広島県岩国錦帯橋空港から約1時間、瀬戸内海の島、山口県周防大島「瀬戸内ジャムズガーデン」には年間7万人の人がおとずれる。
10年前に開店したお店は、海の見えるお洒落なカフェスタイルのジャム屋さん。ジャムを使ったトーストやシフォンケーキ、ジャムのアイスクリーム、マーマレードの炭酸割など軽食が楽しめる。
島と山口県とが大島大橋でつながっていることからドライブもかねて多くの人がやってくる。
ジャムの種類は年間180種
「瀬戸内ジャムズガーデン」を経営するのは松嶋匡史(まつしま・ただし)さん、智明(ちあき)さんご夫妻。お店で働く人はパート・アルバイトを含めて34名にもなる。多くの人を魅了しているのは、島でできる果実――はっさく、いよかん、ネーブルをはじめ20種類にもなる柑橘、イチゴ、キウイ、ブルーベリー、イチジクなどの、さまざまな果物を使ったマーマレードやジャムなどだ。ジャムだけでも年間180種類もある。島にある季節の果物が生かされ、そこに島ならではの風景が相まって、多くの人たちを惹きつけている。
「全部手作りしています。島はミカンで有名ですが、それだけでなくいろんな果物でジャムを作ります。ブルーベリー・イチゴのミックスとか、それにブランデーを入れたりとか、いろいろと工夫をしています。店頭には季節ごとに違うものが常時30種類くらい並びます。
原料の8割は島のものですね。うちの島は柑橘が豊富だからマーマレードだけでも30種類くらいある。日本でたぶん一番多いのではないでしょうか。ブルーベリーは最初島になかったので栽培をするしかないかと、果実を作るところから始めたんです」
いまでは、卸しが3割、100軒近くになる。店舗ではカフェ、雑貨も含めて、7割近くを販売、そのほとんどが島外からの人たちによる購入だ。売り上げは1億円。
常時30種類、年間180種類以上のジャムたち
「新商品を5、6種類、毎月作ってますね。果物をミックスしたり、アルコールを入れたり、フレーバーをつけたり。
こりゃだめだというのもあるし、これ美味しいと女性に受けるものもある。
働いていただいているのは20代から60代までで女性が多いのですが、男性もうちの主人をいれて6名います。だからいろんな意見がでる。
シェフがいるわけでもないけど、お買い物をするのと同じ目線で評価をして、商品が生まれています」
売り方にもさまざまな工夫が凝らされている。
「島では海水浴客や帰郷の人で、夏はたくさん人が来るけれど、それを過ぎるとぜんぜんお客さん来なかったんですよ。
そこで、ジャムの季節便を作って、3本とか、6本とか選んで送ることを始めました。
そこにジャムになるまえの柑橘を入れたり、Iターンの人が採った海産物とか、Uターンの人が栽培したお米とかをプレゼントにした。そこからずっと契約をしてくださるお客さんもできました」
島での人、作物、商品のコラボレーションと演出の工夫が素晴らしい。
「ジャム大福は、島のお餅屋さんとのコラボです。季節ごとのジャムと白あんをミックスしたもので、常時3種類ある。店内お持ちかえりが多いですね。
島の豆腐屋さんとのコラボの豆腐プリンは、グラスに入った豆腐の上にジャムが添えられています。その日のお勧めで、4種類をだしています。」
ジャム大福
豆腐プリン
冬はなにもない、主力商品が欲しい!
