エッセイ

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「とりもろす」べき日本とは? -Jファイル2012を読む― 千田有紀

2013.06.11 Tue

千田:今回は自民党の総合政策集「Jファイル2012」を読んでみたいと思います。一人で読んでもつまらないので、お友達の百田さんに付き合ってもらうことにしました。

百田:百田です。千田さんでもじゅうぶん頼りないのに、さらにその十分の一しかないという設定の百田なんですが、大丈夫なんでしょうか?

千田:それはさておき。どうでしょうか、このJファイル2012。

百田:政権公約っていってもしょせん公約でしょう? 民主党なんて完全に、マニフェストが素晴らしかっただけに、貫徹できなかったことでなおさら支持を失いましたからね。できないこと書いてすみませんって、自分たちから謝罪する始末だし。意味があるんですか?

千田:それでもまぁ、自民党、安倍政権が何を考えているかくらいはわかるでしょうから、見てみましょうよ。

百田:ざっとみてどうですか?

千田:Ⅰが復興と防災、Ⅱ . 経済成長、Ⅲ . 教育・人材育成、科学技術、文化・スポーツ、Ⅳ . 外交・安全保障、Ⅴ. 社会保障・財政・税制、Ⅵ . 消費者、生活安全、法務、Ⅶ . エネルギー、Ⅷ . 環境、Ⅸ . 地方の重視・地域の再生、Ⅹ . 農林水産業、Ⅺ . 政治・行政・党改革という構成ですね。

女性の力を活用する?

百田:千田さんが関心ありそうな女性の問題が入っていませんね。

千田:入っていますよ。Ⅱの経済成長のところに。57 女性力の発揮によるいい国づくりと、58 女性の就業環境の整備があります。

百田:経済問題なんですか~?

千田:そうですよ。「女性の潜在的な力を活用することは成長戦略の原動力です。そのために、日本社会の基盤である伝統的な家族や地域の絆を大切にしつつ、社会全般の多様性の実現を目指します」だって。つまり、これから経済的に発展するためには女性も働いてもらわないと困るっていうのがそもそもの女性の「活用」の基本的スタンス。でもそのときにも「伝統的な家族や地域の絆を大切に」だそうです。

百田:具体的には?

千田:さぁ。「社会のあらゆる分野で2020 年までに指導的地位に女性が占める割合を30% 以上とする」って“2020 年30%”(にぃまる・さんまる)という数値目標を挙げているだけだからね。

百田:でも58 女性の就業環境の整備は?

千田:新しい家族像、家族ビジョンを踏まえ、夫婦が共に働き、共に家事を負担(協働・分担)できるワークライフバランスを推進、大都市部を中心に保育所の拡充を図るとともに、放課後児童クラブのより一層の量的・質的向上だけでなく、待機児童が多い地域における自治体の取り組みについても支援します、っていっているよ。

百田:で、新しい試みが、この間の、あの育児休業三年間の要請なんですね。

千田:安倍首相が四月一九日に、子どもが三歳になるまで、男女ともに育児休業や短時間勤務を可能にすることを、経済界に要請したって話ね。男女ともにっていっているけど、女性に、でしょ? 読売新聞は「女性や若者の雇用・就労に関して経済界に要請」って書いているし、完全に女性が三年間育児休業とりゃいいじゃん、っていう話なのでは?

百田:わたしの周囲でも「アホか~」って声、続出でした。

千田:当たり前でしょう。妊娠を機に契約更新してもらえない派遣さんがたくさんいるっていうのに、どこの世の中に三年間も休む可能性のある女を雇う企業があるかっていうの。その間に大学院とかに通ってステップアップしていいらしいから、できれば女性は三年育児休業とって、三人くらい子どもを産めば九年のお休み! 博士号をとってもおつりがくるかもね。長期の育児休業に頼るやり方はドイツとか、母性イデオロギーの強い国で行われていたけど、三年間も休んだら、元の仕事に戻ってもチンプンカンプンでしょう。完全に世界の流れに逆行しているとしか思えない。男性にも育児休業休暇を取らせたいなら、ノルウェーの「パパ・クオータ」制度とか見習えばいいのに。

百田:社会保障と税の一体改革はどうなっているの?

