ケースA
夫から繰り返し暴力を受けてきました。私は子ども(5歳)を連れて家を出ました。居場所が明らかになれば、夫が押しかけてきて暴力をふるうのではと怖くてたまりません。

そこで、今いる場所を隠しています。夫は面会交流の調停を申し立て、DV加害者更生プログラムを受講してきたから、子どもと面会することに何も支障がないと主張します。しかし、夫の陳述書などには私にも暴力の原因、責任があるかのような書きぶりもみられます。

私は未だ暴力の痛手から立ち直れず、PTSDの治療を受けており、仕事につくこともできず、生活保護を受給しています。夫から私への暴力を目撃してきた子どもにも深刻な影響がみられ、子どもも治療を受けています。今ただちに面会交流に応じることは無理なのですが、どうしたらいいでしょうか。
ケースB
前夫の浮気が許せず、子ども(3歳)を連れて別居した後、私が親権者となること、月1回の面会交流などを決めて協議離婚しました。なお、同居中特に暴力をふるわれたことはありません。離婚後、2回面会交流を実施しましたが、帰宅後子どもが情緒不安定になったため、取りやめることにしました。

前夫は夜中に私と子どものアパートに押しかけてきて激しく私を呼びドアを叩くなどし、その翌日には駐車場で私を待ち伏せ大声で詰ったりしました。前夫が面会交流の審判を申し立ててきました。


 ◎面会交流を禁止制限すべき特段の事由

現在の家庭裁判所実務では、子の福祉に反するなど特段の事情がない限り、子と同居していない親(非監護親)との面会交流を認める方向にあります。しかし、それは、同居していない親との面会交流が円滑に実施されることにより、子どもはどちらの親からも愛されている安心感を得ることができる、子の福祉にかなうからです。子の福祉を害する等面会交流を制限すべき特段の事由があれば、なお制限・禁止されることもありえます(このような考え方を示したものとして、東京高決平成25年7月3日判タ1393号233頁等)。

子と同居している親(監護親)が面会交流を拒絶する理由として、子の連れ去りの懸念、虐待、DV、子の拒絶等があるといわれます。なお、その事情をひとつ立証すれば、制限・禁止すべき特段の事由がある、立証できなければ、その事由なし、とビシッと決められるものでもなく、事案ごとの様々な事情を総合的に評価して判断されています。

◎DVがあった場合

DVをふるわれた監護親が現時点ではとても面会交流に応じられない場合、どう判断されるのでしょうか。
DV防止法が成立した2001年以降、DVが子どもに深刻な影響を与えることが認識されるようになりました。児童虐待防止法(2条4号)上、「児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力」も虐待として定義されているのも、そのためです。

DV防止法成立以後、DVが主張された案件で面会交流の申立てが却下された事例が多数公表されました(東京家審平成13年6月5日家月54巻1号79頁、横浜家審平成14年1月16日家月54巻8号48頁・東京家審平成14年5月21日家月54巻11号77頁・東京家審平成14年10月31日家審55巻5号165頁等)。


ケースAのモデルにした東京家審平成14年5月21日は、夫の暴力のため、妻が前夫との間の子Aと夫との間の子Bを連れて避難し居所を秘した事案です。離婚訴訟の和解が成立し、離婚、夫とAの離縁、Bの親権者は妻、当分の間夫は面会を求めないこと、調停を取り下げることを合意しました。その和解前後から、夫はDVについて心理的治療を受たり、DV加害者を対象とする講演会にも参加したりしましたが、DVの原因は妻にもあった、妻もカウンセリングなど受けて自分を客観的に振り返るべきであるとし、和解時の「当分の間」は3か月程度の意味だったなどと主張しました。

