2013.01.25 Fri
自分が「ふつう」に生きている世界を、「別世界の住人」の目から見つめなおす…鷹番さんの言葉で私が思い出したのは、2003年公開のソフィア・コッポラ監督の映画、『ロストイン・トランスレーション』だった。ウィスキーのCM撮影のため東京に滞在していたアメリカ人俳優のボブ(ビル・マーレイ)が、写真家である新婚の夫に同行してやってきたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)に出会う。二人が出会うことで世界が鮮やかな色彩を帯び、不可解な街トーキョーが、スペクタクルな街トーキョーへと変貌を遂げていくのが、この映画の醍醐味だ。が、なによりも、当時調査旅行先のメキシコから戻り、見慣れたはずの東京から浮きあがった気分をもてあましていた私は、この映画に映し出される「東京」に非常に救われた。看板に覆われた雑居ビル群、夜空を埋め尽くすネオン、たばこの吸い殻が落ちた灰色のコンクリートの道、尽きない人ごみ、電車の中の無愛想な人々、そんな東京のすべてが奇妙に遠く感じられていたとき、「外国人」の眼から見た東京の映像、急に、それもまた面白い「トーキョーへ」と、私の中の東京を変化させたのだった。
思えば私たちは、何らかの風景を、いったいどんなポイントで「いい」と感じるのだろうか。私の中に強く刻み付けられた風景がある。メキシコ留学中、私が毎朝学校へ行くために横断していた、アメリカじみたハイウェイ。その驚くほどつまらない風景の、かえってつまらなさゆえにしみじみと、異国にいると感じさせられた。ある人々にとってありふれてつまらないものこそ、よそから来た者には未知であり、それが徐々に日常になることに、まるでフィクションの中へと自分の人生がスライドしていくような感覚を覚える。つまらない風景とは、そんな、ひとを異世界に連れ去っていく、スペクタクルな風景でもあるのだ。
写真史を紐とけば、そんな「つまらない」風景に徹底して目を向けた写真家たちがいる。1970年代のアメリカに登場した、ニュー・トポグラフィクスと言われる写真家たちだ。
彼らは、いわゆる「決定的瞬間」をとらえるドラマチックな写真とは対極的な風景―人間に破壊されていく自然、広がる都市や建設されるショッピングモールなど―、ありふれていた風景を大型カメラで克明に写し取っていった。その写真は、写真がそれまで負わされていた理想や役割を根底からくつがえした。ロバート・アダムスの『The New West』(1974)アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.はその代表格の一つである。
同じころ、やはりアメリカ中にありふれた光景として偏在した「郊外」に徹底してカメラを向けた、ビル・オーエンスという写真家もいた。その写真集『サバービア』(1972)アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.は、カルト的ともいわれる人気を持つ。日本では、写真家・ホンマタカシが木村伊兵衛賞を受賞した写真集、『東京郊外 TOKYO SUBURBIA』アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.(1998)が、東京近辺のニュータウンという郊外と、そこで育つ子供たちという、「珍しくもない」風景を選んだものだったことは記憶に新しい。これらの写真集を見返す時、私たちはこの「ありふれた」、「つまらない」風景が、意外なほど「おもしろい」ことに気が付くだろう。私たちは知っているのかもしれない。どんなに未知で、なじみのない風景でも、ある人々にとっては退屈な日常であり、ありふれた風景であることを。そしてそこに私達もまた、意外なほど簡単に、入り込むことができるということを。世界はかんたんに、ひっくり返る、そののりしろを。そんなことを考えていたら、もう一つ映画を思い出した。文化交流行事にやってきたイスラエルで、文字通り迷子になるエジプト警察音楽隊の一晩を描く、『迷子の警察音楽隊』(2008公開 エラン・コリリン監督)だ。砂漠の中で所在なげに食事をとり、行き先を決めあぐね、ついには言葉もろくに通じず宗教も違う、(アラブ民族と長年対立してきたユダヤ民族でもある)地元の人々の家に三々五々引き取られて一晩を過ごす彼らの姿は、自分たちの日常と別世界の日常がたやすく融合することの魅力を伝えている。私たちはいつでも、どこへでも、行くことができる。「ありふれた」景色の中で。
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