アートの窓

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【インタビュー】アジア女性アーティスト展の企画者・小勝禮子さんに聞く(北原恵)

2012.11.15 Thu

「「女性」がつなぐ、アジア・美術・周縁の人々
――「アジアをつなぐ――境界を生きる女たち」展企画者、小勝禮子さんに聞く」
(インパクション187号 「連載・アートアクティヴィズム67」より一部引用。聞き手は北原恵。)


 

9月1日から福岡アジア美術館で、アジアの女性アーティスト展「アジアをつなぐ —— 境界を生きる女たち 1984—2012」が始まった。総数50名、111件204点の作品から構成される同展は、来年6月まで全国4つの美術館を巡回する予定である。私もさっそくアジ美のオープニングに駆けつけたが、アジアの女性アーティストたちの作品の多様性と深さに感動すると同時に、いかに自分が「アジア」の歴史を知らないかをあらためて痛感させられて帰ってきた。この数年間、日本や他のアジア各地の調査には私も同行したこともあったので、同展開催は格別の嬉しさがある。今回はこの展覧会のそもそもの企画者であるキュレーターの小勝禮子さん(栃木県立美術館学芸課長)にお話をうかがえることになり、展覧会開催の経緯や見どころについて詳しく教えていただいたので紹介したい。

 

(1)女性作家をピックアップして見えてきたこと

――「女性」でくくることで今回新たに見えてきたことというのは、どういうものがあるのでしょうか?

小勝◎そうですね、日本で唯一のアジア美術の専門館である福岡アジア美術館は、その前の福岡市美術館から含めると80年代からアジア美術を紹介・収集してきたわけですが、その中でどうしても、コレクションは男性中心にならざるをえなかった。それは相手国の問題でもあり、日本側、こちらからの選ぶ視点の問題もあるだろうと思いますけれども、その少ない中でも女性のアーティストだけをこうやってピックアップしてみると、やはり皆さん驚かれるのは、女性の表現がいかに豊かで、開かれているか、その表現の多様性だろうと思います。

 

(図1)イースギョン《翻訳された壺》2009年 Photo courtesy of Ota Fine Arts

たとえば、イースギョンさんは、伝統的な朝鮮白磁あるいは青磁を素材に使っていらっしゃいますけれども、いったん傷物として、失敗作として破棄されてしまった壷の破片をつなぎあわせて、それらが異様に増殖したような壺の集合体をつくりあげ、それを翻訳された壺、「Translated Vase」というタイトルで発表しています(図1)。この作品は私に、非常に女性の身体そのものを感じさせました。まずはやはりその肌つや。白磁の肌の光り輝く美しさ。それは作家も非常に意識していて、展示の際、照明を強くしてほしい、強烈な光を当ててほしいという指定がありましたね。それから、破片の形に応じて壺がぼこぼこと次々とつながっていくような、非常にグロテスクな形態。増殖するイメージ。これは女性が次世代をつないでいく、女性の身体に課された役割としての生殖。そういったものを非常にグロテスクな形で表していったものだと感じます。ただ、私はそれをグロテスクと感じますが、美しいと感じる方もいると思うんですね。なにか、子孫を繁栄させていくということに対する母性崇拝のような、そういう感情も起こるでしょうし、逆にグロテスクと感じることによって女性嫌悪的な、ミソジニー的なものを喚起する作品かも知れない。そういう二重性が面白いなと思ったんです。

 

――他にも、展覧会は、ビデオ、写真、インスタレーションなど、いろんな形の作品が一堂に会している印象でした。



(図2)井上廣子《Mori:森》2012年 福岡アジア美術館での展示風景 同美術館提供(撮影:泉山 朗土)

小勝◎現代の作家は、写真や映像を使った作品やインスタレーション作品がすごく多いんですが、その中でも日本の井上廣子さん、この方は隔離された施設、精神科病棟や少年刑務所、あるいはナチ時代の収容所の窓を撮影しています。境界としての窓、つまり内側と外側、正常な側と異常な側、閉じ込められた人と自由な人、その境界としての窓を写真に撮り、インスタレーションをしてきた方ですが、昨年、特に3.11後に、森を撮り始めたそうで、彼女がなぜ森を撮るかというと、実は栃木県立美術館で二年前に開催した「イノセンス」というちょっと皮肉なタイトルの展覧会 、精神や知的障害を抱えた方の作品と現代アーティストの作品をコラボレーションした展覧会をしたんですけれども、そのとき井上さんの作品は、《Inside-Out》という、目を閉じた世界中の高校生の写真を7メートルの円形の枠に吊るしたインスタレーションでした。その井上さんの作品の対面にたまたま展示したのが、栃木県足利市の障害者施設で制作されていた宮田英雄さんの、森をテーマにした作品だったんですね。それは人間が自然を壊していく、それへの怒り、森を護らなければならないという感情を突き詰めたもので、《森の城》というタイトルの作品です。宮田さんはもう亡くなられてしまったんですが、彼の最後の作品は、同じ形の森の城を重ねて描いているうちに、画面が真っ黒になってしまった、何が描いてあるか分からないくらい一生懸命に描いた凄い作品でした。井上さんはそれを見て非常に衝撃を受け、人間と自然、環境との関係を次のテーマに選ばれた。   その時に、まさに自然の側からの大災厄といいますか、あの東日本大震災、津波、そして原発事故が起こったわけですね。それを受けて井上さんは、ドイツの歴史的な記憶のある、いまは忘れられた森、死んだ森、そういう森の写真と、被災地、岩手から福島まで海岸を南下しながら撮影した、その中でも陸前高田の一本だけ残った松を撮影し、今回はその松の写真を、ドイツの森と一緒にインスタレーションされています(図2)。

