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性暴力禁止法をつくろうネットワークシンポジウム
子どもへの性虐待と刑法改正 ―これでいいのか?今後の課題―

改正刑法性犯罪が成立
2017年6月16日(金)に刑法性犯罪の改正案が成立した。
大幅な改正は実に110年ぶりということで、私たちにとっては悲願とも言える改正の実現だった。この刑法性犯罪の改正に向けて、私たち性暴力禁止法をつくろうネットワークが、改正に向けてこれまでどのような活動をしてきたのかを振り返り、改正の意味と今後の課題についてまとめることで、シンポジウムへの参加を呼びかけたい。

性暴力禁止法をつくろうネットワークとは
性暴力禁止法をつくろうネットワーク(以下、当ネット)は、2008年5月に活動を開始した。もともとは全国シェルターシンポジウムの分科会での呼びかけからスタートしたものだ。
よく「性暴力禁止法ってどんな法律ですか?」「いつできるのですか?」と聞かれるが、「性暴力禁止法」という法律制定を目指すというよりは、例えば今回の刑法性犯罪の改正や性暴力被害者支援法の制定など性暴力に関係する法律の改正や成立を要望していくという活動を主に行っている。
また、2010年に策定された「第3次男女共同参画基本計画」で2015年までに刑法強姦罪の見直しを検討することが盛り込まれ、2012年に閣議決定された内閣府男女共同参画局「女性に対する暴力専門調査会」報告書『「女性に対する暴力」を根絶するための課題と対策~性犯罪への対策の推進~』に、刑法強姦罪の見直しについて言及されたことも今回の改正につながっているが、当ネットではこれらにも要望書を提出するなど、性暴力に関わる施策への提言活動も行っている。
ちなみに2012年の報告書では見直しの具体的な項目として、「非親告罪化」「性交同意年齢の引き上げ」「構成要件の見直し」が取り上げられているが、今回の改正では3点のうち実現したのは非親告罪化だけだった。

松島法相や設置された検討会に要望活動
今回の刑法性犯罪改正の直接のきっかけは2014年9月に当時の松島みどり法相が就任会見で性犯罪の厳罰化に言及したことだった。
私たちは単に厳罰化だけではなく刑法性犯罪の抜本的な見直しが必要だと9月29日に松島法相に要望書を直接手渡した。
10月には法務省に「性犯罪の罰則に関する検討会」が設置され、改正に向けた検討が行われる。
松島法相が厳罰化と発言したためか、「罰則に関する検討会」という名称になっているが、検討会での論点は多様なものであった。
また検討会では11月21日と28日の2回に分けて合計12名のヒアリングが行われ、当ネットからも参加している。
こういったことから被害実態に即した議論を期待していたが、実際は委員のメンバーで被害当事者の立場に立って発言するメンバーはごく限られており、被害実態と乖離した抽象的な法律論に基づいて議論されてしまうことが危惧された。
そのため、当ネットでは、2015年3月19日と7月9日に院内集会を開催、4月には全国の会員に検討会への要望書提出の呼びかけを行った。
6月には衆参の法務委員にこの問題で質問してほしいとロビーをしたり、7月には検討会に被害実態に即した取りまとめ報告書にしてほしいと公開された議事録を元に具体的な要望書を作成して提出した。
おそらく検討会の取りまとめ報告書が刑法性犯罪改正の大枠となり、いったん方向性が決まってしまえば後になってそれを大幅に変えるのは困難だろうと思われたため、当ネットでは検討会の取りまとめ報告書の内容に被害当事者の視点を入れることに力を注いだのである。

法制審議会にヒアリング要望
2015年8月に検討会が取りまとめ報告書が発表されたが、私たちが盛り込むことを強く要望し続けた「暴行・脅迫要件の見直し」や「いわゆる性交同意年齢の引き上げ」は取り上げられず、「関係性を利用した新しい処罰規定」も対象が限定されたものだった。
10月に法相が法制審議会に改正について諮問し、11月から法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会で審議が始まる。
法制審議会のメンバーには被害者の立場に立った新たな参加もあったが、公開された議事録を見ても、被害当事者の視点に立った発言は必ずしも重視されず、あまりにも多勢に無勢という印象を受ける。
「暴行・脅迫要件の見直し」についても、ほとんど検討する必要がないという扱いを受けている。
当ネットでは、10月に法相に、12月に審議会に被害実態に即した見直しの要望書を提出し、さらに3月には賛同49団体名で当事者のヒアリングを要望する要望書を提出した。
最後になって3名のヒアリングは実現したが、2016年6月に法制審議会刑事法(性犯罪)部会で検討会の取りまとめ報告書とほぼ同じ内容の要綱(骨子)修正案が了承され、9月12日に法制審議会の総会で要綱(骨子)が了承された。