妻は、生活保護を受給中で、夫の暴力による影響を受けたAとともにカウンセリングを受けていました。この事案で、裁判所は、以下のように判断して面会交流の申立てを却下しました。「現在でも申立人に加害者としての自覚は乏しく,相手方を対等な存在として認め,その立場や痛みを思いやる視点に欠け,また,Bについて,情緒的なイメージを働かせた反応を示すこともない。他方,相手方は,PTSDと診断され,安定剤等の投与を受けてきたほか,心理的にも手当が必要な状況にあり,さらに,母子3人の生活を立て直し,自立するために努力しているところであって,申立人とBの面接交渉の円滑な実現に向けて,申立人と対等の立場で協力し合うことはできない状況にある。現時点で申立人と事件本人の面接交渉を実現させ,あるいは間接的にも申立人との接触の機会を強いることは,相手方に大きな心理的負担を与えることになり,その結果,母子3人の生活の安定を害し,事件本人の福祉を著しく害する虞が大きいと言わざるをえない。」DVの影響のみならず加害者の更生についても慎重に評価したものといえるでしょう。

裁判官の最近の文献でも、DVが「子に対しても精神的なダメージを与え、現在も子がそのダメージから回復できていないような場合には、面会交流によって、子の心身に重大な悪影響を与えるおそれがあるため、面会交流を禁止・制限すべき事由となると解される。また、監護親が、非監護親によるDVによって、PTSDを発症し、面会交流を行うと症状が悪化して子に対して悪影響を及ぼすことが認められるときも、面会交流を禁止・制限すべき事由に当たる場合もあると解される」と指摘されており(水野有子・中野晴行「第6回面会交流の調停・審判事件の審理」東京家事事件研究会編『家事事件・人事訴訟事件の実務~家事事件手続法の趣旨を踏まえて~』法曹会、2015年、194頁)、ケースAの事例は暴力の程度や子の心身の状況等の事情を明らかにすることで、前掲の東京家審のように禁止すべきと判断される可能性があります。

しかし、最近の家裁実務では、DVがあったからといって一律に禁止・制限すべき事由に当たるとは言えない、子が望んでいる場合もある、などとして、第三者機関が関与することによって面会交流を実現する可能性が検討されるべきとも考えられています(水野・中野前掲論文、194頁ないし195頁)。このような実務の転換は、DV被害者のみならず子どもにとっても苛酷だという批判も相次いでいますが、個別の事案としては、第三者機関を利用したとしてもなお応じられないのであれば、DVの程度や監護親及び子の病気等の状況を丁寧に主張していく必要があるでしょう。



 ◎DVがなくても攻撃的言動がある場合

ケースBは、岐阜家大垣支審平成8年3月18日家月48巻9号57頁をモデルとしました。妻は夫の浮気を機に子どもを連れて別居した後、月1回の面会交流等を合意して協議離婚しました。離婚後2回面会交流を実施しましたが、1回目は帰宅後子どもがわがままになったり、泣きやすくなるという傾向がみられ、2回目は「早く帰りたい。ママに電話して」と言って夫を困らせることがありました。そのため妻は面会交流を続けては子に悪影響があるとして以後拒絶しました。

夫は、夜中に母子のアパートを訪ね激しく妻を呼びドアを叩くなどし、その翌日は駐車場で待ち伏せして路上で妻を大声で詰ったりしました。審判は、「上記認定の事実からすると,子は未だ3歳と幼年であり,これまでも母親である相手方から一時も離れることなく成育されてきたものであって,相手方の手から離れ,異なった環境の中で,申立人と時間を過ごすということは子に少なからぬ不安感を与えるものであると思える。現に,子が申立人と面接した後には情緒不安定な兆候がみられることを考えると,現段階での,申立人との面接交渉を認めることには躊躇せざるを得ない。」として夫の申立てを却下しました。しかし、妻が夫に子のビデオや写真を送ることを勧めています。

このように、同居期間中に暴力がなかった、あるいは認定が困難である場合でも、その後の攻撃的な言動が認められる場合には、面会交流が禁止・制限されることがあります。

しかし、岐阜家大垣支審のようにいったん約束したのに単に拒否してしまうだけだと、監護親の攻撃的な言動を誘発してしまう可能性があり、子にとっても決して良くないことでしょう。

面会交流の方法を変更したいというときでも、調停が利用できますから、早々に調停を申し立てて、ルールの見直しを話し合う姿勢で臨むほうが、子どもの環境を不安定にしないですむように思います。