1998年に尾崎喜光さんという日本語研究者が、日本語の女性専用形式とされる終助詞「わ」の使用状況と「だ」の不使用についての論文を発表しました。「わ」は女性がほとんど使わなくなって、女性専用形式とはもう言えないのではないか、また、「だよ」「だね」のような「だ」は男性専用で、女性は使わないとされてきていたが、女性も「だ」を使うようになって、「だ」の不使用は衰退している、というのが結論でした。

 そのとき、小学校(1年~3年)国語教科書の中の当時の小学校児童のことばについても調べて、終助詞「わ」を使う女子児童(以下「女児」と略記)が12.5%、「だ」を使用しない「女児」が83.3%いると報告しています。「だ」の不使用の率は「他の調査の20代の約3割と比べても極めて高く、現実の姿とかなりかけ離れている」と述べています。

 そこで、今回20年経って、小学校の教科書はどうなっているかを調べてみました。

 教科書に出てくる子どもの話しことばの実相を調べるのですが、いままでは、教材として使われている童話や、編集者が書いたいろいろな文章の中で子どもが会話している文章からその文末の形式を見るやり方だったのですが、今回は、教科書の中に子どもの絵が描かれていて、その子どもが、友だちと話していたり、つぶやいていたりする「吹き出し」に注目しました。吹き出しですから、子どもが実際話している話し方と近いはずです。実際に子どもが話したことばを録音してそれを文字にしたものではないのですが、できるだけ本物に近づけようと教科書の編集者は考えて吹き出しに入れたはずです。そういう意味で話しことばの資料になりうると思いました。

 尾崎さんの調査が1~3年生の教科書を対象としていたので、今回は2年生の国語の教科書にしました。光村図書と学校図書、三省堂の3社の教科書です。

 女児の絵の吹き出しの文は以下のようになっています。

1.「さいごに…わかれて よんだら 楽しそうだね。」
2.「おもしろい 本を 教えて もらって うれしかった。おれいを言いたいな。」
3.「はじめに、おれいを 書こう。つぎは、 本が おもしろくて、すぐに 読んじゃった ことかな。」
4.「ふうん。つりって、じゅんびが たいへんなんだなあ。」
5.「うちのチワワは、だっこするとおちつくよ。だっこって、すごい力があるんだ。
6.「長さがちゃんと書いてあったから、まちがえないで作れたよ。」

 従来の女児のことばですと、
1.は、「楽しそうね」
2.は、「うれしかったわ」「おれいを言いたいわ/の」
3.は、「書きましょう」「読んじゃったことかしら」
4.は、「たいへんねえ」あるいは、「たいへんだわね」
5.は、「だっこするとおちつくわよ」「すごい力があるの」
6.は、「まちがえないで作れたわ」

のようだったはずです。現に少し前の教科書にはそういうことばで話す女児がよく出ていました。今でも、童話の中の女児がこういう話し方をしている例が教科書にも出ています。教科書に出てくる母親のことばも、従来どおりのスタイルのものが多いです。 ある童話の中では、
女児:「おかあさんがかえってきたんだ」
その母親:「ただいま。外に、にじがかかっているわよ」
となっています。 こういうところにまだ、少し古い女性のことばを話す女性像は残っています。

 ですが、吹き出しの中はきれいに性差はなくなっていました。そして、男の子をよぶのに「○○くん」ではなくて、「○○さん」と呼ばせている教科書もありました。これはうれしい発見でした。小さい時から男の子は「くん」、女の子は「さん」と差をつける必要は全くないからです。ジェンダーの面から見て教科書がよくなっているのを知って本当にうれしいです。