千田:民主党政権下でとうとう「子ども・子育て支援法」など「子ども子育て関連三法」が可決・成立してしまっているのよ。この点では、民主党は自民の敷いた路線をそのまま継承しただけだったわね。幼保一体化、認定こども園って素晴らしい、って話になっているけど、実際には子育てが、「介護保険制度」化するっていう、恐ろしい話なのよ。

百田:どういうことですか?

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.千田:つまりね。今まで地方公共団体は保育の責任を負ってきていたでしょう? それが今度は自治体は、保育の必要度を「認定」するだけでよいの。「あなたは六時間の認定をします」という風に。それを超える時間の保育を利用したければ、自己負担するしかないわけ。そもそも保育ってそんなにぶつ切りでやるものでもないでしょう? これは規制緩和の一環として考えたほうがいいと思うけど、公立の保育園を作って公務員の保育士さんを雇うというのはもうやめ、民間の保育園に参入してもらって価格も参入も自由化しようってことですよ。実際に保育の民営化は進んでいて、出版社の子会社とか乳幼児製品の会社とかがドンドン参入していますよね。結局、保育は人材なんだけど、民間の給与水準はすごく低いから、劣悪な労働環境、保育環境に多くのひとが辞めたりという話はごろごろしてます。『涙では終わらせない―保育園民営化‐当事者の証言』とか、本当に泣けてくる。結局ひとしきり進んだ民営化も、ただでさえ少ない公務員の定数削減のために保育士さんが狙われたって話だと思うけど。でも保育士さんの雇用がしっかりしていない園に子どもを預けるのは不安ですよ。子どもの命がかかっているわけですからね。

百田:でも保護者が選択できるっていうのは、よい側面もあるんじゃないですか?

千田:わたしの住んでいる自治体での〇歳児保育の一人当たりの年間の支出は六百万円ほどです。普通に考えて、じゅうぶんな補助金なしでは絶対に採算なんて取れないと思う。いろいろ保育園をみたけど、一緒に行った母が「タコ部屋」って呼んでショックを受けた民間の保育園もあった。もちろん保育士さんは頑張っているんだろうけど、やっぱり保育をビジネスとして儲からせるには、人件費の削減をしてできるだけ最低限の基準をクリアすることに留めるしかないのでは? もちろん富裕層向けのハイパー保育園とかもプランとしてはありといったらありだけど、いくらになるのか。マンハッタンに住んでいる知人は月に二〇万円(一ドル百円で計算)の保育園のおやつが着色料だらけなのにショックを受けて、二十六万円のほうにしたっていっていました。

百田:え~⁉ 二十六万円⁉ それじゃあ、何のために働いているかわからないですね。

千田:でしょう? 財力のある人にはよい保育が保障されるかもしれないけど、そうでない人には、不安だと思います。厚生労働省は認可保育所への株式会社参入を前倒しさせようとしてますし。どうなることやら。

なぜ教育にお金をかけるの?

百田:最近、いろいろ不穏な教育関係はどうですか?

千田:それがね。教育は意外に、お金をかける方向にいっているんですよ。高等教育は、81  国立大学法人運営費交付金等の安定的な確保とか、83  博士課程学生に対する支援強化及び若手研究者の活躍促進とかいってるし、初等中等教育でも、の「教育振興基本計画」「新学習指導要領」を確実に実施するため、恒久的な財源を確保し、OECD諸国並みの公財政教育支出を目指します、だそう。

百田:意外ですね。国立大学の独立行政法人化は、国家公務員の定数削減のためのターゲットにされたおかげで、公務員数を見かけ上、二割減はしたものの、運営費交付金が年々減らされて、青色吐息だったのに。そこにお金を出すんですか? 民主でもやらなかったのに珍しい。

千田:ね。文部官僚が学長になったり、中央の支配だけが強まったしね。巷の公務員バッシングが、中央官僚の焼け太りの結果しか生んでいないんですが、ここで運営費交付金の安定的な確保とかはいっけん評価できますよね。83も高学歴ワーキングプア対策だし。

