2010.06.21 Mon
先日久しぶりに鷺沢萌の『ケナリも花サクラも花』を読み返してみた。これは20歳の時に父方の祖母が朝鮮半島にルーツを持っていたということを初めて知った鷺沢が韓国に語学留学した時につづられたエッセイである。鷺沢にとってみればほとんど脈絡もなく現れた韓国人としてのアイデンティティ。他の在日のように幼い頃から国籍をめぐる内的葛藤に悩んできたという経験もない。しかし彼女はこの突然ふってわいたような在日アイデンティティに真正面から向き合い、深くコミット(コミットするもんか!というコミットメントも込みで)していく。
4分の1しか朝鮮半島にルーツを持たず、ほとんど日本人として暮らしてきたことで、自身を在日と定義することにためらいをみせながらも、韓国に留学し、アイデンティティと取っ組み合い、自分のスタンスを模索する鷺沢の自己探求の旅は、逆に彼女が「在日になっていく」過程の記録でもある。
『ケナリも花サクラも花』を読めば、4分の1だけ朝鮮にルーツを持つ彼女を「在日」と呼べるかといった議論が不毛であることに気づかされる。なぜなら「在日的状況」に身を沈め、理解し、自分を位置づけようとする彼女の生活と実践そのものが、彼女を「在日」にしていく過程そのものなのだから。アイデンティティとは外部に存在し発見されるものというよりは、やはり内的世界の葛藤と同時に立ち現れるようなものなのかもしれない。
戦後の在日を取り巻く状況は、ポストコロニアル、高度成長期、ポスト冷戦、グローバリゼーション、韓流ブーム(数え上げればきりがないが)と刻一刻と変化を見せ、在日のアイデンティティも固定したステレオタイプなものから、よりダイナミックで多様なものへと変化したと指摘されて久しい。在日の中に次々と生まれる多様性、サブカテゴリーが「在日」の定義そのものまで危うくし、そこから生まれる様々な語りを束ねることはもはや不可能であり、意味をなさない、とポストモダンは語っている。
しかし、フランスの諺に「変われば変わるほど変わらない」というのがあるように、それでもなお、私たちは「在日の語り」を一つの関連づけられたカテゴリーの中で知覚することが出来るのはなぜか。在日の中にある多様性や世代、ジェンダー、イデオロギーのギャップが、同じ在日でも日本人以上に遠く感じられるという状況をも作り出している一方で、依然私たちは在日の語りを生産、理解する文脈を共有している。在日のカテゴリーの有効性、換言するならば―世代や状況、血の純潔や国籍の違いをも越えて「在日を在日たらしめているもの」がある―とするならば、それは一体何なのか。そのような問いかけをしたときに、浮かびあがってきた一つの答えが「罪悪感」だ。大人になるまで、自分が「日本人」であることを疑ってみたこともない鷺沢が、瞬く間に在日の語り部となりえたのも、彼女が痛いほどに繊細に、在日に特有の「罪悪感」を引き受けようとしたからではなかったか。
様々な在日の語りを一貫性のあるものとして関連付ける「あの罪悪感」。勿論その感じられ方は人によって状況によって様々である。日本人であるふりをしていることに感じる罪悪感。通名を使っていることで自動的にうそをついているような状態になってしまってることに対する罪悪感。韓国語を話せない罪悪感。朝鮮語を話し、本名を使っていても朝鮮人に完全に一体化できない罪悪感。日本を嫌ってみるそぶりを見せる自分に感じる罪悪感。韓国に嫌悪感を抱いてしまう罪悪感。日本を素直に好きといえない罪悪感。日本に対しても朝鮮,韓国に対しても完全な所属を主張しきれない罪悪感。このように多様な罪悪感を結び付けるものは、「日本人」でもなく「韓国人」でもないという「否定形の中にのみ存在するもの」の危うさだろう。
社会のメインストリームにいるということは、存在が前提されているので「定義づけ」から逃れることができるということである。日本にいる日本人は「日本人」であることを通常は思考する必要がない。しかし「在日」のように「日本人でないもの」つまり「メインストリームの否定形」として定義づけられるものにとって、自身の存在証明は大きな問題となる。それは「韓国、朝鮮」の方に救いを求めても同じである。そこでも在日は「本国の韓国人、朝鮮人ではないもの」という否定形で定義されてしまう。社会での不安定な位置づけは在日を安定したアイデンティティへと駆り立てる。しかし自分を定義づけようとしても、否定で定義づけられるものに、いくら言葉を重ねても肯定の定義、つまり確固としたアイデンティティを導き出す事はできない。それはうすうすわかっていながらも、罪悪感から逃れたい欲望は、人をなにか確固とした自己定義へと駆り立てる。
かくして在日のアイデンティティをめぐる語りはあがりのないエンドレスな「言語ゲーム」となって、罪悪感を蝶つがいに、延々と続いていくのかもしれない。もちろん、何であれ「語る」ことの重要性は今更論じるまでもない。しかし大切なことは、解放を求める語りに、逆にがんじがらめにされてしまう危険性を認識していることだろう。ウィントゲンシュタインが、論考において「「私を理解する人は、私の諸命題を通り―それらの上に立ち―それらを乗り越えたとき、終にそれらを無意味と認める」という仕方で解明を行う。」と語ったように、アイデンティティの言語ゲームに参加する時に大切なのは、最終的にはそれをまるごと手放すことができるくらいの、自己と他者に対する寛容さなのではないだろうか。
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