改正反対の日弁連に抗議
この時点で刑法性犯罪の改正実現に進むであろうと思われた。
ところがそう簡単にいかないのではないかという事態が起こる。
その前から日本弁護士連合会が改正に反対する声明を出すのではという情報が入っていたのだ。
検討会や審議会の委員の中に日弁連推薦で参加したメンバーが2名いて、そのうちの1名が刑事弁護の立場から強力に改正反対の論陣を張っていた。
被害者支援の立場からの委員の参加もあったのだが、日弁連全体としては刑事弁護の方が主流である。
当ネットでは賛同41団体で6月29日に反対しないでほしいと事前に要望書を提出していた。
しかし、9月12日の法制審議会総会後の15日に日弁連は改正に一部反対する意見書を取りまとめて国会に働きかけを起こそうとしたのだ。
当ネットでは賛同57団体で抗議声明を発表し、11月2日に性暴力と刑法を考える当事者の会と合同で日弁連に抗議の意思を伝え、記者発表も行った。
この時、参加された当事者の会の山本さんやSIAb.(Survivors of Incestuous Abuse/通称:シアブ 近親姦虐待被害に特化したピアサポートグループ)の方の切実な声を前に日弁連の執行部も深い感銘を受けたように思われた。

共謀罪より刑法性犯罪改正を先に
そして2017年3月7日に刑法性犯罪の改正案は閣議決定され、国会に上程される。
これでいよいよ110年ぶりの大幅改正実現かと思われたところ、3月末にとんでもない事態が起こる。
与党が後から提出された共謀罪の方を先に審議すると提案したのである。
与野党で大きな対立軸になっている共謀罪の審議が先になってしまうと刑法性犯罪改正が今国会で実現しなくなるのではないか。
当ネットでも緊急の行動を呼びかけた。
3月27日ロビー、30日に民進党の法務部会に参加、4月13日 緊急院内集会。

4月27日には太田啓子弁護士、東小雪さん、水井真紀さん(映画監督、俳優)、戒能民江(当ネット共同代表、お茶の水女子大名誉教授)が8000筆の緊急署名提出し、記者発表を行う。
5月29日には「刑法性犯罪の早期改正実現に向けた緊急声明」発表。
6月7日「当事者の声を反映した刑法性犯罪の改正を求めます」提出。
6月8日「#なかったことにできない」(連続院内集会実行委員会主催)院内集会開催など短い期間にできるだけの働きかけを行った。
そして、6月16日に参議院法務委員会で参考人質疑が行われた上で改正刑法性犯罪が成立したのである。

十分に議論されなかった刑法性犯罪改正
冒頭で私たちの悲願とも言える改正が実現したと書いた。
しかし、この国会での審議の過程は私たちが期待していた改正実現とはほど遠いものであった。
確かに3年後の見直し規定が盛り込まれ、暴行・脅迫要件が見直されなくても運用面での対応や被害者への二次被害を防ぐなど9項目にわたる付帯決議も行われた。
しかし、衆議院での参考人質疑は行われず、審議時間は12時間40分と決して十分に議論された上での改正とは言えず、性暴力被害者の人権に関わる問題が政治的な交渉材料に使われ軽視されてしまったという苦い思いが拭い去れない。

当事者の声で110年ぶりの改正実現
しかし、とは言え、110年ぶりの大幅改正が実現したのは間違いない。今回の改正要望のうねりのような動きを振り返って、誰しも感じるのは性暴力被害当事者の力だろう。
今回ほど性暴力被害当事者が院内集会でメディアで街頭で様々な場面で自らの声で語ったことはこれまでなかったのではないだろうか。
そして、その声はどれほど聞いた者の心を揺さぶり、何とかしなければならないという事態を動かす力につながっていった。
この110年ぶりの刑法性犯罪の大幅改正は間違いなく当事者が実現したものである。

様々なキャンペーンが力に
また、一緒に日弁連に抗議声明に行った「性暴力と刑法を考える当事者の会」は「明日少女隊」「NPO法人しあわせなみだ」「ちゃぶ台返し女子アクション」と一緒に「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」を結成してキャンペーンを展開した。
わかりやすく訴えかける動画を作成、大学生を中心とした「同意ワークショップ」や、与野党を問わずロビーを展開、メディアにもたくさん取り上げられ、署名も5万人以上の賛同を集め、刑法性犯罪改正実現の大きな要因であったことは間違いないだろう。

今回の改正のポイント
今回の改正のポイントを簡単に表にまとめたのが以下である。

改正の項目:どんな影響(メリット)があるか
親告罪の撤廃:被害を申告してからの捜査・立件のハードルが低くなる 未成年者などが自分で告訴できなくても事件化できる
法定刑の引き上げ:窃盗罪よりも強姦罪の法定刑の下限が低いという状況が改善される
被害者も加害者も性差をなくす:男性やセクシュアルマイノリティの被害者が声を上げやすくなる
性交類似行為を強姦と同等に扱う:「強制性交等罪」 肛門性交や口腔性交の被害が膣性交と同等に重大な犯罪として扱われる
「監護者わいせつ罪」「監護者性交等罪」:親などの「監護者」が影響力を利用して18歳未満の者に性的な行為をすれば、暴行・脅迫がなくても罰せられる

