11月11日、WANのミニコミ図書館と上野研究室は「こうして戦争は始まる――孫世代が出会う「銃後の女」」というのブックトークを開催する。「女の戦争加担」という問題を提起して大きな反響を呼んだミニコミ『銃後史ノート』を、現在(いま)を読み解くツールとして活かそうという試みである(https://wan.or.jp/article/show/7456)。 ここに漫画家であり小説家である小林エリカさんが登場する。ふだん漫画をあまり読まない私には初耳の方だ。ミニコミ図書館のメンバーとしてこのイベントの開催にかかわっている私は、急いで図書館に飛んでいった。開架式書棚にあったのは『マダム・キュリーと朝食を』と『親愛なるキティーたちへ』の2冊。

◆2冊の日記
 私の心をわしづかみにしたのは『親愛なる…』だ。表紙を開けると見返しが漆黒でそこに著者が地名を書き入れたと思われるドイツとオランダを中心にした白抜き線描の地図。裏見返しには同様に日本と中国東北部。これが本書の中身を象徴している。

 2009年3月、エリカさんは強制収容所アウシュヴィッツで15歳の命をナチスに奪われたユダヤ人少女アンネの生きた場所と時間をたどる旅に出る。成田を飛び立つ彼女の手には2冊の日記。1冊は彼女が10歳の時に出会った『アンネの日記』。もう1冊は彼女自身の父親の若き日の日記。父親である小林司さんは今、80歳。アンネと同じ年に生まれている。エリカさん、31歳。
 「アンネはユダヤ人の少女だった。私の父は日本人の少年だった。/歴史的な事実を考えると、戦争の中で、彼女は死に追いやられ、彼は間接的に彼女を死に追いやったということになる。/それと同時に、彼女は私が心から尊敬し夢中になったアンネ・フランクであり、彼は愛する私の父小林司だった。」


 書名にあるキティーとはだれか。13歳のアンネが「心の友」と呼んだ日記内の架空の少女だ。キティーに日記を書くことで惨たらしい現実や圧倒的な困難に一人、懸命に立ち向かっていくアンネ。オランダの隠れ家でナチスに捕まる前々日まで書き続けられたこの日記ほど、世界の少女たちに読まれしかし少年にまったく興味を持たれなかった本はないのではないか。  ポーランドの旅行案内も持たずに旅するエリカさんは、重い荷物を引きずりながら反対側の列車に乗ったり、バスに乗り遅れたり、夕闇の中小さなドミトリーを何度も見落としたりしながら、ひたすらアンネのことをおもいながら旅を続ける。
 『アンネの日記』の引用と自分の旅日記、それに父親の日記の3本立てで構成され、時代と場所を縦横無尽に超えて、息をつかせない。時々に挿入されている2011年前後の国際情勢が時代は地続きであることを突き付け、そしてエリカさんの広角の目を感じる。

 ◆アンネを旅する
 アウシュヴィッツ、ビルケナウ、オランダの隠れ家と、エリカさんは目的通り歩みを進める。どこへ行っても形容詞を付けない簡潔な文章とスケッチ。それで十分、収容所やガス室、電流の流れる鉄条網、刈りとられた髪の毛の束、はぎとられた衣服、スーツケースの山が思い浮かぶ。  むき出しの感情の吐露はほとんどないが、旅のはじめに簡素な食事を「貪り食いながら」、エリカさんは憤る。「この時代を生きていた人たちは、こんなにも無惨に人が殺されてゆくのを、どうして平気でみすごすことができたのだろう。/けれどどうして、いま私たちはたった今起きている事態を、誰一人止めることができないのだろう。」こんな怒りに燃えたエリカさんは『銃後史ノート』をどう読んだだろうか。

◆奇想天外な反戦運動
『親愛なるキティーたちへ』が正統派の道を行くエリカさんだとすると、『空爆の日に会いましょう』はリアルな叙述にもかかわらずとってもシュール。
2001年9月11日アメリカへの同時多発テロに発するアメリカのアフガニスタンへの報復戦争が始まったとき、23歳の大学生だったエリカさんはたった一人の反戦活動を始める。それは空爆のあった日には男性の家に泊まり、自宅に帰らないというものだ。泊まってもセックスはしないというのが唯一のルール。134日間、日記が途切れないということは空爆がそれだけ続いたということ。
「とてもとても個人的ではあるけれど、愛するかもしれない誰かが殺したり殺されたりしていることに反対してゆきたいと思うのです。そしてたとえみんなが戦争のことばかりを口にするようになってしまっても、日常の日々を続けてゆきたいと思うのです。」
 日記の形になっていて末尾にデータが付いている。就寝場所、家主(その夜宿を提供してくれた人)との距離(2センチなんていう場合も!)、その夜みた夢、朝食、出来事(ここには必ず空爆の状況、被害状況、殺された人の数が書きとめられている)。


このとてつもなくユニークな反戦活動は彼女のその後の生活あるいは周囲の人々にどんな影響を与えたのだろうか。2017年11月11日、ブックトークの会場で15年後のエリカさんに会ったとき、その回答が得られるだろうか。楽しみだ。

親愛なるキティーたちへ

著者:小林 エリカ

リトル・モア( 2011-06-13 )

空爆の日に会いましょう

著者:小林 エリカ

マガジンハウス( 2002-08-22 )