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映画評:『ミルク』 上野千鶴子
2009.07.27 Mon
政治が闘いだった頃の物語。
ハーヴィ・ミルク。私たちは、彼が何者かを知っている。私たちは、彼が1978年11月27日に48歳で殺されたことを知っている。これは実話だ。そう思って映画を見るから、悲劇の結末へ至る過程に、「感動」しないわけにはいかない……。 事実、この映画は、全米映画批評家協会賞、ニューヨーク映画批評家協会賞、サンフランシスコ映画批評家協会賞等々、全米各地の映画批評家協会賞を総なめにした。そしてこのしぶい賞が示すように、この映画はくろうと好みの作品だ。というよりも、おそらく多くの映画批評家たちが青春を過ごした ’70年代を、熱い思いで想い出さずにはいられない映画なのだ。
’69年、ニューヨークのゲイバーでの警察官の捜査に抵抗して多くの逮捕者を出した。’73年、アメリカ精神医学会の精神障害のリストから、初めて「同性愛」がはずれた。それまでは同性愛者であるというだけで、違法行為とされ、入院させられ、強制的な治療を受けさせられた。
このなかから、ミルクは同性愛者の人権活動家として敢然と声を挙げる、「私たちはここにいる」と。絶対的な少数派である同性愛者が、多数派の異性愛者の支持をとりつけるのは至難のわざ。だがミルクとその仲間はそれに挑戦し、何度も失敗し、そして勝利する。
これがアメリカの民主主義だ、命がけの闘争だ、ことばと理性が勝利していくリベラルの政治だ、闘わずに手に入る権利などない、とじーんと来るんだね、これが。「希望がなければ生きていけない」と語るミルクの演説に、オバマ大統領を重ねあわさない人はいないだろう。そう、オバマの登場は、’70年代のあの熱気を再び甦らせたのだ。
監督のガス・ヴァン・サントが20年近くあたためつづけたライフワーク。アカデミー賞主演男優賞を受賞した主演のショーン・ペンも熱演。この映画のよさは、公人としてのミルクだけでなく私人としてのミルクの、ラブライフを巧みに描いていることだ。
草の根の民主主義では、住民投票で争点が決着する。同性愛の教師を解雇できるという提案をめぐって賛成派と反対派が熾烈に対立する。同じ頃、合衆国憲法の男女平等修正条項についても熾烈な闘いがくりひろげられ、こちらの方は敗北した。反対派の急先鋒に女が立つのも共通。中絶をめぐっては反対派がクリニックを焼き討ちした。
オバマ大統領が任期をまっとうしてくれるよう、祈らずにはいられない。
監督:ガス・ヴァン・サント
制作年:2008年
制作国:アメリカ
出演:ショーン・ペン、ジェームズ・フランコ、ジョシュ・ブローリン、エミール・ハーシュ、ディエゴ・ルナ、ヴィクター・ガーバー、アリソン・ピル
配給:ピックス
(クロワッサンPremium 2009年6月号初出)
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