報道によれば改正刑法性犯罪は2017年7月13日に施行され、非親告罪化については施行前の事件にも遡って適用されるとのことである。

3年後の見直しに向けて
3年後の見直しに向けてさらに改正が必要なポイントは以下である。

項目:どのように改正すべきか
暴行・脅迫要件の緩和:暴行・脅迫要件を緩和し、威嚇、強制、不意打ち、偽計、威力などの要件を加えること
配偶者間の強姦についての明文化:配偶者間であっても強姦罪が成立することを明記すること
性交同意年齢の引き上げ:暴行・脅迫がなくても強姦罪等が成立する年齢を中学卒業年齢(15歳程度)まで引き上げること
公訴時効の撤廃もしくは停止:特に年少者が被害者である性犯罪について、(被害者が成人するなど)一定の期間は公訴時効が進行しないこととすること
地位・関係性を利用した性行為の新しい処罰規定の対象拡大:指導的立場にある者、保護する責任のある者などについて幅広く規定すること。たとえば学校の教師、スポーツの指導者、雇用主など。

今回の改正に向けて当ネットが取り組んだ経緯を振り返ってもわかるように、刑法改正には長い道のりがかかる。
3年もある、とゆっくり構えているわけにはいかない。
私たちは、今回の改正の意義やどのように次の改正を実現するのか、今から議論を積み重ねる必要があるのだ。

子どもへの性虐待と刑法性犯罪
そこで、当ネットでは刑法性犯罪改正の中でも特に子どもへの性虐待にテーマを絞ってシンポジウムを行うことにした。
子どもへの性虐待は法的整備についてなかなか手が届いていない分野である。
当ネットでは2015年に会員限定の連続学習会を開催した。児童虐待の定義の問題、被害児への影響を理解した上で司法手続きを行うことの意味、司法面接の整備の必要性など、様々な課題を共有できた。

<参考>
子どもへの性暴力について連続学習会

●第1回 講師:山本恒雄さん(愛育研究所客員研究員、日本子ども虐待防止学会事務局長)
日時:5月12日(火)17:00~21:00
テーマ:「子どもへの性暴力の現状と法整備の課題 ―児童福祉の現場から―」

●第2回
講師:奥山眞紀子さん(児童精神科医、国立成育医療センター)
日時:6月16日(火)18:00~21:00
テーマ:「子どもへの性暴力の現状と法整備の課題 -児童精神科医の立場から―」

●第3回
講師:小圷淳子さん(横浜弁護士会)
日時:6月30日(火)18:00~21:00
テーマ:「子どもへの性暴力の現状と法整備の課題 -弁護士の立場から―」

子どもへの性虐待と刑法改正を考えるシンポジウム開催
今回、成立した改正刑法性犯罪によって、子どもの性虐待への法的支援がどこまで可能になるのか、改正の影響を支援の立場からどのように考えていくのか、そして3年後の見直しに向けてどのように課題を整理していけばいいのか。
シンポジウムでは、当ネット共同代表の戒能民江がコーディネーターとして3名のパネリストの提起から議論を深める予定である。
パネリストとしては、この間、院内集会などにもたびたび登壇して発言された、父親の性虐待のサバイバーであり、LGBTアクティビストである東小雪さんに当事者の立場から語っていただく。また京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センターで支援をしている経験から周藤由美子が現場からの課題を問題提起する。
また谷田川知恵さんには、ジェンダーの視点で法律を研究している専門家の立場から、刑法性犯罪の改正について提言していただく予定である。
このシンポジウムはWAN基金の助成を受けて行うものです。感謝するとともに会員の皆さまのご参加お待ちしています。

性暴力禁止法をつくろうネットワークシンポジウム 子どもへの性虐待と刑法改正 ―これでいいのか?今後の課題― 7月1日(土)18:00~21:00(17時50分開場)
会場:文京区男女平等センター 研修室A  
   参加費:500円(WAN会員は無料)

パネリスト
   東小雪    LGBTアクティビスト
周藤由美子  京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センター 京都SARA
谷田川知恵  ジェンダー法研究者

コーディネーター 
  戒能民江  性暴力禁止法をつくろうネットワーク共同代表

*事前申し込みの必要はありません。

<参考>当ネットが刑法性犯罪改正に関連して提出した要望書及び主催した院内集会など

松島法相への要望書 
性犯罪の罰則に関する検討会第2回
2015年3月19日院内集会の案内
2015年7月9日院内集会の案内
2015年4月検討会への要望書提出呼びかけ
2015年7月8日検討会への要望書
2015年12月10日法制審議会への要望書
2016年1月12日院内集会
2016年3月10日法制審議会ヒアリング要望書
2016年6月日弁連への要望書
2016年11月2日日弁連への抗議声明
2017年1月27日連続院内集会
2017年3月27日改正実現の要望書
2017年3月議員への要望呼びかけ
2017年5月29日早期実現を求める緊急声明
2017年6月7日「当事者の声を反映した刑法改正を」要望書