エッセイ

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【サンフランシスコ便り(11)】刑務所から 堀川弘美

2012.03.11 Sun

今回は、刑務所からのお便りを少しだけ紹介したいと思う。日本人の城崎勉さん、という方が、インディアナ州にある刑務所で服役されている。城崎さんが書かれた文章を含む、アジア人受刑者からの便りを、前にも紹介したAsian Prisoners Support Committeeのメンバーが冊子、本にしている。その内容を紹介したいと思う。

城崎さんは、日本の北の方の出身。今は64歳。私の目を刑務所問題に向かせてくれた大道寺将司さん(東アジア武装戦線“狼”のメンバー。戦後も続く日本の経済によるアジア侵略をとめたい、という思いで数々の爆破事件を起こす。三菱重工爆破事件で期せずして死傷者を出してしまい、逮捕。死刑を宣告され、獄中で37年近く過ごしておられる)と同い年。手記からは明確につかめていないのだが、おそらく1986年に逮捕され、30年の刑を宣告されたとのことなので、2016年に出てこられるのではないかと思う。大学に入るまでは、社会問題に興味はなかったそうだが、学生運動に加わり、1971年に東京で逮捕され、10年の刑を宣告される。しかし、1977年日本赤軍による日航機ハイジャック事件で、大道寺あや子さん(大道寺さんのつれあい)、浴田由紀子さん(東アジア反日武装戦線“大地の牙”のメンバー1975年に大道寺さんたちと同じに逮捕される。現在は栃木刑務所に服役中で2017年に出所予定)ら、城崎さんを含む6名が釈放された。レバノンへと連れて行かれ、そのまま彼らが刑務所を脱獄したかのような扱いで、日本の警察によってインターポール(国際刑事警察機構)へと収容された。赤軍からメンバーに加わるように説得されたが、城崎さんはそれを拒否し、パレスチナ革命の闘志となった。

1986年、ジャカルタ事件が起こる。城崎さんはレバノンでそのニュースを聞いた。しかし数週間後、その事件が日本赤軍によるものであるとされ、城崎さんの指紋が発見された、と発表した。城崎さんはフィリピン人の偽造パスポートでネパールへと脱出し、そこで針灸師として働いたという。日本赤軍に一度連絡を取ろうとして、電話をしたことが、悲劇を招いた。その番号はすでにアメリカ機関に知られていた。そしてそのまま逮捕され、アメリカの裁判所で30年の刑を宣告された。城崎さんの若者へ向けての言葉、“Do not believe anything somebody – especially authorities or media – telling story / history told by European descent.”

Asian Prisoners Support Committeeの人たちが、毎年、年末にカードを送っている。城崎さんは、それにお返事を書いてくださり、写真を同封してくださった。城崎さんの存在は4月から知っていたが、なかなか書くチャンスがなかったのだが、こうして彼の顔を見ていて、今、やっと書こうと思い立った。この場所で書くのがふさわしいのか、疑問は残るけど。。。彼の存在をどう思うか、私が日本に帰ったらできるだけたくさんの人とお話ししたいと思って、ここでも共有させてもらった。

もう一つは、”Thank you letter”のこと。先週3通のThank you letterをもらった。私が昨年6月から毎日通っているLegal Services for Prisoners with Childrenのオフィス。私のしていることは、毎日届く受刑者からのお手紙にお返事を書くこと。お返事と言っても、Legal Officeなので、みなさん、法的な支援を求めてこのオフィスの存在にたどり着かれ、具体的な支援やマニュアルを必要とされている。そして35年以上の歴史のあるこのオフィスには数十ものマニュアルが用意されていて、それらを簡単なお手紙とともに送る、という作業。毎日少なくとも20通くらいのお手紙を書く。つまり、届いたお手紙20通を読む。毎日午後からは、肩が重くて仕方がなくて、ひどいときは頭痛のせいで動けなくなるときもある。受刑者の人たちからのお手紙のしんどさ、しんどいエネルギーに引き込まれてしまっているのだと思う。お手紙を読まず、ファイリングだけをひたすらする日は、その重さはないのだから。。。

そんな中、こうやって、何もマニュアルを頼むわけでもなく、ただ「ありがとう」を言うためだけに、貴重な切手代を払って、時間を割いてお手紙を書き送ってくれる人たちがいることを体感できることは、わたしにとってすごく大きな意味を持つ。顔も見ないまま、ひたすらにマニュアルを送る作業は、ときどき、私の思考を止めてしまう。受刑者の人たちがちゃんと見えてこなくなるときがある。それをとりもどす瞬間を与えてくれるのがこのお手紙。「こんな人たちが中にいるんだ」というすごく単純な気付きが、私の血にぬくもりを取り戻す大切なきっかけになる。

この荒んだ、悲しい社会で、ぬくもりを感じ取るチャンスは結構少ないのだと思う。私は、本当に幸運に恵まれてよき出会いに恵まれている。かぴかぴに乾いた社会で、乾かないように生きて行くことは大変な努力がいるなぁと、周りの人たちを見ていて思う。それをやれる人もいるし、やれない人もいる。暴力に溢れた社会で、生きていく方法は、人を大切に大切に人として扱って、いくら乾いても切りきれない関係性を紡ぐことなのだろうなぁと思っている。

カテゴリー:サンフランシスコ便り

タグ:アメリカ / 堀川弘美 / 刑務所