2015.02.05 Thu
ドラマ「改過遷善」(全16話、MBC2014)は、常に強者の側に立ってきた弁護士キム・ソクジュが、事故で記憶を失ったのをきっかけに弱者の側に立つ弁護士に生まれ変わってゆく物語。彼が所属する巨大ローファーム(チャ・ヨンウ法律事務所)は、韓国で最大規模を誇る「KIM & CHANG法律事務所」をモデルにしたといわれる。また、ドラマで取り上げている事件の多くも実際の事件をモチーフにしているのでリアリティがあって面白い。
主人公キム・ソクジュを演じたキム・ミョンミン(1972~)と法律事務所の代表チャ・ヨンウを演じたキム・サンジュン(1965~)はまさにはまり役。本作の法律諮問を務めた実際の弁護士によれば、キム・ミョンミンは“声そのものが論理的”なのだそうだ。この他にインターンのイ・ジヨン役をパク・ミニョン(1986~)、後にソクジュと法廷で熾烈に闘う判事出身のチョン・ジウォン弁護士をジン・イハン(1978~)、正義感あふれる女性検事イ・ソニ役をキム・ソヒョン(1973~)が演じた。
脚本は「産婦人科」(2010)と「ゴールデンタイム」(2012)で実力を認められたチェ・ヒラ。このドラマも念入りに取材して書いたという。演出家のパク・ジェボムは、この作品で韓国PD連合会が主催する第172回「今月のPD賞」を受賞した。「大韓民国司法界の矛盾と葛藤を熾烈に表現し、(中略)正義が能力の問題ではなく道徳的な選択の問題であることを表現した」と評価された。最高視聴率は10.2%でそれほど高くはなかったが、演技も内容も見応えたっぷりのドラマである。
弱者を踏みにじる
キム・ソクジュはチャ・ヨンウ法律事務所のエース弁護士である。彼の弁護士としての有能さは、ひとえに彼の顧客である企業や財閥の利益を守るために使われる。彼が手掛けるのは、財閥の放蕩息子による女優性暴行事件、タンカー原油流出事故による損害賠償事件、大企業とその金融会社が個人投資家たちに莫大な被害を与えた事件、銀行が中小企業に投資商品を売りつけて損害を与えた事件、植民地時代の徴用労働者が日本の大企業を訴えた事件等々である。これらの事件で、ソクジュはもちろん大企業側の訴訟代理人を務める。被害者に同情する気持ちなどは露ほどもなく、平気で弱者を踏みにじる冷血漢である。
法廷では“正義”よりも“勝つ”ことが重要であり、そのためなら偽証教唆などの違法行為もいとわない。それはソクジュのみならず、チャ・ヨンウ法律事務所の方針でもある。代表のチャ・ヨンウは司法界や政財界との太いパイプを持ち、訴訟に勝つために司法界トップの人事にまで介入する力を持っている。ローファームには元長官や官僚出身者たちを顧問として集めている。いざという時にその人脈を利用するためだ。それでますます財閥や企業はチャ・ヨンウ法律事務所に対する信頼を強め、他所よりも格段に高い報酬を払ってまで彼らに事件を依頼する。
ちなみにチャ・ヨンウ法律事務所のモデルとなった「KIM & CHANG法律事務所」は、法曹界のサムスン(三星)といわれる存在だ。もちろんドラマと現実は違うので、この事務所が違法行為を行っている、とまでは思わないほうがよいだろう。2013年現在、ここに所属する職員の数は、韓国人弁護士524名、外国の弁護士125名、その他、会計士、弁理士、顧問、事務職員を合わせると2000余名に上るという。政府機関出身者もずらりと名を連ねている。朴槿恵大統領発足時の女性家族部長官で、現在、大統領秘書室の政務首席を務めるチョ・ユンソン(趙允旋, 1966~)も弁護士時代にKIM & CHANGで働いていたことがある。彼女はソウル大学(外交学科)と米国のコロンビア大学ロースクールの出身である。
人は簡単に変わらない?
