
『思想をかたちにする 上野千鶴子対談集』
上野千鶴子著
青土社 2015年4月 発行
『わたしも物書きなので、言葉の力を信じていなければこんな虚しいことはやってられません。わたしは、理論の力、概念の力がフェミニズムの中ではっきりした効果をもったという実績を感じています。名づけられなかったことを名づけたことによって、現実が変わりました。たとえば「不払い労働」、「セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)」、「ドメスティック・バイオレンス(DV)」などは、とりわけ大きな効果をもちました。
名づけによって、現実の認識が変わったからです。そして、認識が変わったことによって、実際に現実の方も変わっていく。そこには概念のあなどりがたい力があります。もちろんその一方で、新しく起こっている現実に対し、従来の概念では適切に名づけることができなかったがために、非常にムダなことをしたという例もたくさんあります。いつの時代にも思想はなじられます。
現実に対して、無力だと。たしかに、現実の変化の方が常に先行していて、理論はやっとの思いであとから追いつくのがせいいっぱいです。でも、不払い労働だって、DVだって、セクシュアル・ハラスメントだって、現実にはずっとあったものを名づけることによって遡及的に過去を再解釈できるツールになった。そして、過去を再解釈することで未来を変える力をもったわけです。たとえ現実に追いつくのがせいいっぱいだとしても、それこそが思想の役目だと思います。』(本文p.173)
女が、人間が、現実のなかで経験を続けていく限り、目を背けることなく、その時代が必要とする思想をことばとして語り、だれにも見えるかたちにする。思想が追いつかない現実を目の当たりにしながら、思想が変えていく現実のなかにいる。
想像力よりも現実の方が豊かだと思うかどうか、これがわたしの職業的なアイデンティティの核にあるという上野さんが、さまざまな年齢、世代、分野、専門の方々と対話し、ここにまたわたしたちに届くことばが生まれた。
『だからこそフェミニズムは「女の経験の理論化と言語化」を、ずっと言い続けてきたのです。』(本文p.173)今がある限り、未来がある。進入禁止にしていたことばが、もしかしたらあなたの未来を変える力をもっているかもしれない。未来永劫変わらない退屈な現実ではなくて、摩擦を厭わないおもしろい未来を引き寄せられるかもしれない。
■ 堀 紀美子 ■
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