「かえせ☆生活時間!プロジェクト」は、4月の段階で立ち上げて、3月6日にそのためのシンポジウム「「生活」から考える労働時間規制」を開きました(労働法律旬報1838号(2015年)6頁以下)。今までの労働時間の議論とは違う切り口から議論できたと、参加者も含めて評価がありました。
ただ、「かえせ生活時間」という視点が、「面白い視点だ、新しい視点だ」と評価される一方で、「具体的に何をやるの?」という非常に素朴な質問があるような段階です。私たちとしては、これからがこのプロジェクトを広げていく本番になると考えています。
今日は、「かえせ☆生活時間!プロジェクト」の発起人であり、労働法の専門家である3人の方に集まってもらい、このプロジェクトの議論の交通整理をしながら、次の議論、取組みに結び付けていくという趣旨で設定しました。
もともと「生活時間」というテーマを立てたのは、これまでの労働時間問題が、もっぱら職場の問題として議論されて取り組まれ、なおかつ、思うように進まないという状況のなかで、これは生活者、あるいは生活の現場から労働時間問題を採り上げる、つまり「当事者」として発言し、取り組んでいくことがとても重要になっているという認識からでした。過労死・過労鬱の問題、あるいは介護というのっぴきならない課題を抱えている人たちの叫びは、決して少数の人の問題ではなくて、生活に携わっている、あるいは生活支援の運動に携わっている人たちの共通の思いです。今回の労働時間法制に対しても、生活の現場、生活者の立場から発信していくというところに結び付けていきたと考えています。
ただし、ここで言う「生活時間」は、労働時間も含めた生活時間全般ではなくて、「仕事」と「生活」を切り分ける場合の狭義の生活時間ということで今回は採り上げていますので、最初にお断りをしておきます。
(「座談会 いまなぜ生活時間なのか?」労働法律旬報1849号(2015年)6頁より抜粋)
おわりに
●龍井 冒頭でも触れましたが、労働時間問題に対して生活の場から発信していくということは、「労働法制改悪反対」という受身の対応から、「攻め」に転じていくことにつながっていくと思っています。今後の取組み進め方、労働組合の役割などについて一言ずつお願いします。
◆―労働時間のもつ多面的側面を捉えた
法的規制を志向する
●毛塚 今日の議論を通して、生活時間アプローチが労働時間法制をもう一度見直す議論のきっかけになればいいのかと思います。労働時間規制は工場法以来保護法の中心を占めてきたものだけに、労基法の世界からのテイクオフをもとめ私法的規制を含めた統合的規制を提唱することは、多くの人たち、とくに労働組合の皆さんからすると抵抗があるかもしれません。
しかし、サービス経済化と情報技術の発達により、労働時間は私たちの生活をどこまでも侵食しつつあります。しかも、経営側が賃金時間から労働時間規制の形骸化を図ろうしている現在、労働組合の皆さんがその構想力を示すときです。生活時間の確保の観点から労働時間に接近し、労働時間のもつ多面的側面を捉えた法的規制を志向することは、労働組合の意識転換をも求めるものであるだけに容易ではないと思いますが、その先に、新しい労働時間法制の姿がみえるのではないかと思います。今後の議論の展開を楽しみにしています。
◆―生活時間から労働時間にアプローチする
●浅倉 この夏、国会には、労働法分野の二つの法案(労働者派遣法改正案と労働時間法改正案)が出されたわけですが、同時に、日本の未来を決定づけるような安全保障関連法案も提出され、たいへんな攻防がありました。安全保障関連法はその内容が違憲だというだけでなく、手続的にも数多くの問題を残し、まさに日本の立憲主義と民主主義が根本から覆されてしまうという危機感をもたらしました。だからこそ、国会外で多くの市民や学生たちが声を上げ、路上民主主義という言葉が生まれたりしました。私は、この流れのなかに身をおいてみて、労働者が自らの時間の使い方を決めていくことが、日本の民主主義の成熟にとっていかに大切かと確信するようになりました。
職場の外で自分たちの時間を精一杯使いながら、市民として意見表明をし、親しい人をケアし、地域に根ざす運動を行ない、ボランティアをやる。そんな日常が日本社会を豊かにしていくのだと思います。生活時間から労働時間にアプローチするという問題関心を、ぜひ労働組合にも共有して欲しいと思います。
◆―生活時間の意義や法的価値を再検討する
●浜村 今後「かえせ☆生活時間」という観点から労働時間法の再検討を深めるためには、政策論だけではなく、人権や基本権の視点から労働時間を除いた生活時間の意義や法的価値というものを再検討することが必要だと思います。今回の法改正案を批判する基本的視点を獲得し、生活時間を守る新たな時間規制のあり方を構築するうえで不可欠の議論だと思うからです。
繰り返しになりますが、「かえせ☆生活時間」は一人労働者に限られた問題ではなく、その家族や地域社会の共同的利益を守る価値を持っているし、市民としての公共的権利を享受し、その責務を果たすうえでも、公共的価値を担うものです。その意味で、労働時間を規制する規範的契機には多様なものがありますから、そうした視点からいうと労働法にとどまらない国民的課題として突きつけられていると思います。
労働組合も単なる一部のホワイトカラーの問題としてではなく、また残業代問題にとどまらない労働者の生活全体に関わる問題であると同時に、今後の社会のあり方に関わる国民的課題と受け止めて、取り組んでほしいと思います。
●龍井 今日は、これからの生活時間のあり方、そして生活時間確保の取組みに向けてたくさんの問題提起をいただきました。いずれも簡単に結論を出せるものではないかも知れませんが、引き続き議論を深めていきたいと思います。長時間ありがとうございました。