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「ジュリー&ジュリア」で考えたこと    荻野美穂

2010.01.11 Mon

 映画、「ジュリー&ジュリア」を観てきました。現代のニューヨークに住むしがないOLのジュリーが、アメリカで60年代にベストセラーになったジュリア・チャイルド著『フランス料理の達人』の全524レシピを1年間で制覇するという無謀なプロジェクトに挑戦し、その様子を公開したブログが人気を博して、彼女も作家への道を歩むことになるというもので、これは実話にもとづいているのだそうです。

 この映画の原作(の1つ)であるジュリー・パウエル著『ジュリー&ジュリア』は、たまたま先日、駅の書店で新幹線の中で読む本を物色していたときに見つけて、読んでいました。でもこれが、ちょっと複雑な気分になる本なのですよね。

ジュリー&ジュリア (イソラ文庫)

著者/訳者:ジュリー パウエル

出版社:早川書房( 2009-11-10 )

定価:

文庫 ( ページ )

ISBN-10 : 4151500065

ISBN-13 : 9784151500060

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 というのも、この本ではいきなり冒頭に、ジュリーがこれまでに2度、お金ほしさに7500ドルで自分の卵子を売ったことがある、という話が出てくるのです。このことから、ジュリーが若くて、高学歴で、たぶん容姿も悪くないってことがわかります。なぜなら、生殖ビジネスが花盛りのアメリカでは、報酬をもらう契約で代理出産を引き受けるのは既婚で子持ちの30代ぐらいの女性、それに対して卵子を売るのは名門大学の女子学生や若くてきれいな未婚女性と、だいたい相場が決まっているみたいだからです。

 前にスタンフォード大学に留学中の友人を訪ねたとき、学生新聞にいくつも高値で卵子提供を呼びかける広告(精子のもありましたが、こちらは卵子よりかなり安値)がのっていて驚いたことがありますが、これはいまのアメリカではさして珍しい光景ではないようです。そして自分が卵子を何十個も「寄付」したことをこんなふうにさらっと書いてしまえるのも、それがそれほど異常な行為とは見なされない雰囲気があるからなのかもしれません。

 でも、ジュリーが書いているように「フロリダのタンパだかどこかで」彼女の卵子から生まれた「ミニチュア版」が走りまわっているのだとしたら、将来、その子が彼女のこの本を読んで、ある日突然、「遺伝上の母」に面会しに現れたりする可能性については考えないのかなあと、つい余計な心配をしたくなります。

 しかもジュリー自身は、排卵誘発剤を使った卵子採取の後遺症なのかどうかは不明ながら、医者から妊娠しにくい多嚢胞性卵巣症候群と診断され、早く子どもを作るように勧められて癇癪を起こします。そのうえアルバイトの仕事にもうんざり、いらいらしている中、衝動的にブログ・プロジェクトを立ち上げ、アパートの小さな台所や夫との関係をしばしば大混乱や危機に陥れながら、しゃにむに料理を通じての「自分探し」を進めていくわけです。

 こういう原作から感じられるジュリーは、かなり精神的に不安定で、ハイパーテンションで、ちょっと付き合うのがしんどそう。そのせいもあってか、原作に次々と登場する彼女の作った料理にも、わたしはあんまり食欲をそそられませんでした。まあ、バターたっぷりのこってりした感じの料理が多かったのもあるけれど、やっぱり料理は、いらいらしたり悪態をついたりしながら義務で作るよりも、その日の気分や体調に合わせて食べたいものを楽しみながら作った方が、食べる側だっておいしく感じるのではないかしら。料理本にのっているレシピをとにかく順番に作って「制覇」を目指すというやり方は(なので、ゼリー寄せばかりが何日も続いたりするのです!)、なんだか料理を手段化していて、食べるということの大切な要素を無視しているような気がします。

 じつはわたしにも毎日のようにチェックするお気に入りの料理のブログがあるのですが、なぜそのブログが好きかと言えば、メニューの豊富さや写真のセンスの良さもさることながら、やっぱり作る人と、できた料理を一緒に食べる人との、互いに対する思いやりや食べる悦びがあたたか~く伝わってくるからなのです。

 でも映画の方は、ジュリーの本だけでなくジュリア・チャイルドの自伝も原作として使っているため、ジュリーの本ではほんの断片的にしか出てこないジュリアと夫ポールとの生活や、パリの料理学校コルドン・ブルーでの授業、料理本の出版に至るいきさつなどが丹念に描かれていて、バランスのとれた楽しめる作品に仕上がっていました。政府機関で働くポールが、アメリカに呼び戻されてマッカーシー委員会で「赤狩り」の尋問を受けるといった、時代背景を感じさせる場面も挿入されていましたし。

 それに何と言っても、ジュリアを演じたメリル・ストリープのパワフルで溌剌とした演技が、とっても素敵でした。本物のジュリア・チャイルドは本とTVの料理番組を通じて全米で有名だったようですが、実物をまったく知らなくても、ああ、こんな感じのおおらかで楽しい人だったんだろうなと、十分にその魅力を感じとることができます。エイミー・アダムズの演じる映画版のジュリーも、卵子の話とかはまったく出てこなくて、原作よりはずっと好感の持てるキュートな人物に描かれていました。

 そして何よりも良かったのは、映画の方では食べることの楽しさが感じられたこと。とくにジュリアがフランスのレストランでおいしい料理を口にし、ポールに「きみの好きなことは?」と聞かれて「食べること」と答えるシーンや、食材の買い物をする場面は、どれもとても幸せそうでした。バターたっぷりのフランス料理があんまり好きでなくても、味わってみられたら損はしない、おいしい映画だと思いますよ。








タグ:映画 / 荻野美穂