2012.05.03 Thu
『ムサン日記~白い犬』 脱北者のむきだしの姿 伊津野 朝子[学生映画批評]
おかっぱ頭が目につく主人公スンチョルの部屋の窓は、すきま風が入らないようにテープでぎっしりとふさいである。息苦しい。そこでたばこを吸うのでさらに息苦しい。この息苦しさが、脱北者の韓国での生活の現状だ。この脱北者の生活を見事な演出力で描いてみせたのが、この『ムサン日記~白い犬』である。
「脱北もの」と言えば2010年に日本で公開された『クロッシング』が記憶に新しいが、これは息子が父親を捜すために脱北する悲劇だ。こちらは最後まで希望はない。『クロッシング』が「脱北するまで」を描いているならば、本作は「脱北してから」を描いている。しかし韓国も天国ではなく、スンチョルは就職差別を受け、苦労しながら韓国の隅のほうでなんとか生活を送る。
現在の韓国には約2万人の脱北者がいると言われている。その男女比は女性が男性の2倍近くという事実に驚いた。95年の大飢饉以降その数は増え続けている。映画で描かれるように脱北者の暮らしは厳しい現実が待っている。政府から支援金を受け取り生活をするが、その多くが詐欺の被害にあっている。
このような脱北者の現実を生々しく描いたこの作品は、パク・ジョンボム監督が実際に脱北した友人の話をもとに脚本を書いた。製作・監督・脚本・主演を務めた本作がデビュー作というのは、『息もできない』のヤン・イクチュンの情熱を彷彿とさせる。
どんよりとしていて暗い主人公ではあるが、どこかユーモアもありおかしい。スンチョルは脱北して同居人のギョンチョルに世話を焼かれ、不器用ながらも彼なりに努力しながら生活を送っている。彼の人間味あふれる演技が独特の存在感を出している。彼は教会で出会ったスギョンという女性に恋をする。彼女に会いたいがためにストーカーに近い行動に出るが、見る者はそんな彼を応援したくなってしまう。
ポスター貼りの仕事をするスンチョルを見て、イタリア映画『自転車泥棒』を思い出した。こちらも同じように貧困で悲惨な状況に陥る。交通量が多いところで車にひかれそうになるショット、必死にポスターを貼る遠くからのショット、ポスターが次の日にははがれてしまっているショット。ここにはリアリティがあり、スンチョルのむきだしの姿が痛烈だ。
そんなスンチョルの唯一の心の拠り所が白い犬のペックだ。まっ白なペックはスンチョル自身の純白さかもしれない。同居人とけんかをしてペックがいなくなりスンチョルが犬を探しにいくシーンがある。見つかったときの犬とスンチョルとの距離は近くもなく遠くもない。北朝鮮と韓国との距離もまさにこの二人が向き合っている様子と似ている。
この映画はただ脱北者の生活を描くだけでなく、その背後にある説明し難い人間同士、国同士の距離感をうまく表現している。窓を開けて苦しさから解放されたとき、スンチョルは本当の姿に生まれ変わる。
(日本大学映画学科4年 伊津野朝子/いづのあさこ)
『ムサン日記~白い犬』
(パク・ジョンボム監督/2010年/韓国/127分)
5月12日、シアター・イメージフォーラム他 全国順次ロードショー!
配給:スターサンズ
(c)2010 SECONDWIND FILM. All rights reserved.
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カテゴリー:新作映画評・エッセイ
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