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『長江に生きる 秉愛(ビンアイ)の物語』 川口恵子

2010.03.28 Sun

 女性同士の結びつきを可能にする映画

 女性が女性にカメラを向ける。記録映画を撮影するために。その関係が7年続く―7年の歳月は人を変える。被写体も撮影者も、そして互いの関係性も。おそろしいことに、映画はそうした被写体と撮影者の関係性を何より刻み込んでしまうメディアだ。カメラを見る被写体のふとした視線がそれを物語る。

 映画『長江に生きる 秉愛の物語』を見て筆者がまず心うたれたのは、そこに映しこまれた被写体と監督の信頼感あふれる関係性だった。 
 監督はフォン・イェン。1962年天津生まれの中国人女性で、日本文学を学んだ後に1988年から13年間日本に留学し、京都大学大学院で農業経済学の博士課程を修了した女性である。その間、記録映画作家小川紳介の映画作りに啓発され写真とビデオ製作を学び、ドキュメンタリー製作を始めたという経歴の持ち主。
 一方、撮影対象のビンアイは、長江周辺に住む貧しい農民女性。体の弱い夫の代わりに家計を支え畑仕事に精出し、一男一女の子育てに夢を託す。
普通に生きていれば出会わない二人を結び付けたのは何か?

 三峡ダム建設という中国の国家プロジェクトだ。長江(揚子江)で最も風光明媚な峡谷のある場所に建設されることから三峡ダムと名づけられたこのプロジェクトによって沿岸部に住む140万人もの農民の住居と田畑が水没する。移住を促される農民の悲劇は、今をときめく中国の映画監督ジャ・ジャンクーも『長江哀歌』で問題化した。

 フォン・イェンも「三峡ダムによる移住」をテーマに撮影を進めていた。そして出会った1人が断固として移住を拒否する秉愛だったのである。補償金をもらい移住する人が多い中、流されず、「自分の置かれた立場、将来、心、魂について自分なりに考えている」ビンアイの姿に「農民の意識の目覚め」を見出したと監督は述べている。農業経済学専攻の監督らしい視点がうかがえる。

 被写体としてカメラの前に姿を見せる秉愛は実に自然体だ。ほとんど一人で撮影・録音したという監督との信頼関係の中でそうした態度が生まれたのだろうか。それとも秉愛の精神力ゆえか。

 監督は彼女が泣くのを二度しか見たことがないと述べているが、控えめに言っても大泣きして良い状況の中で、彼女はしぶとく交渉し続ける。悔し涙の一つも出そうなところで黙って「靴」を(靴下ではない!)繕い続ける。
 
 体の弱い実に頼りない夫のためにたくさんのおかずを作る。大きくなった息子の学校を訪ね、成績を気遣う。移住を説得にきた役人相手に声を限りに自分たち家族の立場を主張する。この徹底して声高な主張が小気味良い。体を張って生きている人を久しぶりにカメラを通して見た。

 カメラの前でおもねらない、馴れ合わない、そんなことをする暇もなく今日という日を生き、毅然として自分の務めを全うする―それがここに描かれた女性だ。

 邦題よりもそっけない原題の「秉愛」(びんあい)という題名が、実に愛らしい。秉愛のその後の人生は2009年春完成の次回作でも引き続き描かれるという。映画が女性同士の結びつきを可能にしていることを寿ぎたい。

初出:『女性情報』2009年2月号掲載(wan掲載にあたり一部変更を加えた)
本作品は2009年3月7日渋谷ユーロスペースで公開された。
DVD販売・問い合わせ先:ドキュメンタリー・ドリームセンター www.bingai.net

               ※ 関連DVD 『長江哀歌』

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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / DVD紹介

タグ:くらし・生活 / ドキュメンタリー / 川口恵子 / 中国映画 / フォン・イェン / 女性監督 / 国家とジェンダー

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