 

(2)生活の中から表現するエネルギー

 

—— 多様な表現がある中でどれかを選ぶのは難しいと思うのですが、注目してほしい作品を、いくつかご紹介いただけるでしょうか。

小勝◎私はやはり、一人はジョン・ジョンヨプさん、それからユン・ソクナムさんですね。

(図3)ジョン・ジョンヨプ《種》2003年 ユン・ソクナム氏蔵 写真提供:福岡アジア美術館

ユン・ソクナムさんは韓国のフェミニズム美術の先駆者で、1979年に40歳で活動を始められた方なんですけれども、そのユン・ソクナムさんとともに、ジョン・ジョンヨプさんは当時20代で一緒に女性美術運動をやってらした方なんですね。女性美術研究会を結成して、当時韓国では80年代の民衆美術運動が盛んな時期で、それは軍事独裁政権に対して民衆の自由や民主化を訴える政治的な活動だったわけですけれども、そのグループとともに、その影響というよりはその中で独立して女性たちだけで、女性の生活や女性の表現を推進しようというアーティストのグループをつくった。ジョン・ジョンヨプさんは、当時は民衆美術の技法である木版画をつくっていらした。その誰が見てもすぐ分かる写実的に労働者の姿を描くというタイプの作品から、90年代にどんどん変化していきまして、市場で売られる食物、野菜や豆、その中でも特に小豆に焦点を当てて、小豆を一粒一粒、画面に描いていく根気の要る作品を描くようになりました(図3)。その作品を今回、日本で初めてご紹介できたのがうれしかったです。小豆は命の象徴であり、世の中にたくさんの生命が生きている、生活しているということを一粒一粒の小豆に込めているのだそうです。私は、女性の活動、女性の力、女性の表現しようというエネルギーをこの作品から感じています。

 

それからユン・ソクナムさんですが、彼女が40歳で画家として出発したのは、なぜそんなに遅れたかというと、家族がいたからなんですね。ユンさんは父親を早くに亡くし、長女として母親を支える立場だった。そしてユンさん自身も結婚されて嫁として生きる中で、自分の部屋がない、キッチンだけが自分の居場所になってしまう、姑と夫の暮らしを優先せざるをえなかった中で、このまま何もしないでいたら私は気が狂ってしまう、と。それで私は絵を描く、もしそれが許されないのなら離婚しますというようなことを正面から夫に突きつけ、幸いそれが受け入れられて、表現活動を始めたわけです。

(図4)ユン・ソクナム《Lotus(蓮)》2002年 栃木県立美術館 撮影:Choi Si Young

ユン・ソクナムさんといえば廃木、捨てられた木切れに目鼻を描き、それを女性の身体に見立てたのが始まりで、その作品を最初に発表したのが93年の「母の目」と題した二回めの個展だそうです。廃木というのは、傷ついた女性の精神や身体を表すのに格好の素材だったと思いますね。節があったり途中で切られていたり、ヒビが入っていたり。本当に、それは傷ついた女性の身体、心をそのまま表すものになっていった(図4)。

今回の展覧会では《Pink Room》と題したシリーズの新作を展示していただくことになりました(図)。これは1996年、東京国立近代美術館での日韓交流展で最初に発表された作品で、家庭に閉じ込められ、どこにも出て行けない女性、それは具体的に外に出るということだけではなく精神的な閉塞感をも表していると思いますが、それを造形的に表現した作品だったわけです。《Pink Room》シリーズは、ここ2年くらい、再びさまざまな色の部屋のシリーズとして、彼女の表現の中心になってきています。
今回の展示で96年の頃と一番違うのは、壁をピンク色の切り紙で覆っているところです。これが、正面の壁には女性の顔や身体、右側の壁が花や植物などの自然、左側の壁がジオメトリック、幾何学的な、つまり理性とか合理的なもの、そうした三つの世界が切り紙で象徴的に表現されています。壁中を覆いつくすこの切り紙がものすごい量なんですね。床はピンク色のビーズと三角形のとがった棘のような形の、これもピンク色に塗ってあるものが敷き詰められていまして、真ん中に椅子が置いてある。椅子は足がとがった鉤爪のような形状で、非常に不安定で、やはり突き刺すような表現なんですけれども、背中と座る部分はピンク色の繻子のような布で覆われている。その背中や座部から棘がいっぱい突き出ている。

