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国際シンポジウム「平和の海を求めて――東アジアと領土問題」レポート 福岡愛子

2013.07.19 Fri

7月7日(日)東京都新宿区日本青年会館で、「平和の海を求めて――東アジアと領土問題」と題する国際シンポジウムが開催された。岡本厚『世界』前編集長を代表とする実行委員会の呼びかけに応じて、日本をはじめ中国大陸と台湾、韓国や沖縄を含め、計100人を超える研究者・ジャーナリストが参集した。前夜のレセプションも含め、運営は多くの市民ヴォランティアによって支えられた。

私自身は、実行委員の一人として多少とも準備に関わり、当日は会場の片隅から一部始終を傍聴することができた。個人的な感想の域を出ないかもしれないが、和やかな中にも熱気にあふれた現場の記憶がうすれないうちに、とりあえずレポートしておきたい。

シンポジウム開催の背景

そもそものきっかけは、昨年「尖閣」「竹島」問題をめぐる領土ナショナリズムの過熱を憂慮した人々が、9月28日に「「領土問題」の悪循環を止めよう!」という「日本の市民」のアピールを発表したことだった

。アピールは、ただちに多くの賛同を得て、『週刊金曜日』や『琉球新報』から注目されたが、国内ニュースとしてはほとんど報じられなかった。一方、中国メディアはネット上でアピールの内容を紹介した。韓国メディアも、日本の識者の呼びかけが韓国・中国にも共感と省察を生む契機になる、と期待を示した。

中国では著名な女性作家の崔衛平さんが、「中日関係に理性を」と訴えてネット署名が集まった。韓国・台湾からも支持や連帯のメッセージが届いた。そのような海外からの反応については、ようやく『朝日新聞』『東京新聞』が報じた。

今回、崔衛平さん自身は体調をくずし来日できなかったが、あのアピールに呼応し合った人々が中心となって、「争いの海」を「平和の海」に変えるために何ができるかを話し合い、異なる立場や発想への理解を深めたのである。

シンポジウムの概要とその歴史的意義

シンポジウムは以下のように進行し、最後に記者会見も行われた。

9:30  開会 挨拶 河野洋平(元衆議院議長)

9:50 第1セッション「なぜいま領土問題なのか」 座長:高井潔司(桜美林大学教授)

   基調報告 日本:岡本厚(岩波書店『世界』前編集長)

        中国:馬立誠マー・リーチェン(元『人民日報』論説委員)

        韓国:金泳鎬キム・ヨンホ(元韓国産業資源省長官)

討論

     報告 台湾:陳宜中チェン・イーヂョン(台湾中央研究院人文社会科学研究センター副研究員)

        沖縄:比屋根照夫(琉球大学名誉教授)

        中国:王鍵ワン・ジエン(中国社会科学院台湾史研究センター事務局長)

12:45 第2セッション「日中関係をどう打開するか」

座長:加藤千洋(同志社大学大学院教授)

基調講演 丹羽宇一郎(前駐中国大使)

討論

      報告 中国:劉江永リョウ・ジァンヨン(清華大学当代国際関係研究院教授)

中国:呉寄南ウ・ジナン(上海国際問題研究院学術委員会副主任)

14:05 第3セッション「日韓関係」座長:李鍾元イ・ジョンウォン(早稲田大学大学院教授)

報告 日本:東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所長)

      韓国:曺喜昖チョ・ヒヨン(聖公会大学社会科学部教授)

16:30 第4セッション「まとめ 平和の海への英知」

総括座長:朱建榮(東洋学園大学教授)

セッションごとに、上記プログラムに記された講演・報告に続き、一人3分という時間制限によって、できるだけ多くの参加者の発言が求められた。

昨年来、領土問題をめぐる議論や集会は多いが、このシンポジウムの歴史的な意義は、台湾と沖縄を加えた日・中・韓からの報告者・参加者の顔ぶれに明らかだった。それぞれの発言には、国や地域の違いを超えて共通する思いと、世代や立場を反映した独特の発想が豊かだった。以下、報告者以外は実名をあげずに、全体の傾向や雰囲気を伝えることを優先してまとめる。

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沖縄・台湾の声と韓国からの新しい発想による「固有の領土」の相対化

琉球大学の比屋根さんは、「第二次世界大戦で様々な悲惨な経験をし、大国の狭間で翻弄された歴史を持つ沖縄にとっては、領有権問題をめぐって日中が沖縄の庭先でナショナリズムを激発させるというような事態は絶対に避けなければならない」と訴えた。さらに、日本国内の「固有の領土」論に与せず、「尖閣諸島は先島や台湾の漁民の生活領域」という視点を示した。

韓国の曺さんからも、領土主権的認識を相対化する報告があった。彼は、「脱国民国家的」アプローチの中でも、「辺境」という用語には国家の中心の視覚がはらまれているとして、より未来志向的な「接境」という概念を提起した。他者の視線と言語に接するそのような境界地域を、二つの中心部の視覚を超える共生の領域として再認識すれば、領土問題の紛争地域は「平和協力地帯」として想像し得るのである。

