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だまされる方が悪い?!お金をごまかされないためのひと工夫  スペインエッセイ連載第12回目 中村 設子

2014.04.10 Thu

 今や欧州危機の象徴となってしまったスペイン。失業率は25%にものぼり、以前の半分以下という低賃金になっても、仕事がないよりはましだと働くひとたちの話もめずらしくない。

スペインを代表する観光都市であるバルセロナは、これまで多くの移民を多く受け入れてきた。特に90年代のバルセロナオリンピック前後の好景気時代から、工事現場をはじめ、ホテルや飲食店、小売業でも移民の人たちが目立っていた。

バルセロナでは、重労働で根気の要る仕事は多くの移民のひとたちが支えてきたといってもいい。

 私がバルセロナの旧市街のなかでも、ほとんどの日本人観光客は行かない地区のホテルで、ひとりで泊まっていたときのことだ。

この地区の細い通りでは、ひと目でアルコールやドラッグ中毒だとわかる浮浪者風の男性がウロウロしている。だが、彼らは急に襲いかかることはないし、私自身、何らかの危害を加えられたことがない。

必要以上に怖がることなく、さっさと通りすぎれば大丈夫だと思ってきた。その立地条件からか、私が予約したホテルは設備がよくきれいな割に、宿泊料が格安だった。

 生ハムがドーンとぶら下がっている店内

生ハムがドーンとぶら下がっている店内

すぐ近くに小さなスーパーマーケットがあり、ひと仕事終えた私は、そこで軽い夕食用の買い物をした。パン、トマト、瓶入りの豆、さらに缶ビールとフルーツなどを買った。

この日、役所関係の人にインタビューしてクタクタになった私は、ひとりで外食するほどの元気はなく、部屋に戻ってゆっくりとバスタブにつかり、ビールを飲みながら軽く食べられればそれで十分だった。

 ホテルの部屋での食事

ホテルの部屋での食事

さっさと買い物を終え、レジで支払いを終えた私が、差し出されたつり銭を覗き込むと、あきらかに金額が足りない。30ユーロも少ないのだ(そのときは1ユーロが約130円だったので、4千円程度)。

間違いなく50ユーロ札を出した私。13ユーロの買い物でおつりは37ユーロのはず。

ところが、おつりは7ユーロしかないのだ。そのことをレジ係の女性に伝えると、「アナタが出したのは、20ユーロ札だったわよ」 と彼女はきっぱりという。

「違う、違う!! 私は50ユーロを置いたわ、絶対に間違いないから!!」私も強い口調で切り返した。

レジ係の女性は肌の色と顔つきから、アフリカ系か中南米からの移民の女性に違いなかった。私のすぐ後ろには10代後半の女の子が並んでいたので、私はレジ係の女性が勘違いして困っているから力を貸してほしいと頼んだ。

ところが、「アナタがいくら払ったなんて、知るはずないでしょ」とピアスをつけた唇から出た言葉は冷たい。

確かに、スペインでは日本のスーパーマーケットのように、お金を受け取ったレジ係のひとが、

「はい、一万円、お預かりいたしま~す」

と声を出すような習慣はない。この子が、私が財布からいくら出したのかを知らなくても当然なのだ。そして残念ながら、困っている私を心配してくれる様子もない。

レジ係の女性がチカラのある眼で私をにらみつける。これじゃ、まるで私はつり銭をごまかして、得をしようとしているアジア人だと思われてしまう・・・。

ここで私が引き下がれば、そういう人間だと認めることになる。
どうしても譲れない・・・。レジ係の女性と私は互いに強い口調で、とうとう口論になった。

私の後ろに並んでいるさっきの女の子は、10分ほど、無表情で私たちふたりの顔を覗き込んでいた。ところが私が「あ!」と思った瞬間、レジの横の台に置いたままになっていた、私のつり銭を握り締めて、逃げて行ったのだ。

「待ちなさい!! それは私のお金!」と声を出した私を尻目に、

「バカ!!盗られるほうが悪いのよ」とはき捨てるようにして、スーパーマーケットを出て行った。

 レジ係の女性に渡したお金を疑われ、つり銭を女の子に持っていかれた私は、いい歳をして泣きたくなってしまった。疲れていたせいもあるが、誰も助けてくれない寂しさと心細さ、そしてこんな情けないことになってしまう頼りない自分・・・。こみ上げてくるものがあった。

だがそれから30分、私は粘りに粘った。このまま引き下がるのは、どうしてもくやしかったのだ。

とうとう根負けしたのか、レジ係の女性は、

「アナタがそんなにいうのなら、今から、レジの箱(お金が入った)を事務所に運んで、調べてくる」

といって、箱をしっかりと抱えて、ゆったりとした歩き方で事務所に向かった。そのとき、歩きながらうっすらと笑みを浮かべている横顔が見えた。

それから待たされること15分。

「はい、これ、つり銭よ」といって、彼女は表情ひとつ変えずに、不足分の30ユーロを、ポンと私の前に置いた。

謝罪の言葉はない。

 やっぱり・・・。私は気づいた。レジ係の彼女は、ひと芝居うったのだ。うまくいけば差額の30ユーロは、誰にも気づかれないようにして自分の懐に入るつもりだったのだろう。

おそらく彼女は、このスーパーマーケットで低賃金の重労働を重ねているに違いない。移民の賃金は安く、物価の高いバルセロナでの暮らしは楽ではないはずだ。

スペインのスーパーマーケットのレジはこんな感じ

スペインのスーパーマーケットのレジはこんな感じ

レジ係の仕事がどんなにたいへんか、高校生の頃にアルバイトをしたことがある私はよく知っている。立ちっぱなしはつらく、長時間働いた後は足がパンパンにむくむ。

体力には自信があった私も、アルバイトを終えてたどり着いた自宅の玄関先で、何度もへたり込んだのをよく覚えている。

この女性は、たぶんこうしてちょこちょことつり銭を誤魔化して、小銭を稼いできたのだろう。相手が日本人となれば、カモにしやすいと思っていたはずだ。

 こうした場面では、日本人の倫理観などは通用しない。盗れる人間から盗って何が悪い。だまされるほうが悪いという価値観を持つひとの心を変えることなどできない。

同じ有色人種なのだから、助け合いましょうよ・・・というのも甘い幻想に近い。みんな生きるのに必死なのだ。

スーパーマーケットは、冷凍食品も豊富

もちろん、彼女のようなひとはごく一部だろう。バルセロナのスーパーで働くレジ係の女性は親切なひとも多く、なかには私がホテルに滞在していると知ると、部屋で食べやすいように、わざわざフルーツをカットしてくれる女性もいる。

 以来、レジの支払い場面でこんなゴタゴタを起こさないように、私は高額の紙幣を出すときには、周囲のひとたちにも聞こえるほど、元気な声でいうことにした。

「はい、50ユーロ、ここに置きますからね!!」

だまされるようなスキを作らないこと。これこそ、身を守るための方法なのだ。

カテゴリー:スペインエッセイ

タグ:くらし・生活 / スペイン / 中村設子