 

——椅子から何か突き出ているというのは草間彌生のオブジェを思い出します。ユンさんの尖ったものは何なんですか?

小勝◎展示の際にユンさんにうかがったところ、それは女性の不安とか怒りとか欲望だと言われました。草間さんの場合は彼女の強迫神経症の対象としてのファロス、男性性器だったわけですが、ユンさんの場合は女性自身の身体から吹き出していくさまざまな負の感情、ここを出て行きたいと思う、自分の焦燥や閉塞感を打ち破りたいという気持ちじゃないだろうかと思います。今回は木でつくられた女性像はないんですかと聞いたら、女性像はこの椅子、椅子そのものが女性の身体なんだとおっしゃいました。椅子は繻子のような豪華な素材の布で覆われているんですけれども、それはまるで西洋のものと東洋のものが中途半端にハイブリッドになったような、そういう不格好なものとして造られています。

 

(図5)ユン・ソクナム《Pink Room5》1995-2012年 福岡アジア美術館での展示風景 福岡アジア美術館提供(撮影:泉山 朗土)

—— 椅子はあるけれども、非常に不安定で居心地もわるい、それは、女は家にいるという神話も疑っているように思います。今回こうしてアジアの作品を一堂に会して見るとやっぱり全然知らなかったアーティスト、いままで見ていたけれどもこういう形でもう一回見せられることで再文脈化できたし、圧倒されました。展覧会を見る人もびっくりされるんじゃないでしょうか。とはいえ理解するのが難しい部分もあると思うんです。分かりやすいフェミニズムで解釈できない部分、それは他のアジアの国の歴史、とくに東アジア以外の歴史をほとんど私たちが知らないということだと思います。今回のテーマは「女」「アジア」が骨子になっているわけですけれども、「アジア」というのはどういう意味で使われているのでしょうか。

小勝◎理論的な背景をもってアジア地域を確定したわけではないのですが、基本的に福岡アジア美術館が収集の対象としている、パキスタン以東の各国・地域をアジアとしています 。なので、イランをはじめ、西アジアの中東地域や、中央アジア、北アジア(ロシア)は入らないということになります。それからオーストラリアも入っていません。しかしオーストラリアは、以前からシドニー・ビエンナーレやアジア・パシフィック・トリエンナーレで、アジア、太平洋地域を包含する広大な地域をひとつの文化圏として提示していますので、今後はオーストラリアを視野に入れた方がよいだろうと個人的には思います。今回の展覧会の前に、金沢21世紀美術館で「Inner Voices─内なる声」展という、やはりアジアの女性アーティストを取り上げた展覧会が、オーストラリアを含めるかたちで開催されました 。その初日に出品アーティストによるレクチャーがありまして、マレーシアやフィリピンの作家たちには、オーストラリアで教育を受けた方が何人かいらした。そういう意味でオーストラリアとの文化・教育面でのつながりがかなり緊密だということが分かりました。次の課題ですね。(略)

 

■「アジアをつなぐ―境界を生きる女たち 1984-2012」展は、以下の予定で各地を巡回。

展覧会開催に伴って、各館でアーティスト・トークやシンポジウム、ワークショップなどが開催されますので、それぞれの美術館のホームページを参照してください。

福岡アジア美術館(2012年9月1日~10月21日)

http://faam.city.fukuoka.lg.jp/

沖縄県立博物館・美術館(2012年11月27日~2013年1月6日)

http://www.museums.pref.okinawa.jp/

栃木県立美術館(2013年1月26日~3月24日)

http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/

三重県立美術館(2013年4月13日~6月23日)

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/

 

あとがき
 今回、A-WANでは部分的にか紹介できませんでしたが、雑誌連載では、小勝禮子さんが展覧会を開こうと思ったきっかけや、展覧会を実施するまでの苦労、展覧会タイトルの意味など、ほかにも面白い話をたくさんうかがっています。ぜひ、『インパクション』(187号)をご一読ください。インタビューの一部掲載を快諾してくださったインパクト出版会編集部にも感謝いたします。

カテゴリー:アートトピックス