エッセイ

views

6135

<女たちの韓流・62>「相続者たち」~格差社会の縮図~   山下英愛

2015.03.05 Thu

 

 イメージ 1「相続者たち」(全20話,SBS,2013)は富裕層の子どもたちが通う高校を舞台に、財閥家の息子と貧しいヒロインが繰り広げるラブロマンス物語。ハイティーンドラマはあまり好みではないけれど、知人が「面白い」と強く勧めるので見ることにした。
 私はこのドラマのポスターからしていけ好かないが、今時の“韓流ドラマ”の典型であることは間違いない。聞くところによればこのドラマの人気は韓国、日本、中国、そして米国にまで及んでいるとか。それだけの人気の裏にはやはり時代的なトレンドが潜んでいるのだろう。

  主人公を演じるのはイ・ミンホ(1987~)とパク・シネ(1990~)。ミンホは「花より男子」(KBS,2009)でク・ジュンピョを演じてトップスターに躍り出た俳優である。シネは「美男ですね」(2009)で一躍人気者になった。その他にも、若者たちの間でスターとして注目を浴びる新進俳優や人気アイドルたちが何人も登場する。ロサンゼルスやサンディエゴで海外ロケを行い、制作費もかなりの額に上ったはず。それを補うためのPPL(間接広告)も御多分にもれず散見できる。脚本はファンタジーロマンスを得意とするキム・ウンスク(「シークレットガーデン」など)。このドラマでも味のあるセリフが生きている。

 最高視聴率は約28%。年末の演技大賞(SBS)では大賞こそ逃したものの(大賞は「君の声が聞こえる」SBS)、多くの賞を総なめした。さらに、百想芸術大賞(女性人気賞パク・シネ)やソウルドラマアウォーズ(韓流ドラマ部門優秀作品賞)、大田文化産業振興会が主催するAPAN STAR AWARDS(女性優秀賞パク・シネ)、放送通信委員会放送大賞(韓流部門優秀賞)を受賞した。そして中国ではTVドラマアウォーズ(最高人気アーティスト賞キム・ウビン、パク・シネ)と2013百度沸点(アジア最高俳優賞イ・ミンホ)を受賞するという人気ぶりである。

財閥家の複雑な親子関係

 イメージ 2主人公のキム・タン(イ・ミンホ)は韓国の大財閥である帝国グループの次男。だが母親は会長と同居しているだけの、いわゆる“妾”である。タンは法的には会長の現在の妻の子となっている。唯一の兄キム・ウォン(チェ・ジンヒョク)は先妻の息子。彼はまだ少年だった頃に母を亡くした。その後で父親が突然「お前の弟だ」といって連れてきたタンとその母親をいまだに家族として受け入れることができない。ウォンはタンを帝国グループの相続を脅かす敵とばかりに遠ざけた。だからタンをアメリカに留学させたのだ。しかし、タンはグループを相続することにはあまり関心がない。むしろウォンを慕い、弟として受け入れてもらいたいと思うナイーブな高校生なのだ。

 そのせいか、タンの留学生活は寂し気だ。見晴らしの良い海辺の豪邸も、一層孤独を感じさせる空間でしかない。留学先の高校では仕方なく授業を聞くだけ。仲間たちとサーフィンを楽しんだりもするが、心はちっとも満たされない。麻薬にこそ手を出さないだけで、何ひとつ積極的に行動することがない。タンにはすでに親が決めた婚約者(ユ・ラヘル)までいる。“妾”の子であるタンの地位を固めてやろうと、父親の会長が決めたのだ。ラヘルはタンに関心があるが、タンはいたって無頓着。彼は財閥家の次男として与えられた環境をただ受け入れて生きているだけなのだ。

  イメージ 3そんなある日、いつものように海辺のカフェで一休みしていたタンは、チャ・ウンサン(パク・シネ)が姉と言い争って途方に暮れている姿を目撃する。しかも、タンの友人が誤解してウンサンを巻き込んで騒動を起こしたため、二人は否応なく言葉を交わすことになる。そして、タンは行くあてのないウンサンをなぜか放っておくことができず、自分の家に泊まらせた。

境遇の違う二人

 チャ・ウンサンは貧しい母子家庭で育った。発話障害をもつ母親が苦労して生きる姿を見てきたせいか、人一倍思いやりがある。アルバイトをいくつも掛け持ちしながら高校に通い、一生懸命に勉強している。片やウンサンの姉は、貧しさから逃れようと無理をしてアメリカに留学させてもらった。しかし、勉学を続けることができず、のんだくれの男と同居して荒れた生活を送っていた。ウンサンはそんなこととも知らずに、姉の結婚式(実は姉の嘘)に参列しようとアメリカに来たのだった。

 イメージ 4ウンサンがタンの家で寝泊まりする間に、二人は次第に打ち解けてゆく。だが、タンとウンサンの境遇はかけ離れている。ウンサンはそのことをすぐに悟った。互いに淡い恋心が芽生えたけれどもウンサンの方は冷静である。タンとの楽しかった思い出を夏の夢として心にしまい、母親が待つ韓国に戻っていった。

 一方、タンはウンサンと出会って、前向きに生きる意味をみつけ成長した。そして、ウンサンに会うため留学生活を終える決心をする。帰国する前に学校の先生に提出したエッセイがその時のタンの心境の変化を表している。それがこのドラマの副題(日本語版では明確ではない)でもあるが、詳しくはドラマを見て確認してほしい。ドラマの本番はここからだ。まったく境遇の違う二人が韓国で再会し、涙と笑いと感動の物語が展開してゆく。