さて、ソクジュの父親も弁護士である。しかし、ソクジュとは正反対の正義派弁護士である。軍事政権時代に野党の国会議員だったこともあり、一貫して権力と闘ってきた人物だ。父親からすれば、息子が弁護士になったのはよいが、金儲けのために法律を悪用しているのが気に食わない。たまにソクジュに会うと「胸に手を当てて良心の声を聞け」と説教する。だがソクジュには、子どもの頃に父親のせいで味わった辛い経験があった。それが皮肉にも今のソクジュをつくったのである。それでソクジュと父親は打ち解けることができなかった。
そんなある日、ソクジュは後方から突進してきたオートバイを避けようとして頭部を打ち、記憶喪失になる。ソクジュはただ記憶を失っただけではなく、彼を形作ってきた価値観やものの考え方、人柄まで変ってしまう。このあたりの描き方が実に面白い。実際に事故で記憶喪失になったとなれば深刻な話だが、そこはドラマ。キム・ミョンミンの巧みな演技とあいまって、思わず大笑いさせられる。
ソクジュの記憶の多くは失われたままだが、弁護士としての有能さは変わらない。しかし、それまで自分が担当してきた事件の処理方法には疑問を持ち、違和感を覚えるようになる。以前ならばまったく関心をもたなかった被害者の声に耳を傾け、その要求を受け容れようとしたりする。そして、ソクジュはチャ法律事務所を辞めて被害者側の訴訟代理人になり、チャ法律事務所を相手に法廷闘争を繰り広げるまでになるのだ。父親への態度も一変し、二人の間のわだかまりも氷解する。ドラマを見ながら、記憶と良心との関係をいろいろと考えさせられた。
法曹界の女性たち
ところで、このドラマで注目したいのが女性検事イ・ソニの存在だ。イ・ソニはソクジュと司法研修院時代の同期。正義感が強く検事になった。金や出世よりも巨悪を暴き追及することに使命感を燃やす。記憶を失う前のソクジュとは対照的な性格である。イ・ソニを演じるキム・ソヒョンの演技もさっそうとしていて実に格好良い。ハイヒールを履き、やたらと体のラインを強調する服装をしているインターン弁護士のイ・ジユンよりもはるかにプロフェッショナルらしさにあふれている。
それはともかく、一昔前までは日本も韓国も法曹界といえば圧倒的に男たちが支配する世界だった。ところが、近年の韓国女性の法曹界進出には目を見張るものがある。韓国では1954年に初めての女性弁護士(李兌栄:写真)が誕生したが、軍事政権下では女性法曹は数えるほどしかいなかった。女性法曹が増え始めるのは民主化以降の90年代に入ってからである(詳しくは拙稿「韓国における女性法曹養成教育の歴史と現状」[韓国文化研究振興財団『青丘学術論集』第25号2005年]を参照してほしい)。
2000年代に入るとその勢いが増し、女性法曹はさらに激増する。2000年と2013年の女性割合を比べると次の通り。まず職種別総数では、判事が6.8%から27.4%、検事は1.8%から25.4%、弁護士は2.3%から19.4%に増えた。法曹界全体で見ると3.1%から21.2%への増加である(韓国統計庁)。いずれも日本より高い(下図参照)。また、韓国も数年前にロースクール(法学専門大学院)制を導入したが、その女性合格率は毎年40%を超す。ロースクール出身者が受ける新司法試験でも、女性合格者は過去3回とも40%を上回っている(41%、44.86%、43.94%)。2014年の旧司法試験合格者も女性が40.2%に達した。
2003年の盧武鉉政権発足時には、判事出身の女性弁護士康錦實(カン・グムシル1957~)が法務部長官に就任した。彼女の強い意志もあって2005年には宿願の戸主制廃止が実現。法曹界の“女風”はいよいよ強まった。ドラマ好きの人ならば、女性検事が主人公の「アヒョン洞の奥様」(2007~8)を見たことがあるかもしれない。この頃から新任の判事や検事たちも女性が半数を超えるようになる。その勢いは今日に至っている。ちなみに2013年の新任判事に占める女性の割合は77.8%、検事は65.3%だった。法曹界の女性の躍進はまさにドラマチックである。この調子でいけば、女性が検事総長になる日もそう遠い先のことではないかもしれない。
図:日本の司法分野における女性割合の推移(内閣府男女共同参画局ホームページより)
写真出典
http://www.imbc.com/broad/tv/drama/ggcs/
http://news.donga.com/View?gid=64626418&date=20140625
http://magazine.hankyung.com/apps/news?popup=0&nid=01&c1=1001&nkey=2011122100837000331&mode=sub_view
http://tenasia.hankyung.com/archives/252538
http://www.imbc.com/broad/tv/drama/ggcs/ggcsnews/
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