2016年、図書館の主役は『暮しの手帖』だった。            

NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』ヒットの勢いに乗り、雑誌コーナーでもにわかにスポットライトがあたり、
閉架書庫で眠っていたバックナンバーたちは一躍「展示コーナー」というスターダムに躍り出た。

「でも私はずっと前からファンだったもん」、「うちの図書館には創刊号からあるし」。

司書は、やきもちもやく。   

ドラマの中でもひときわ脚光を浴びたのは、実名をあげて商品を評価する「商品テスト」だろう。
実証主義に裏打ちされた結果はもちろん、その独自のテスト手法も注目を集めたという。

初期に取り上げられた「電気アイロン」の回はふるっている(1世紀29号, 暮しの手帖 1世紀29号)。
実に17ページにもわたる記事は、規格試験の基準をこまかく点検することから始まり、
「使っているうちに柄がどれだけ熱くなるか」など、実際の使用に照らしたテストが展開される。
長大な検証の締めくくりには、メーカーへの提言とともに、消費者への「上手な買い方」の助言にも余念がない。

そのアイロンが、およそ30年後の記事にひっそりと登場する。
その名も「あたらしい時代をつくる女たち」。

当時「暮しの手帖社」のご近所にあったIBM社の高層ビルで、どんな人が働いているんだろうという素朴な疑問が生んだというこの記事。
働く女性の活躍ぶりを伝えるよりも、ちょっと寝ぐせがついていそうな「生活」の部分を透かして見せる。

―「学校の先生に、こどもにアイロンをピチッとかけたハンカチーフを持たせないで母親といえますか、とやられて、こどものハンカチーフだけはアイロンかけました。意地ですよ」
 (3世紀17号, 1988.12)

この記事の発行当時には7歳だった私。
「えいせいけんさ(*)をします」と告げられ、探ったポケットにハンカチがなかった時のヒヤリとした感触を今も覚えている。
くしゃくしゃのハンカチを必死で伸ばしてその場をしのいだ経験も、そういえばと思い出した。

そんなふうに、自分の生活に引き寄せられるところが『暮しの手帖』たる所以であると思う。
疲れてしまいそうな完璧な働く女性像を提示するわけではなく、綱渡りのような毎日の本音をすくい上げる。
それでいて、ところどころで「病気したこどもを大切にしてやれる方策が、もっとあれこれ講じられていいはずだ」などと釘をさすのは忘れない。
30年を経て再登場したアイロンの、エレガントな軌跡である。


さて、2017年が始まった。最新号の巻頭特集は「フレーベルの星かざり」。
この記事に寄せての編集後記はこんなふう。

―どなたの言葉だったか、「やさしさとは?」と聞かれて、人に星を教えること、といった答えがありました。
 「あれはね」と指さしても、自分の目と隣の人の目から見える星の角度はなかなか一致しないもの。
 相手の立場に立ち、何とかわかるようにがんばる気持ちがやさしさなのだと。

前述の「女たち」の時代から、気づけばまたすぐに30年。社会は、私は、やさしくなれているだろうか?

雑誌を書架に戻し、閲覧席にひとり座ってぐるりと見渡し、考えてみる。

*えいせいけんさ(衛生検査):児童一人ひとりに対して、教師が爪の長さ、ハンカチ・鼻紙の有無を点検するもの。身だしなみ検査。衛生検査とは、筆者故郷での呼称。

■参考:
暮しの手帖 1世紀29号(1955.5)
暮しの手帖 3世紀17号(1988.12)
暮しの手帖 4世紀85号(2016.11)

筆/北村 咲