台湾の陳さんは、日本と中国に対して東アジアの重要なリーダーの役割を期待するがゆえに、両国への批判も厳しかった。日本の右翼的ナショナリズムの再発は中国大陸の民主化にとって何の役にも立たず、また中国側の愛国主義的な「日本の戦争責任糾弾」は、普遍的に意義ある枠組みを「中国対日本」というナショナルな対峙に限定してしまう。彼によれば、いかに釣魚島/尖閣諸島の主権争いに向き合うかは、日中両国が健全な責任大国となるための最初の試練でしかない。

 

「一触即発」への危機感と武力回避への切実な思い

互いの地域の事情を理解する専門家たちが異口同音に語ったのは、現状への強い危機感である。岡本さんが第一セッションの基調講演でふれたように、当事国の間で互いの国民感情が悪化する中、たとえ小規模でも武力衝突がおこれば世論は大きく傾き、関係修復は一層難しくなる。

前駐中国大使の丹羽さんは、サラエヴォ事件を引き合いに、人間の非合理な行動や偶発性によって戦争は起こりうる、と述べた。しかし、直接会った日中の指導者は誰一人として武器をとるつもりのないことが明らかだったという。丹羽さんは、当事国首脳が「武器をとらない、現状を悪化させない」という点をあらためて確認し合い「尖閣不戦の誓い」をするよう提言した。それこそが、政治家にしかできない勇気と行動力の示し方なのだ。

韓国の金さんも中国の劉さん・王さんも、日本の「固有領土論」に対する疑義を示して問題の複雑さを説いた。東郷さんは、独島が政治問題として極大化するような最近の動きは、主に韓国側から発生してきたように見えると述べ、対話の機会を失えば新たな緊張の火種となりかねないと危惧した。

しかしそれ以上に、平和的解決の必要性と可能性が強調され、馬さんや呉さんは、急ぐべきは武力衝突回避のための話し合い、危機管理のメカニズム構築だと指摘した。危機管理については、劉さんが踏み込んだ提案をした。具体的には、尖閣周辺を「敏感な地域」と呼んだ上で(1)両国の船は一定の距離を置いて航行する、(2)12㌋以内にはお互いに入らないようにする、(3)台湾、福建、沖縄などが協力して観光共同開発を進める、などだった。中国政府は、日本外務省との水面下の交渉で(1)(2)を既に提案していると伝えられる。さらに(3)は「共同管理」を具現化する将来計画であり、尖閣について中国側がどのような将来像を描いているのかを示唆する内容でもある。

知識人が事態を甘くみたり、逆に悲観的になりすぎて言葉を失ったりすれば、戦争などの危機が一層避けがたくなることを思うと、今回のような率直な話し合いの機会は、まずは知識人同士が触発し合い意を強くする上で、十分に意味があったといえる。

日本の戦後責任をめぐる主張

相手の国に向かってとやかく言うよりも、この機会に我が身を振り返る議論を活発にすべきだという声も多かったが、それぞれ自国の国民感情も当然無視できない。第一セッションの討論第一声は、中国の対日批判に対する日本からの反論ともいえる内容だった。尖閣問題に関連してカイロ宣言・ポツダム宣言が言及され、中国政府要人が、日本がポツダム宣言に背いてきたかのような発言を公にしていることに対して、日本はサンフランシスコ条約によって、独立を回復した後の行動まで制約され尖閣をめぐる発言権などなかったのであり、日本が戦後秩序を乱しているというような誤解は正していただきたい、というものだった。

冒頭の挨拶で河野さんは、村山談話こそが日本の立場を正しく主張したオフィシャルな言明であることを強調した。村山談話は現在の内閣にも受け継がれ、国会でもそう発言されている。国会議員が大挙して靖国神社に参拝するなど、そのような正式な立場を疑わせる言動があり、問題発言をする政治家があとをたたないが、河野さんが言うように、日本が平和憲法のもとで戦後の平和と繁栄に貢献してきたことも確かなのだ。

韓国の金さんからは、日本の知識人・市民の間で戦争責任のみならず植民地責任にまで及ぶ歴史問題意識があり、韓国よりも活発な活動が継続していることに敬意を表するという発言もあった。彼はまた、もはや日韓・日中など二国間の対立軸より、同じ日本の中でも、帝国の論理への回帰を目論む保守勢力と、それに対抗する市民の闘いがあり、それと連動する国際的なネットワークがシステムになりつつあるという点を重視した。

過去の成果の堅持か新しい枠組みの模索か

安倍政権下、そのような保守勢力の言論が活発化し、河野談話・村山談話さえ見直そうとする動きがある中で、日本の発言者から、村山談話は過去の植民地支配と侵略に対して「痛切な反省」と「心からのお詫び」を表明したものであることを、もう一度しっかり定着させようという呼びかけがあった。

一方、中国の劉さんや呉さんは、中日共同声明・中日平和友好条約など過去の成果を堅持することを重要視し、また馬さんは、独仏のモデルに学んで歴史的怨念を拭い去ることが必要だと述べた。

