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2012年を忘れないためのイチオシ 岡田充『尖閣諸島問題――領土ナショナリズムの魔力』

2013.01.17 Thu

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.昨年の無念さを思い出しながら、とりわけ熱心に読んだ2冊を紹介したい。

1冊は豊下楢彦『「尖閣問題」とは何か』(岩波書店)、もう1冊が岡田充『尖閣諸島問題――領土ナショナリズムの魔力』(蒼蒼社)である。

豊下楢彦の著書については、すでにmoominさんの「卑怯な政治家石原慎太郎のなぜ?」と題する書評がある。

なので、私は両者の比較もまじえて、後者の書評を試みる。

著者の岡田充は、1970年代に共同通信に入社し、以後、香港・モスクワ・台北支局長を務めたジャーナリストである。

一言で言えば2冊ともに、問題が整理されて多くのことが納得できるだけでなく、読んでいて痛快な力作である。ことの発端となったヘリテージ財団での石原発言の意図と矛盾、その論理の弱みが、徹底的に暴かれているのだ。ちなみに、別な意味での、より根源的な石原批判として別途おススメしたいのが、杵渕里果さんの「石原慎太郎『太陽の季節』を読んでみると」である。

以下、敬称略。

しかし、豊下・岡田両者の違いもまた明らかである。基本的に豊下は、「中国脅威」論の内側から、それにどう対処するかを論じている。

国際法上の問題として、中国の主張の根拠の弱さを指摘する一方(p44-45)、これまでタブー化されてきた「米国ファクター」を抉り出す。そして、米国が尖閣諸島の領有権について「中立の立場」をとってきたことは、日本に対する侮辱であり、中国が不当きわまりない主張を展開するにあたって「最大の根拠」を与えている、と主張する(p172)。

それに対して岡田は、よりラディカルに、日中双方を襲う「領土ナショナリズムの魔力」そのものを対象化し、日本の読者に向けて中国に内在する論理を解明しようとする。

日本政府が国有化方針を決めた昨年7月、外務省の官僚さえもが、尖閣で譲歩すれば次は与那国や沖縄本島までとられる、という仮定に立って、とられてもいいのか、という論法を口にしたという。岡田によれば、被害者意識の誘発と、思考ではなく反射ゲームへの誘導こそが、「ナショナリズムの魔力」の兆候である。

その「魔力」を解くために、石原発言後の事実経過が淡々と記述される。ことの深刻さを認識した上で、中国ならではの「国有化」の受け止め方、中国の民衆の反日感情の突出のし方が明らかにされる。中国が1992年に「領海法」を制定し尖閣諸島を自国領土と明記したのは何故なのか、それは日中間でどのように了解されたのか…等々と問う思考の回路が開かれるのである。

それらを一つ一つ理解することで、日本も国家も相対化されて視野が広がる。中国の政治指導者の真意や権力闘争がどうであれ、実際に島にやって来たのは香港の活動家や中国・台湾の漁民であり、「反日」を唱えて破壊的行動に出たのは「暴徒」である。それに対し、平和外交と国際協力を推進しながら中国式「集団指導体制」の中で妥協を迫られる胡錦濤を、ことさら追い詰めたのは日本の政治家である。中国政府の強硬姿勢は、あくまでも「対抗措置」だった。

「尖閣諸島問題」はそのような問題的状況を必要とする日米のタカ派勢力によって、確信的に作り上げられたのだ、ということが見て取れる。彼らはナショナリストどころか、自らの欲望のためにナショナリズムを利用する者でしかない。彼らの国家主義の具とされた日中のメディアに煽られて、人心が憎悪と恐怖の袋小路に追い込まれていくことこそ、最悪の事態というべきだ。岡田は、2012年9月15日付『産経新聞』のコラムを引用して、「開戦前夜」と書くほど状況が切迫しているなら、開戦を阻止するための論陣を張るのが言論機関の責任だろう、とその好戦的論調を諌める(p33)。

そのような論調に対抗すべく、岡田が重視するのが「台湾ファクター」である。かつて「一つの中国」をめぐって、互いに砲弾を打ち合った中国と台湾は、胡錦濤・馬英九両政権のもとで主権さえ棚上げし、平和的両岸関係を享受している。「統一」にも「独立」にも武力にも「ノー」を唱えた馬英九が、尖閣問題に関して「東シナ海平和イニシアチブ」を提起した。岡田はその具体的な呼びかけを高く評価し、そこに「現状維持」という第三の道の可能性を見出す。

読み終わって、自分自身が「領土ナショナリズムの魔力」に囚われないよう自覚的になることこそ第三の道への一歩だ、と確信できた。そのような清々しい読後感は、私一人のものではない。

昨年、尖閣問題のおかげで、久しぶりに再会した旧友と珍しく政治的な話をした。彼女は、ほんとに中国は攻めてくるのか? 戦争になったら中国の方が勝つのでは?…と、凶暴な中国への不安を露わにした。後日、私の問題意識を書き添えて、岡田充の著書を送ったところ、まもなく興奮した様子の返事が届いた。

「頭をガーンと何かがあたって(原文まま)、すっきりした体験」だった、と感想が述べられていた。まさに脱洗脳効果である。テレビや新聞だけでは納得できないことを大局的にもっと知りたい、という彼女の意欲も伝わってきた。夫にも勧めたらしく、彼も夢中で読んでいると言う。

もう一つ、岡田の著書に特徴的なのは、そこはかとなく感じられる彼のユーモアである。個人的に一番ウケたのは、櫻井よしこが登場する箇所だ。東京都の呼びかけた尖閣購入募金が、予想以上の高額(14億円)に達したという件で、岡田は「しかし、中には櫻井よしこのように……「遥かに超える額になってほしい」と欲張る人もいる」と書く。石原慎太郎に対しては容赦なく辛辣な表現が目立つのに、櫻井よしこには「よしこちゃんったら、欲張り屋さんだこと」という程度の甘さが、後で思い出し笑いのタネになるのだ。そんなことも含め、246ページ1995円で、大変お得な読書体験だった。(福岡愛子(WAN上野ゼミスタッフ))








カテゴリー:わたしのイチオシ

タグ: / ナショナリズム / 中国脅威論

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