百田:でもその結果が、国立大学教員給与に年俸制を導入、っていう話になるんですね。

千田:そうそう。高等教育をこれ以上スカスカにしたら、国際競争力がなくなる、ってことはわかっているようで、この年俸制も外国人の有名人を引き抜くためらしいです。アメリカの大学って、有名人になればなるほど給与が高くて、他の大学から引き抜きがあったら自分の職場と「移らないでやる」と交渉して自分の年俸を上げることも可能だからね。まさにスポーツ選手みたいな感じ。なので、カルフォルニアの州立大学とかは金銭的余裕がないから(節電のためにエレベーターを止めたり、電気を暗くしたりしているらしいし)、スター教授を引き留めることが難しいとか、NYUあたりの私立大学とかは財力にものをいわせて、バンバン教授を引き抜いているとか、そういう話はよく聞きます。

百田:ふーん。うまくやれば、教授もお金持ちってことですよね。

千田:そうそう。今は「大学の社会的貢献」=「産学共同」になったから、うまいことビジネスチャンスをものにする学者が出世するってことじゃない? 「高等教育における産学連携を強化する」ってはっきり宣言しているし。アメリカでは有名な学者は助成金をとってきて、その金でティーチングアシスタントとかに授業をやらせて自分はやらないらしいし。またコミニティカレッジとか、地方の州立大学とかのステイタスは低いから、大学自体もエリート養成とそうでない大学とにわかれているし。日本もすでに研究大学と教育大学の選別をおこなっているし、研究、行政、教育用にと教授も使い分けたいみたいだから、完全に大学のなかにも格差を持ち込もうってことなんじゃないの?

百田:基礎的な教育をきちんとしてもらえるのか、学生さんがちょっと不憫な気がしますね。そもそも何の研究が金になるのかだって、結果論だし。大丈夫でしょうか。

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.千田:意外に教育にお金を投資するという宣言をどう読んだらいいのかと教育社会学者の広田照幸さんに聞いたら、やはり「教育をしておいたほうが競争のためによい」という判断なのではないかと。ブレア政権も「教育!教育!教育!」と宣言したけど、必ずしも格差を是正しようとする意図からだけでもなかった。たとえばイエスタ・エスピン=アンデルセンの『平等と効率の福祉革命――新しい女性の役割』なんかみても、保育所をつくって質の良い教育をしておいたほうがいかに「効率的」か、女性の解放が平等と効率を達成するっていう話だから。

百田:じゃあ、初等中等教育も、教育は全部大切だと。

千田:大事、大事。「自民党の中長期政策体系」ではさ、厚生労働省の平成二三年度予算提出資料によれば、0歳児の公費負担額は二四〇二.九億円。一-二歳児で五四九六.二億円、三歳児で一一三二.八億円。それぞれ世帯あたりにすると、一六.八万円、八.一万円、三.五万円だっていう資料を引いてきて、民主党を「子ども手当にみられるように、『子どもは親が育てる』という日本人の常識を捨て去り『子どもは社会が育てる』という誤った考え方でマニフェストを作り、その予算化を進めている」と批判。家族の絆を大切にする家庭教育と幼児教育の充実で、「子どもの健全な発達にとって、乳幼児に対し親の愛情、スキンシップを最大限に注ぐことが大切である。そのため、父母ともに育児休業を十分に活用するとともに、0歳児については家庭で育てることを原則とし、家庭保育支援を強化する」といってます。0歳児の教育は大事、お金もかかるし、家族の絆で頑張れっということらしいです。

「伝統的な家族」って何?

百田:エスピン=アンデルセンとは逆の話だね。それがあの育児休業三年に繋がるんだ。千田さんはさっき「さぁ」っていったけど、「伝統的な家族」ってこれなんじゃない?

千田:だとしたら、専業主婦が量的に拡大したのは高度経済成長の時期の話だし、起源を探してもせいぜい大正期でしょう? 全然「伝統」じゃないよね。まぁ自民党にそんな勉強を期待しても仕方ないけど。

百田:72 幼児教育の充実・強化と幼児教育の無償化では、すべての子どもに質の高い幼児教育を保障するとともに、国公私立の幼稚園・保育所・認定こども園を通じ、すべての 三歳から小学校就学までの幼児教育の無償化に取り組みます、っていっているよ。

千田:〇歳児は家庭で、一-二歳は保育、三歳から幼児教育で、三歳からが無償だっていうんだけど、その根拠が「小さいうちは保育に金がかかるから」だから泣けてくるよ。女性を活用するのは経済戦略じゃなかったのか。三歳からの無償化も、「子どもは社会が育てる」っていう間違った考え方だ―! 日教組反対-! 赤化教育反対―!