さらに討論の中では、これまでの成果や関係が崩壊したとみなす立場から、日中関係の再構築の必要性を指摘し、1998年の「日韓共同宣言」をモデルとして、新たな文書を作成し尖閣問題をあらためて棚上げするべきだ、という発言があった。

研究者が多数を占めたせいもあって、歴史共同研究が必要だという声も目立った。反面、領土や主権の問題は、歴史的事実による決着が難しいという主張にも説得力があった。日中両国が「棚上げ」に合意したという公式文書が存在しない以上、あらためて棚上げするしかないと考える丹羽さんは、「棚上げ」という手垢のついた言葉がイヤなら「お休みタイム」とでも呼べばいい、と提起した。但し、①危機管理の仕組み②漁業協定③海難救助④資源の共同開発など、話し合いに忙しい「お休みタイム」にすべきだと。

いずれにせよ、領土問題は存在しないとしてきた日本政府への批判は強く、事態の深刻さを思えばこそ、「国家の建前」にとらわれない「別の声」をあげ、民間の努力で交流を深めようという思いが共有されていた。

当日の活発な討論の論点を網羅することはできないが、第3セッション座長の李鐘元さんは、日韓関係の討論を以下の4点にまとめた。(1)領土問題と歴史認識は切り離せるのか?(2)市民社会への期待と限界が浮き彫りにされた、(3)グローバル化とともにアイデンティティの政治化が進む中、ナショナリズムに対するより深い考察が必要、(4)百年前と現在は驚くほど共通点が多い――市民主導で領土問題に取り組む上で、貴重な論点整理だった。

 

 男女不均衡参加にみる「東アジア」の特殊性と可能性

こうして、日・中・韓・台・沖の人々が一堂に会し、民間の立場で豊富なアイデアを提起し合うことができたが、最後の記者会見では、シンポジウム後のより具体的な活動について問われた。しかし、岡本さんが応えたように、第一回の試みが実現されただけで、すぐに政府への提言など形ある成果が生まれるわけではない。昨年の市民アピール以来、領土ナショナリズムの過熱に抗して互いに理性的な対話の回路が切り開かれてきたことと、それを継続させていく地道な努力こそが重要であろう。

多くの発言の中には、このような問題について若い世代の関心が薄いことを指摘する声もあった。確かに、今回のシンポジウムの参加者の平均年齢は高かった。しかし、別な発言者がそれに関連して述べた通り、参加者の多くが大学で教える立場にあり、その背後にはそれぞれ何百人という学生がいる。今回のシンポジウムに直接参加した人々が、そこで得た発想や理解を伝えることによって、新しく切り開かれた回路をより太いものにできるだろう。

そう発言したのは、数少ない女性参加者の一人だった。報告者の中には、一人の女性も含まれていなかった。

私自身がこれまで体験したことのある官民・産学の国際会議でも、女性に関するテーマの時以外は、韓国や日本の女性代表にはめったにお目にかかれなかったことを思い出す。同じアジアでも、東南アジアや香港の代表には女性が目立つのと対照的である。

中国で積極的な役割を果たした女性作家の崔さんが参加できなかったことは前にも述べたが、そのような偶然によらずとも、シンポジウム発言者の男女不均衡は、東アジアにおける政治・学術研究・メディアの領域における実態が反映されたものといえるだろう。そして参加者の高齢化は指摘されても、その圧倒的男女不均衡の不自然さは問題にもされないということ自体が、東アジアの現実である。

但し、このレポートの最後にそう書くのには二面性がある。第一に、当事者が不当と感じるほどの差異化や、現実的な差異以上の不均衡は是正されるべきである。第二に、それが是正されて女性その他のマイノリティも中心的な存在に近づくとすれば、それまで占めてきた周縁的な地位の独自性を失うことになる。

私自身は、今後も会場の片隅に身をおくことを選択するだろう。そこから見えたことの一つが、上記のジェンダー・インバランスであり、もう一つは、「東アジア共同体」的な構想の危うさであった。

今回のシンポジウムでは、アメリカのアジア政策や、日米安保体制との関わりについての言及はほとんどなかった。しかし中国の参加者からは、中国はサンフランシスコ講和条約に参加していないという発言が何度か出た。中国を排除して始まった東アジアの戦後体制そのものを問い直さなければならないことは明らかである。そのような遠大なテーマを視野に入れれば、東アジアを論じるにあたってアメリカとの関係を問題化せず、ジェンダー感覚に疎いまま、共同体構想だけが先行することは、新たな排除と抑圧の構造を組み込むことになりかねない。

今後のシンポジウムが、民間の弱点を逆手にとって、特に対中関係でこれまで日本が不得意とされてきた非政府レベルの様々な交流についても関心を広げ、その実践者たちの発言に耳を傾けることを期待したい。これも何度となく言われたことだが、どの国や地域についてもその多様性にこそ目を向けるべきで、変化し続ける人と社会の等身大の姿を理解し合うことが大切だと思うからである。

福岡愛子(東京大学大学院人文社会系研究科研究員)

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