の一種の実験とみなされ、ポストコロニアル世界における近代化のさまざまな道筋への新たな比較アプローチを切り開く。19世紀末以降の日本の発展と女性運動の関わりは、こうした両義性、断絶、矛盾の深さを示している。活動家たちは、異なる社会的立場、異なる社会文化的背景から多様な声を上げており、女性運動を複数形で語ることができる。日本の女性運動に関する包括的な資料集は海外では初めてであり、現在に至るまでの歴史を紹介する。
レンツの分析はドイツの女性運動にも精通する著者が国際的女性運動も視野に入れて、日本の女性運動の体系的な分析を試みたものである。前の分析は日本の近代化の中で女性運動が日本の近代化の進展を是正、改革するための原動力となったことを示し、どのような観点と問題点からの「近代の近代化」(Ulrich Beck)を実現してきたかを追求している。
この本によって19世紀から21世紀にわたる日本の女性運動の軌跡が58の代表的テキストの翻訳によってようやくドイツ語圏の読者に伝えられることになった。これによって日本研究界に限らず大学のゼミなどでこのテーマが扱われるようになっただけでなく、広く一般の読者にも読まれるようになったため、今後の日本の女性運動の知識と研究が広まることが期待される。

前みち子

(イルゼ・レンツは社会学者でボーフム大学名誉教授、前みち子は文学・文化学研究者でデュッセルドルフ大学名誉教授)