「それで始めたのがサツマイモのジャム。レモンと塩を隠し味に入れていますが、暖かいと美味しいけど冷めると味が違うものになってしまう。そこでトーストにのせて焼いて出す焼きジャムにしたらスイートポテトのようになって、今はカフェの人気商品になりました。
6月から7月は、自家農園のブルーベリーですね。島に住む定年の方もブルーベリー栽培をしてくださって、それも買わせてもらいます」
人気になっている理由、また農家が協力をしてくれる背景には、いい材料の確保が大きい。
いろいろなジャムが味わえるトースト
「イチゴは完熟をつかったりします。
果実は、生で食べる旬とジャムにする旬とがちがったりもします。例えば、かぼす。生では青いものを出しますが、それをジャムにすると酸味が強すぎる。それで完熟して黄色くなるまで待って収穫をしてもらうようにしているんです。
ネーブルも完熟するまでもがないようにしてもらっています。
砂糖はね、鹿児島県の島から取り寄せている「洗双糖」。少し茶色い。
ジャムにいれると少し色味がつくのですが、果実のうまみを生かすのにはいい。最後まで食べれる味わいになります」
果実の買い取り価格も、これまでと違った値段で購入をしている。果実は加工用だと1kg10円ほど。つまり10kgのミカン箱いっぱいでも100円にしかならない。それを、農家に頼んでジャムにするのにふさわしい栽培をしてもらう。そして買い取り価格を1kg100円から150円と、相場の10倍以上で仕入れている。
周防大島は、かつて人口6万人がいたが、今では1万7000人。高齢化が進んでいる。
実は、智明さんの家はお寺「浄土真宗本願寺派荘厳寺」 。智明さんは、その三姉妹の長女で、5歳まで家族と京都で暮らしていた。お父さんは周防大島の寺の次男だったが、長男が寺を継がなかったために寺を継ぐこととなり、家族で島に住むこととなったとのだという。
「小さいころから、このあと坊さんと結婚し、お寺を継ぐのだけは嫌だと思っていた。京都での暮らしも経験していただけに、島での生活が嫌で、なんとか逃げ出したい、島から離れたいと思っていました。
大学は京都に行きました。大学時代に英会話教室で出会ったのが夫。今考えると夫は英語できないですから、半分、女の子のひっかけ目的じゃなかったのかと思います(笑)。彼は理系の大学で就職も中部電力に決まっていた。それから6年くらいして結婚をすることとなって、サラリーマン生活で安泰だ、名古屋暮らしだ、と思っていた。両親は心配したけど、智明が選んだ人ならと納得してくれた」
ハネムーンで向かったパリで、人生の方向が180度変換
「私、アクセサリーを買いたかったんです。可愛いのを。彼に『俺は興味ないから待ってる。10分で出て来い』って言われたんですよ。新婚旅行ですよ。その隣りが食料品店で、彼はそっちの店に入ったんです。私が急いで買い物をして迎えに行くと、そこはジャム専門店だったんです。
彼はいろんなジャムを真剣に観て、結局1時間もその店にいました。フランス語読めないのに20個くらい買い、帰りの飛行機で『ジャム屋やろうか』と、彼が言った。びっくりしましたが、本気にはしていませんでした。よく成田離婚しなかったもんです」
「主人は思い切りがいいようでいて、反面しっかり計画を練る性格。結婚して3か月くらいしてジャム5か年計画というのを私にプレゼンしてきた。そこで私も初めて本気なんだと思った。そこで私はすぐに計画書を両親に送ったんです。彼は義理の父に怒られると思ってビビっていましたが、ところが大歓迎だった。門徒さんの8割が農業をされているから、それも大きかった」
それからは、智明さんが島にときどき行っては、試験的にジャム販売をすることとなった。幸いお寺は集いをすることも多いことから料理を出せるキッチンも、すでにあった。
結婚して2年後の29歳の時、男児を出産。なんと産後わずか2か月たったころに、島内の道の駅に初めてジャムを卸したのがスタートだった。
「最初は島の道の駅やインターネットの販売です。そこからギフトショップのお店が買ってくださったり、通販での販売、パン屋さんが注文してくださったりと広がっていきました」
子育てしながらのジャム作りは本当に大変だった。
やがて店舗をどこに出すかという話になった時、智明さんの父親は、人の多い国道沿いに出したほうがいいという意見だった。しかし、京都出身の匡史さんは、せっかく都会から来る人にとっては海の見えるところがいい、それが都会の人たちの気持ちだ、という意見だった。
海の見えるロケーション
「ちょうど海側にミカン畑で、その木をすべて切り倒すとおっしゃっていたところがあって、そこのおじいちゃんが譲ってくださった。
それまでは、誰にも売らないとおっしゃっていたところなんです。これも父が住職で、私が寺の娘で、門徒さんとのつながりがあったからだと思うんです。
そして無事店舗を構えることもでき、最初の3年間は、夏休みだけの営業にしました。
彼はまだ会社員でしたから、私とパートさんとでやっていました」
お店のカウンター
少しずつ販売をはじめ、軌道に乗り始めた。その頃、智明さんの祖父が亡くなったこともあり、家族で、島に本格的に移住することとなった。いまからちょうど10年前の7月だった。その2年後に2人目の子どもも生まれた。
