長らくお休みしていたシリーズ「女の仕事づくり」、再開です。
これまでの連載に加え、業界ではカリスマとして知られているフードジャーナリストの金丸弘美さんの新連載を新たにお届けいたします。 金丸さんのことはお名前から女性と思っていましたが、男性です。「母親がずっと働いて自分たち子どもを育ててくれたからか、強い女性が好き」と言って憚らない素敵な方で、実際に地方の女性や若い人たちの仕事をサポートすることにとても熱心です。単に食べ物の紹介に留まらず、実際に現地に足を運び食環境の総合プロデューサーとして地域興しから行政への提言まで、点から線、線から面へとつなぎ食を通して社会を変えていくことを目指してこられました。

地域創成のプロジェクトは主に男性が中心になりがちですが、金丸さんの地域の四季と食を売り出すワークショップでは主な参加者は地域の女性です。こうした地域の女性が主に参加する形は高く評価されて各地に拡がり、政策に盛り込まれたところもあります。著書も多数、テレビやラジオでも活躍されています。

菅真紀さん

この連載では、食に関するユニークな仕事をおこした女性たちを紹介していただきます。最初にご紹介いただくのは、「こんなイチゴのタルトがあったのか」と金丸さんが驚いた愛媛県今治市の越智今治農業組合「さいさいきて屋」の完熟イチゴがあふれるタルト、それを考案した菅真紀さんです。
これからをどうぞお楽しみに。
(中塚圭子)


<金丸弘美のニッポンはおいしい! その1.完熟イチゴがあふれるタルト>

こんなイチゴのタルトがあったのかと驚いたのが、愛媛県今治市の直売所・越智今治農業協同組合「さいさいきて屋」のカフェ。深紅のイチゴがはち切れそうに輝いている。
 タルトは色合いが美しい「さちのか」。ショートケーキはフォルムが綺麗な愛媛県の品種「あかいしずく」。マウンテンは円錐形でつややかな「あまおとめ」が使われる。

 営農指導員とイチゴ農家との連携で、完熟の果実が運ばれタルトとなる。
 一般に、菓子店や食品売り場に並ぶケーキに使われるイチゴは、早目に収穫をしたものが使われる。完熟だと、流通に時間がかかることから、痛んでしまうからだ。

直売所「さいさいきて屋」

 ところが、「さいさいきて屋」は、農家と近いという利点を生かし、完熟イチゴを使い、それをケーキにして販売をした。今までの農協であれば、都市に果実そのものを出荷すること中心にしていたから、熟する前に、まだ果実が固いイチゴが出されていた。現地で、完熟イチゴをケーキにして販売をするという発想は、どこもなかった。
 完熟タルトは、いまでは、大ヒット商品となった。ケーキ売り場は1億8000万円。雇用も18名を生みだした。
 直売所全体の売り上げは29億7000万円。参加農家1300名。雇用130名(職員15名。非常勤115名)。動員160万人の注目のところとなった。


お弁当を作り販売し、年間1000万円

ケーキ作りの中心となったのは菅真紀さん。彼女は、直売所の創立間もない15年前からのメンバー。
当時、市町村・農協合併で、14市町村が一つになった。地域を見渡すと出荷ができなくなった高齢・兼業・主婦の農家が多くいた。地区の人の出荷場が必要と訴えたのが、農協職員だった西坂文秀さん(現在、直販開発部長)。70名近くの農家が賛同した。
 

直売所 直販開発部長 西坂さんと筆者

この要望に、使われなくなった豚小屋が農協から提供され、これを手作りで、POSレジ2台、30坪の小さな市場ができた。ただし、買い手が欲しい時間帯に確実に運ぶことを明文化し、その実行を農家に求めた。
 その規約をしっかり守ったことで、売り上げは、なんと1年間で1億円となった。
 そのことで参加農家が急増。一年後には、100坪のエーコープに移転した。
直売所ができたとき趣味で作っていたチーズケーキを持ち込んで販売をしていたのが菅真紀さんだった。売れても一日、せいぜい2000円とか3000円程度だった。

焼きたてパンを出す菅真紀さん

 直売所では、売上上位の表彰式が行われるようになった。そのとき、彼女は、「一番になるには、どれだけ売上をあげればいいですか?」と、西坂さんに訊ねた。「そうやな、1000万円は売らないと一番にはなれんやろな」と西坂さんは答えた。
 すると、菅さんは、その後から、弁当を作って販売をするようになり、なんと一年間で1000万円を達成してしまったのだ。
 彩り豊かで、種類も多く、贅沢に見える、手の込んだ弁当。そのコンセプトは、今も、直売所の弁当に生きている。
 彼女から言わせれば「あんまり美味しそうな弁当がほかに見当たらなかったから」。西坂さんに言わせれば「とにかく見栄えがする。見た目が美味しそう。それはもう天性のもの」となる。
 彼女の実績から、店長にスカウトされた。
 彼女は、おじいちゃんから「これからの農業は、消費者と対話する農業となる」と言われていたという。それが、見事に形となった。


イチゴが目立ち生地が見えないケーキ

直売所の売上も参加農家も急増したことから、新たに国道沿いに大型の店舗が作られることとなり、そこにケーキ売り場を設けることとなった。そこでパティシエを雇うこととなった。
ところが、うまくかみ合わなかった。というのは、パティシエは、さまざまなケーキを作り始めた。それに対して、西坂さんは「俺たちケーキ屋をやりたいのではなくて、イチゴの時期にイチゴがあふれる、それをなんとかしたい」とパティシエに話した。すると、パティシエは、そんなのはケーキ屋じゃない、と答えたという。そのとき、西坂さんは、それじゃプロと言えないと、反論。パティシエから、ふざけるなと殴られた、と言う。パティシエは辞めてしまった。
そこで、どうするとなり、ケーキが作れる菅さんを中心に生まれたのが、完熟イチゴを使い、イチゴが目立つタルト。プロのケーキ人ではないから、さまざまな種類のケーキは作れない。でも生地は作れる。たくさんのイチゴを生かすには、イチゴがあふれ生地が見えないタルトという逆転の発想のケーキが誕生した。これが女性の評判となり、SNSで流れてヒット商品となった。
 今では、専門学校を出た新人社員も入り人が育った。タルトは創ったそばから売れて、なんと一日に三回転する。
 4月でイチゴが終わると、ブルーベリー。そのあとイチジク、マスカット、栗、リンゴ(今治産)、そして、またイチゴと、四季の果物が巡ってショーケースを飾る。

◆直売所「さいさいきて屋」◆
住所 愛媛県今治市中寺279-1
HP http://www.ja-ochiima.or.jp/saisai/index.php
Facebook https://www.facebook.com/saisaicafe/
タルトはさいさいきて屋のネットショップからも購入できます。「saisaicafe sweets」というカテゴリーからどうぞ。
http://www.saisaikiteya.com/item_category/


◆金丸弘美さんのHPと著書のご紹介◆
HP:「金丸弘美のスローライフ」 http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/home/index.php

著書:
『田舎力 ヒト・夢・カネが集まる5つの法則』(NHK生活人新書) http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?&no=158&a=1
『ゆらしぃ島のスローライフ』 『電子書籍』(学研教育出版) http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?&no=1118&a=1
『幸福な田舎のつくりかた:地域の誇りが人をつなぎ、小さな経済を動かす』(学芸出版)  http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?&no=188&a=1
『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川書店) http://www.banraisya.co.jp/kanamaru/book/bookdetail.php?&no=199&a=1

こちらの本「田舎力」にはWAN理事長の上野千鶴子さんも推薦文を寄せています。