韓国版スクールカースト

 タンとウンサンは、韓国でじきに再会する。ウンサンの母親がタンの家の住み込み家政婦だったのだ。帝国グループの会長であるタンの父親は、息子が使用人の娘に熱を上げていることを知り、その娘(ウンサン)を学費免除の社会的配慮者用の枠で帝国高校に転校させた。みかけは恩恵だが、ここで徹底的に身分の違いを思い知らせて二人を引き離そうという魂胆だった。この学校は帝国グループが経営する“貴族学校”である。タンをはじめ、その婚約者ユ・ラヘル(キム・ジウォン)、タンのライバルでウンサンに思いを寄せるチェ・ヨンド(キム・ウビン)など主に富裕層の子女が通っている。

イメージ 5 この高校の生徒たちは、暗に4つの集団に分類されていた。第一が経営相続集団で、タンやヨンド、ラヘルのような財閥家の子どもたち。第二は株式相続集団。財閥ではないが親が大株主で、子どもたちもすでに相当の株を持っている。第三は名誉相続集団。国会議員、検事総長、最高裁判事、各省の大臣など、社会各界の要職者を排出している家門の子どもたちである。そして最後が社会的配慮者集団。つまりウンサンのように貧しい家庭を対象とする選考枠で入学してきた一握りの子どもたちである。

  この4つの集団がピラミッド式に上下に並び、独特のスクールカーストが形成されている。とりわけ最底辺の第四集団の子どもたちはイジメの対象だった。子どもたちはみな自分がどの集団に属するかを知っており、友人や新入生たちの集団にも敏感だ。転校生のウンサンも初日に「どの選考で入ってきたの?」と質問される。それはどの集団に属するのかを暗にたずねることなのだ。字幕では「誰のコネ?」と訳されている。ちなみに、第四集団の説明も字幕では「コネで入学した学生をさす」となっていた。粋な訳だが、少々イメージが違うかもしれない。その意味については『女たちの韓流』(115頁)で触れたので参考にしてほしい。

 本筋からはそれるが、韓国の大財閥である現代や三星も高校を持っている。帝国高校のように極端ではないが、“貴族学校”とも呼ばれているらしい。しかし、韓国の高校の評価は何と言ってもソウル大合格者の数で決まる。その点は東大合格者の数を競う日本と同じ。ただ大きく違うのは、韓国の進学校はもはや国内の大学だけではなく、海外(主に米国)の大学進学にも熱心なことだ。最近の日本でも同じような傾向が出始めているが、韓国では90年代末から始まっている。

 例えば、ソウル大学進学率トップを誇る韓国外国語大学付属高校(龍仁外高)では、昨年、ソウル大学合格者(96人)よりも海外大学進学者の方が多かった(113人)(http://www.veritas-a.com/news/articleView.html?idxno=21852)。ほかの進学校5校を合わせると海外進学組は300人以上にのぼる。ちなみに現在のソウル大学の入学試験も8割は米国と同じAO入試方式なのだそうである。植民地時代から日本の教育制度の影響下にあった韓国だが、かなりの勢いで変化しつつあるようだ。

幸せの条件

 イメージ 6さてドラマの話に戻ろう。帝国高校に通い始めたウンサンはタンだけでなく、タンのライバルで、いじめっ子のヨンドからもつきまとわれる。タンもヨンドも強引で、見ていると頭に来る。それに第四集団以外の相続者たちは男女ともに実になまいきで、はじめのうちは特に性格の悪さが目立つ。このドラマを見ている最中に、ちょうと大韓航空機ナッツ・リターン事件が起きてニュースになった。あの副社長(写真)の横暴ぶりもドラマのいじめっ子たちのイメージと重なった。

  ドラマでは、こんな富の相続者たちにも親や家族のことで悩みがあり、それぞれの心の傷が描かれている。つまり、幸せは決して条件の問題ではなく態度の問題なのだ、ということが言いたいらしい。でも、韓国の視聴者の感想の中には、「全体的にあまりにもひどい現実を描いているので心が重くなる」というものがあった。また、女性主人公ウンサンの主体性のなさを指摘して、「このドラマは女たちの精神的健康を害する不良食品のようなもの」と、こっぴどく批判する評もあった。

 先日読んだコラムによると、米国、日本、台湾などの長者たちには創業者が多いが、韓国の長者は相続者の比重が圧倒的に高いそうである(毎経フォーラム「新世襲時代」2015.2.16)。また、世界的に注目されているトマ・ピケティの『21世紀の資本』が昨年、韓国と日本で相次いで翻訳され話題になった。このドラマが描いているのは、ピケティが指摘する「相続財産に依存する世襲社会」そのものだ。つまるところ「相続者たち」は、題名も内容もグローバル化する現代の格差社会を反映していると言えそうだ。

写真出典

http://www.newstomato.com/readNews.aspx?no=426966

http://sbsfune.sbs.co.kr/news/news_content.jsp?article_id=E10004805218

http://zazak.tistory.com/2395

http://pshsupporters.tistory.com/archive/201310?page=5

http://comerit.tistory.com/204

http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2015/02/02/0200000000AKR20150202172800004.HTML

カテゴリー:女たちの韓流

タグ:ドラマ / 韓流 / 山下英愛