「ジャムの材料をどうするかというときも、各家々にお経をあげに行くから、どこのおじいちゃんが、なんの果物を作っているかがわかるんですね。イチジクはすぐ痛むから、一級品で出せないものは、お寺のお供えにもってきてくださる。そんな門徒さんに声をかけたら、ジャムの材料として喜んで卸してくださったりしたんです」
天井も高く、広々とした店内
島の海の見える風景が素敵なこと、天井が高く、木材をふんだんに使ったカフェの雰囲気がいいこともあって、橋をわたって、本土からたくさんの人が訪れる。土日の客は8割が広島からというから驚きだ。季節で風景が変わること、またジャムの果物も四季を反映することから、リピーターが多い。店舗もお洒落なら、ジャムのお店での出し方も、試食コーナーがあり味わいを確かめられるのはもちろん、ジャムを使ったパフェ、ドルチェ、シフォンケーキ、チーズケーキなど、料理メニューを出して食べ方まで提案をするという、これまでになかったシチュエーションを打ち出している。
ジャムの瓶の並べ方もかわいい
「島に店を出す前、いろんなジャム店に行きました。東日本にはジャム専門店があり観光客も多くて、まあまあ流行っている。軽井沢なんかとくに多かった。工房を見せてもらったりしたが、社宅の小さいキッチンで試作をしてました。
島にいたとき、おばあちゃんがお洒落で、よく島外のカフェに連れて行ってくれたんです。周防大島は、かつてハワイに多くの移民がいった。だから今でもハワイと交流があって、島でコナコーヒーを出すようなカフェもある。私にはカフェへのあこがれがあったんですね。また門徒さんがよくお供えで果物をもってきてくださる。食べきれないから、おばあちゃんが、よくジャムにしていたんです。今、考えると、不思議ですよね」
ジャムを提供するカフェを併設するアイデアは、智明さんが出した。
あちこちのカフェに行ってはたくさん写真を撮って、それを見せて地元の門徒さんの大工さんに依頼をした。
「島の大工さんが、わしゃ、こんなもん作ったことがない、なんて言われました(笑)」
智明さんは、ジャムのお店の実質プロデューサー的存在と言えるかもしれない。
「ホントですね! 今度、主人に言ってください!(笑)」
自慢のスタッフです
「働いてくださっている方の時間は9時から6時半まで。シフト制になっています。お母さんでお子さんがいる方は、子どもを保育園に入れてからという人もいるし、本土から週2回だけ橋をわたってくる人もいる。ここで働いてみたいとやってきてる神戸の男の子もいる。それぞれ働く時間を決めているんです。半分以上は地元の方ですね。自慢のスタッフのみなさんです」
「都会から来る人は住むところが必要。島は、ほかの地方と同じよう空き家が多い。町でも空き家のあっせんの取り組みをしています。ここでもお寺の力が発揮されて、どこに空き家があるのかも知っている。門徒さんの離れをうちの職員が借りて住んでいます。
ジャムの材料も、空き家も含めて、ほんと門徒さんのおかげでジャムズガーデンがなりたっていますね」
歌うお坊さんとしても名を馳せている智明さん

歌う僧侶としても活躍する智明さん
実は智明さん、歌を歌い、コンサートを開いている。ジャムのお店の仕事の傍ら副住職としても活動をし、お経の教えを自分なりに意訳をして歌を創りCDまで出している。歌うお坊さんとして各地で講演に呼ばれる活躍なのである。
「結婚前、お寺を継ぎたくなかった理由に、座ってなきゃいけない、お経が漢文でちんぷんかんぷん、というのがあった。ところが、大人になって勉強したら、お経ってなかなかいいこと書いてある。それで感じたことを自分なりに訳してPOPにしてメロディーにのせて歌うようになったんです。各地のお寺さんに呼ばれると、9割以上のところから『ジャムも売っていいよ』と言っていただく。歌うと、CDよりもジャムの方がよく売れる(笑)」
「いまでは月に4回も、島外の方々が団体で、お寺にコンサートを聴きにきてくださり、ジャム店に寄って島をめぐるというツアーがあります。とくに6月は農閑期で、お寺さんが門徒さん檀家さんとの友好を深めるという目的で、日帰り旅行でたくさん来てくださる。島のお寺においでいただいたあとお店でお食事、それから島めぐりの旅、買い物には道の駅もある。6月は店の売り上げが落ちるんですけど、そんなときに多くの人がきてくださる。ありがたいですね」
「若いころは島を飛び出したいと、島を出ることしか考えていなかった。サラリーマンの彼と結婚したのに、ハネムーン先のパリで、たまたま入ったジャム店がきっかけで、ジャムのお店を作ることとなった。美味しいジャムは、美味しい果物から作りたいとなったら、私の島は蓋を開けたら宝物のような果物があったんですね。地元の農家さんと果物を作るところから相談をしながら、ジャムを作っています。結局、口コミで広がっていったんですね」
◆注文・お問い合わせはこちら
瀬戸内ジャムズガーデン
〒742-2804 山口県大島郡周防大島町日前331−8
営業時間: 10:00~18:00 定休日/水曜
電話: 0820-73-0002
HP: http://www.jams-garden.com/
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