百田:まあまあ。錯乱するのもいい加減にして落ち着いて。いいところはないの?

千田:まず、不適切な性教育やジェンダーフリー教育、自虐史観偏向教育等は行わせませんと。ジェンダーフリー教育って、「男らしさや女らしさなどの性差を否定したり、伝統文化を否定する教育」ですって。まぁ恐ろしい! 自民党素敵! っていうか、繰り返しになるけど「伝統文化」ってなんだ。若者組とか、夜這いとかの伝統文化を復活させたいってことなの? この61 わが国を愛する心と規範意識を兼ね備えた教育では、規範意識や社会のルール、マナーなどを学ぶ道徳教育や消費者教育等の推進を図るため、高校において新科目「公共」を設置してくれるらしい。

百田:消費者教育を進めてもらい、「振り込み詐欺」とかに引っかからないようにしてもらえるのはいいことじゃない? でも消費者教育って、「わが国を愛する心と規範意識」なのかな?(笑) なんの規範意識? 生活保護をもらっているのに、パチンコとかに行くな、とか、そういう話でしょうか…。

千田:あと「高校授業料無償化については、所得制限を設け、低所得者のための給付型奨学金の創設や公私間格差・自治体間格差の解消のための財源とするなど、真に公助が必要な方々のための制度になるように見直します」だって。格差社会解消のために頑張るのかと思ったら、重要なところは「所得制限」だね。本当に格差の是正をしたいんだったら、子どもの教育のところで所得制限するよりも、富裕層に有利な控除とかの廃止をしたほうがいいのに。民主党は子ども手当と引き換えに扶養控除を廃止したけど、方向としては正しかったと思う。しかしすぐ子ども手当がなくなっちゃったし、廃止するのがまず扶養控除なのかどうかは疑問だけどね。

 77 真に外国人との友好を築く日本語教育っていうのも、前半はいいけど、外国人は日本語を習えって話だし、79 受験一辺倒でない多様な選択肢を持つ教育の「普通高校以外に、最先端の職業教育を行う専門高校を整備する等、多様性・専門性のある選択ができるようにします」っていっけんよさそうだけど、教育において早期の進路選択が格差の固定化、再生産に繋がるのは常識だよね。みんな一応、高校ぐらいは出させてあげて欲しいよ。保守的に聞こえるのはわかっているけど。

百田:なんか検討すればするほど、うんざりしてきますね。

千田:だよね。東日本大震災のあとの、典型的なショックドクトリンだよね。民主党が現実的な経験や力量を欠いていたのは事実だけど、原子力発電所をつくったり、今までの政策を進めてきていたのは自民党だってことを忘れてない? 民主もせめて、政治の技術的には稚拙でも、マニフェストを守り、愚直に誠実に対応していたら、それでも評価する人はいたんじゃないか。そもそも民主党は寄せ集め政党で、新自由主義的な右派から左派までいろいろいたけど、もう失望しか残ってないよね。今後は厳しいんじゃないかな。それにしても、自民党は断固としてTPPに反対、とかいってたのは、どうなったんだろう? 市場化の流れ、アメリカに食い尽くされる流れ、格差社会化は止まらないね。劣化したアメリカ格差社会が、一時は総中流社会と呼ばれた日本で実現するかと思うと涙が止まらないよ。よよよ。

百田:泣かないでください。ところで、タイトルの「とりもろす」ってなんですか?

千田:もちろん、安倍晋三の、「にっぽんを、とりもろす、とりもろす」っていう、あの宣伝ですよ。滑舌の悪さが、晋三さんの誠実さをアピールしているらしい。日本を取り戻すもなにも、自民党が、従来の路線を楽々と取り戻しただけでしょう。日本をアメリカに売却しようとしているくせに。

百田:あれ? 千田さんって右翼だったんですか? 「とりもろす」って私は、とうもろこしの仲間か、性感染症かなにかと思いましたよ。違ってよかった!

千田:…。それではさようなら。ご拝読有難うございました。

*『季刊ピープルズ・プラン』第61号(《特集》討論:「安倍政権とは何か、どう対決するか」Ⅱ)に掲載されたものを、ピープルズ・プラン研究所のご厚意で転載させていただいています。








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タグ:女性政策 / 子育て・教育 / 千田有紀