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回答32:吉田容子弁護士
2015.07.09 Thu
1、まず、財産管理委任契約と任意後見契約について、簡単に説明します。
(1)財産管理委任契約とは、自分の財産の管理や生活上の事務の全部または一部について、具体的な管理内容を定めて、第三者に代理権を授与するもので、委任契約の一つです(民法643条以下)。この契約は、
・公正証書で行う必要はなく、また、契約内容や受任者を登記する制度はありません。
・その効力発生時は、契約によって決められます(例えば「私が70歳になった時」「私が入院した時」「この契約を締結した当日から」など)。
・一旦有効に契約が成立すれば、その後に本人の判断能力が減退しても、契約が当然に終了することはなく、その後も委任契約は継続するのが原則です。また、委任契約ですので、本人の死亡は契約の終了原因となります(民法653条)、但し、特約を結べば、本人の死後の事務処理についても委任しておくことができると解されています(例えば、死亡前の医療費や介護費用の支払い、葬儀の施行とその支払い、借家の解約、役所等への届出、など)。
(2)任意後見契約とは、本人が契約締結に必要な判断能力を有している間に、将来、自分の判断能力が不十分になったときの後見事務の内容(委任すべき事項)と後見する人(任意後見人)を、自ら事前の契約によって定めておく制度です(任意後見契約に関する法律)。この契約は、
・公正証書で締結する必要があり、公証人がその契約を法務局に登記します。
・ご本人に精神上の障害による判断能力の減退がある場合に利用する制度ですから、締結時に直ちに契約の効力が発生するのではなく、実際に委任者の判断能力が低下し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況になった後に、委任者自身やその親族、受任者が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を請求し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時に、はじめて契約の効力が発生します。
・財産管理委任契約とは異なり、本人が死亡すれば任意後見契約は当然に終了すると解されています。
2、複数の制度の併用
(1)両制度はいずれも、本人の財産管理や生活上の支援を行うものです。また、いずれも契約ですから、本人・受任者ともに契約をなしうるだけの判断能力が必要であり、判断能力が不十分であった場合は、契約が無効になることがあります。
(2)手続きが簡単であること、柔軟に様々な事務を他人に委ねることができること、死後の事務処理も委任することができること等からすると、財産管理委任契約が便利なようにも思えます。しかし、限界や危険もあります。
例えば、財産管理契約では、公正証書が作成されず、登記もなされません。そのため、社会的信用は十分とは言えず、本人の判断能力が減退した後に、この契約を根拠に、代理人が、銀行で本人の預金を払い戻す場合、本人の不動産を移転登記する場合などに、銀行や法務局がこれらの応じない事態も想定されます。
また、判断能力が減退した後に、本人が訪問販売などで高額な物品購入契約や住宅リフォーム契約を締結させられた場合でも、受任者には同意権や取消権はないので、被害回復が困難です。
さらに、任意後見契約においては任意後見監督人が公的立場で任意後見人を監督しますが、財産管理委任契約にはこのような公的監督制度はありません。あくまでも本人が不正の有無等をチェックしなければならず、特に判断力が不十分になったあとは不安が残ります(この点の不安を軽減するためには、仮に財産管理委任契約を締結する場合には、各地の弁護士会の高齢者・障害者支援センターなどに相談することをお勧めします)。
(3)そこで、複数の制度を併用することが考えられます。
ア、身体上の障害や高齢等の理由から信頼できる第三者に財産管理事務を委任したいという場合に、財産管理委任契約を締結してその事務を開始してもらうと同時に、併せて、任意後見契約も締結しておきます。そして、判断能力が減退したときには、本人や親族、財産管理人から家裁に任意後見監督人の選任申立を行い、任意後見制度に移行させます(移行型)。
この場合、任意後見契約を締結する公正証書の中に、併せて財産管理委任契約についての定めも織り込んで1通の公正証書にするか、あるいは、別々に2通の公正証書を作成することもできます(財産管理委任契約は公正証書作成が要件ではありませんが、できれば公正証書にすることをお勧めします)。
任意後見契約が発効した後は、任意後見人の事務内容と重複する部分については、財産管理委任契約は終了します。但し、任意後見人の事務内容に含まれない事項(例えば、死後の処理)については、なお、財産管理委任契約は存続し、本人死亡後は財産管理委任契約の受任者が死後の処理を行います。
イ、財産管理委任契約を締結して、委任事務を任せていたところ、本人の判断能力が減退し、法定後見(後見、保佐、補助)の利用が必要な状態になったときに、本人あるいは4親等内の親族、市町村長が法定後見の申し立てをします。そして、補助人や保佐人に財産管理の代理権を付与する審判がなされた場合は、財産管理委任契約は終了し、補助や保佐に移行します。後見の場合には、原則として財産管理委任契約は終了し、後見に移行します。
3、以上を前提に、ご質問に回答します。
(1)具体的に財産管理等委任契約を利用するのはどういう場合でしょうか?
本人が身体障害や判断力があるが寝たきりに近い状態で、出歩いて預金等の管理や支払いが難しい場合、施設や病院に長期に入所・入院中で、財産の保管・管理が難しい場合、今は自分で財産管理ができるが、将来、身体障害や病気などのために財産管理が難しくなったときに信頼できる第三者に管理を委ねるための準備をしたい場合、などが考えられます。
(2)医療(病院での手術その他の説明同意)、福祉の方針決定や承諾書の代諾、サービス利用の申請などについては、普通は配偶者や親族が行うと思うのですが、事実婚の場合どうなるのでしょうか?
ア、そもそも、本人の判断力が保たれている場合は、同意・承諾・申請等はすべて本人の意思に基づいて行われるのが原則です。具体的な申請手続きを配偶者や親族が代筆することがあったとしても、決めるのは本人です。財産管理等委任契約が締結されている場合にも、医療行為への同意や社会保障の決定の承諾などは財産管理ではなく、受任者が代理人として行うことはできません。もっとも、サービス利用の申請は契約ですから、委任事項に含まれていれば受任者が行うことは可能だと思われます。
イ、本人の判断能力が減退し、任意後見や法定後見に移行した場合も、同様です。後見人の職務は財産管理が主であり、現実の監護・介護は職務ではないからです。
特に問題となるのは、医療行為への同意です。立法者は、成年後見人には診療契約に関する同意権はあるが医療に関する同意権はなく、医師が緊急避難などの法理で対応するしかない、と考えていました。ただ、現場では手術や治療につき成年後見人に同意を求めるケースがあり、生命・身体に重大な危険が及ぶ恐れのない医療行為については、同意している場合もあるようです。
ウ、つまり、ご質問の事項について、仮に「普通は配偶者や親族が行う」という実態があるとしても、原則として(財産管理に含まれる事項について財産管理委任契約の受任者、後見人が行う場合は別として)、それは事実上の行為であり、法的な権限に基づくものではありません。事実婚の配偶者がこの事実上の行為を行うことができるかどうかは、相手方によりけりであると思います。