2015.04.01 Wed
今こそ考えたい「女性のからだと仕事」の第3回は「未来編」。「経済効率、強者優先の時代に~国が何故こんなに女性のからだに口出しするのか?」と題して、前回(http://wan.or.jp/group/?p=3408)に引き続き北田衣代さん(産婦人科医・きただ女性クリニック)にお話いただきました。
北田さんは、今回の目的を「政府に口出しをさせるのではなく、女性の側から、からだと仕事の観点から勝ち取っていくという逆の発想をどう展開していけばいいのか。そういうことを考えたい」とご説明。最近の政府の女性関連政策(案)の動きの確認から始まりました。 法案は、「女性の職業生活における活躍の推進法案」「女性の健康の包括的支援法案」「こども子育て支援法」「成育基本法案」にくわえ、生殖補助医療の法制化の議論もあります。意外なところでは「まち・ひと・しごと創生法」で、産婦人科医らによって出生率の低下が論議されているそうです。
これら法案の背景にあるのは、出生率の低下、労働人口の都市集中、子育て不安とこども虐待、社会的貧困と母子生活環境の悪化、効率的な女性労働力への要請、家庭内介護の推進施策です。
北田さんは、こうした根本的問題が法案で克服できるのか? むしろ、女性の生活や健康への差別的で不当な介入ではないのか? と指摘、以下のポイントをあげられました。 1) 女性の健康を守るには? 2) 根底に女性をとりまく貧困の課題 3) 根本的に不当な法律の存在 4) だれのための「支援」法か 5) 産むことを前提とした医療支援の発想
1) 女性の健康を守るには? そもそも女性のからだと仕事にはどういう関係があるのか? 「女のからだの特徴を表に出していくと、対等な仕事をするのにマイナスになるのではないか」「自分自身の努力でよりよい働き方を考えるほうが良いのではないか」という意見もある。 しかし、女性の労働というのは女性のからだを使ってされるもの。男と同じではない部分こそ、俎上にあげなければ男性と同等の健康問題、労働問題として踏み込めない。女性の特性を活かしての表現のほうがいいかも)こそ、労働環境・労働条件を改善できる。
2) 根底に女性をとりまく貧困の課題(産婦人科医からみた貧困) 克服への経済的支援のありかたが重要。たとえば、特定妊婦問題(出産後の養育について、出産前から支援が特に必要と認められる妊婦)。妊婦への調査から出たキーワードは、「独居・支援者なし・未入籍・精神疾患・人工中絶・DV・出会い系サイト」など女性を取り巻く貧困の実態そのものだった。 阪南中央病院では、そうした妊婦を支援するためのネットワークを作ったが、院内だけでなく、院外(弁護士・配偶者暴力支援センター・女性自立センター・こども家庭センター・保健所・福祉・警察)などとの連携が必要であり、このシステムはDV支援と一致する。政府の法案は、このシステムに一致しているか疑問に感じている。
3) 根本的に不当な法律の存在 母体保護法の真の改訂が望まれる。刑法212~214条・堕胎罪の存在は、理由のない中絶、人工中絶を犯罪とする基本思想であるが、これは女性差別撤廃条約の理念に反するのではないか? 優生保護法から母体保護法になり、変わらなかったことは「配偶者の同意」(暴力の一環としてのセックスによって妊娠がおこるDVの状況を考えれば、女性を守るものではないことが分かる)と、「費用の自己負担」(貧困と関連しているからこそ、中絶を選ぶ女性が多い現状とそぐわない)。
4) だれのための「支援」法か 育児、介護の担い手、安い労働力として女性が望まれていて、会社に都合のよい働き方とからだのメンテナンスを望まれている。そのための法整備のように見える。産業医の利用のされ方は会社の思惑どおり働けなくなった人を退けるものとなっているが「復帰への『支持的』介入」が行われるべき。健康な状態にある人にあわせるのではなく、何らかのしんどい身体条件を持つ時期はあるのだから、それにあわせるという転換が必要。 WHOは「健康の社会的決定要因への対策を含めた健康づくり」として、構造的決定要因(社会的決定要因、社会階級・ジェンダー・民族(人種差別)・教育など)に介入することなく、健康格差は取り除くことができないと考えている。一方、政府は「新しい健康増進対策」として、「個人の生活習慣の改善」として個々の家庭の問題をあげ、社会的基盤の上に家庭の問題があるとは捉えていない。 しかし、家庭の問題と社会の問題は同レベルではない。貧しい食生活にならざるをえない状況だからこそ病気になるのだし、そのような食生活では生活習慣病の予防に取り組めないことを考えればあきらかだ。
5) 産むことを前提とした医療支援の発想 不妊治療への関心、生殖補助医療(体外受精・顕微授精などの高度不妊治療)を医療費援助する法律への関心は高い。主に費用の援助や倫理規定に関するすることを検討する法律(案)が取り組まれている。 子宮頸がんワクチンはセックスの低年齢化にともなう頸がんの低年齢化により、妊娠年齢の子宮摘出の恐れがある。予防のためのワクチン推奨・費用の公的保障は進められているが、ワクチンの安全性の問題は取り残されている。 ワクチンは女性をガンから救うという発想なのか、子どもを産めない女性をなくそうという発想なのか。
このようにポイントを検討された後、北田さんは「仕事・からだを自己管理するとは、両方の点で個々の女性自身が自己決定権を持つこと。行政は、この自己決定をまず尊重し、その実現のための社会的基盤の公的保障に責任を持つべきである。そして、カップルの安全な関係、シングルの安心な生活、安心安全に育つこどもの権利、過去の生活歴に左右されない平等な老後などは、女性の負わされる負担ではない」と結ばれました。
質疑応答では、「男性こそ知るべき話であった。男女の身体の非対称性が公の場で論じられることの必要性を感じた」という意見や、「女性の自己決定権が実現していない原因を考えるうえで、家庭責任が女性に重くのしかかっている現状をどう変えていくかが重要。長時間労働、性別役割分担意識といった問題は切り離せないのではないか」といった声があがりました。
アンケートでは、「身体について考えることと、仕事・社会について考えることの密接なつながりが分かりました」「未来を展望するのを阻むものが直接的には見えにくい部分もあったが、展望の描き方という点で非常に得るものが大きかったです」という声がありました。
北田さんが産婦人科医という立場から見て来られた、女性のからだと仕事という問題は、まさに社会の問題であることを深く感じた勉強会でした。女性が働きやすい社会になるためには、「何らかのしんどい身体条件を持つ時期」を乗り越えられる制度設計が必要であるとともに、安価な労働力として扱われることや貧困の問題は看過できません。根本的な社会基盤の問題への取り組みと同時に、女性だけでなく労働条件、労働環境全体を見直す必要があることを再確認できました。(堀あきこ)
カテゴリー:フォーラム労働・社会政策・ジェンダー
タグ:労働 / リプロダクティヴ・ヘルス・ライツ / 健康
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