ラブストーリーズ コナーの涙/エリナーの愛情(3枚組) [DVD]

マクザム

夫婦であるエリナー(ジェシカ・チャステイン)とコナー(ジェームズ・マカヴォイ)の、それぞれの視点から同じ時間の流れを描き、2本で一つの物語を編み上げた興味深い作品。ストーリーはどちらも、二人の間に生まれた子どもの死によって自分自身(と、夫との関係性)を見失ってしまったエリナーが、自殺未遂の末、突然家を出て夫と離れて暮らす選択をするところから描かれていく。映画の原題は、『The Disappearance of Eleanor Rigby:Her』『The Disappearance of Eleanor Rigby:Him』。このタイトルが示すとおり、愛する子どもの死をきっかけに文字どおり〈消失した〉エリナーをめぐる、二人のそれぞれの喪失と回復の物語だ。

案の定、というべきか、この映画については、二人の視点の違いを男/女に帰結させるような批評やコメントが多い。公式サイトですら「男と女それぞれの視点から2作品で映し出す」とか「2作品に分かれているからこそ表現できた、男と女が見ている世界の違い」などと書かれていて、男女がもともと、全く異なる世界観を持っているかのようだ。しかし「男/女だから」このような違いが生まれるのではなく、「男/女に割り振られた役割を、無自覚に引き受けて夫婦の関係を作ってきた二人だから」と理解すべきだろう(その点で、この二人はまさに社会が要請する「正しい」はずの愛をなぞって生きていたとも言える)。誰かを失ったときの哀しみや孤独の在りようや、その喪失と折り合いをつけて人生の時間を再び前に進めるために必要な時間やプロセスは、男/女だから違うわけではなく、一人ひとりの心の在りようや体験の異なりといった、多様な要素から導かれるものであるはずだ。

エリナーが子どもの死によって自分自身を完全に見失ってしまったのも、繰り返しになるが彼女が「女だから」ではない。彼女が出産によって、母としての役割を全てに優先させて過ごしてきたからだ。映画の中では、エリナーが妊娠をしたことで大学での学びを諦めていたことや、核家族の中で子育てに専念してきたことが分かる。子どもの死の後に訪れた、それまで自分自身とイコールで結ばれていたはずの子どものいない日常の空虚な時間を、一人ぼっちで抱えていたことも。もし、彼女の精神的に不安定な言動や、コナーからみたら突拍子のない拒絶といった彼女自身の混乱が「女だから」の一言で片付けられてしまったら、彼女が常にすでに、子どもの死を経験するよりずっと前から、自分を少しずつ喪失してきた痛みは「正しさ」の中で見事に見過ごされていく。いったいいつまで、社会はこれほどの喪失を、「女だから」という言葉の中へ閉じ込めたまま、女性だけに背負わせようとするのだろう。

やがて、彼女はゆっくりと時間をかけて、自分を包み、悲しみを理由に他者をぞんざいに扱うことを優しく受けとめてくれる場所で、自分を回復させていく。一方コナーも(ラストは都合のよい、まさにコナーが男性だからこその展開ではあるのだけれど)、エリナーの突然の喪失に打ちのめされながらも、やがて、自分の仕事を安定させることと並行して、自分を取り戻していく。あぁ、男の人はこうして、女性と同じように社会から泣くことを制限されているのかと気づかされる場面が、二人の和解と別れを描いているのもいいなぁと思う。映画は時おり、二人の思い出を映像にして映し出していくのだが、そのときの記憶の違いを、服装やセリフなどで随所にちりばめているのも面白い。同じ時間を体験していても、「あの時こうだったよね/こう言ったよね」という記憶が微妙にずれているのはよくあることだけれど、自分の普段の記憶にもきっと、こういう自分勝手な傲慢さがあるのだろうと思わされる。

最後に、映画のタイトルを見て、あっと思った人も居るかもしれない。エリナーは、The Beatles の名曲 ”Eleanor Rigby” と同名だ。監督は同曲にインスパイアされて、この映画を作ったという。歌詞の一部は、映画の台詞にもなって、この作品の登場人物たちに、そしてこの映画を見るわたしたちにも寄り添っている。― All the lonely people, where do they all come from ? 公式ウェブサイトはこちら。(中村奈津子)

追記:この映画を見てから、しばらく「愛について」考えながら、わたしは、自分自身の喪失を反芻していました。そのとき思い出したのが、竹村和子さんの名著『愛について』。ある章で「「正しい」愛の経験に内在する不安や孤独をより強く感じさせられているのが女であるならば―」と、合法化された愛における不安と孤独の、男女の偏りを指摘されていて、わたしのモヤモヤが晴れたときのことが思い出されました。なので今回のサブタイトルは、竹村さんの著書の一文をお借りしました。彼女の著書は、まさに「男女の愛(というもの)」を考えるのにうってつけのテキストだと思います。