第3回 南米チリ・サンティアゴ見聞記 

●#私の大統領じゃない
前回のエッセイで取り上げたバチェレ大統領は4年の任期満了を迎え、今月退任します。
それを受けて昨年11月29日には次期大統領選挙が行われました。2010~2014年に大統領を勤めた経験のある保守派ピニェラが圧勝するとの大方の予想を裏切り、いずれの候補も勝利基準となる得票率5割に満たず、12月17日にはピニェラとギジェル(ジャーナリスト出身、バチェレ大統領が所属する「新多数派」から出馬し、バチェレ政権の改革路線を継承)の上位二人による決戦投票にもつれこみました。
当日、テレビはバチェレ大統領や各候補投票の様子を生中継していました。

投票するバチェレ大統領

投票所で支持者との写真撮影に応じるバチェレ大統領

決選投票の結果、次期大統領としてピニェラが選出されました。
ピニェラは実業家出身で、米経済誌『フォーブス』の世界長者番付にも名を連ねるチリ屈指の大富豪。新自由主義者的で市場経済の成長を重視しています。政治的立ち位置は中道右派で、ピノチェト独裁政権を支持する右翼政党と連合「チレ・バモス」を組んでいます。
ちなみに、大統領決定後に、ピニェラが自宅でバチェレと朝食を取りながら会談したのですが、ニュースでこの映像を見た我が家の2歳の息子は、「ここホテル?」と言っていました。チリ有数の高級住宅街のなかの、高級ホテルのような大豪邸なのです。
決戦投票では、ピニェラの得票率が8割以上を超えた州もある一方で、社会保障の充実を訴える中道左派のギジェルが過半数を取った州もありました。Twitter上ではピニェラ支持陣営の使うハッシュタグ#ChileSeSalvó (チリは救われた)と反対陣営の#NoEsMiPresidente(私の大統領じゃない)が、この分断を象徴していました。

選挙後、支持者たちの前で演説するサンチェス。横にいるのが子どもたち 出典:La Tercera:http://www2.latercera.com/noticia/frente-amplio-se-instala-la-tercera-fuerza-politica/

●選挙後の話題をさらったベアトリス・サンチェス
予想に反して決戦投票にもつれこんだ11月の投票後に話題となったのが、新興左派連合「拡大戦線」(Frent Amplio)から立候補したベアトリス・サンチェス。
ギジェルにわずか2ポイントという僅差で3位につけました。
サンチェスは46歳のジャーナリスト。チリの各ラジオ局で20年を超えるキャリアをもち、テレビショーのホストもつとめています。2014年には最優秀テレビジャーナリストに選出、2016年には国立チリ女性ジャーナリスト協会よりラケル・コレア賞(チリ人女性ジャーナリスト ラケル・コレアの名を冠した賞)を授与されるなど、チリでは著名な女性ジャーナリストです。私生活では大学時代からのパートナーとの間に3人の子どもを持つ母親でもあります。
現・元大統領を輩出している左派連合と右派連合の二大勢力にはさまれ、立候補を表明した時点の支持率はわずか4%の泡沫候補でしたが、台風の目となったかたちです。
大統領選挙直後のニュースは、「なぜ拡大戦線・サンチェスが躍進したのか?」でもちきりでした。

●マチスモに対抗するフェミニストとして立候補
サンチェスはフェミニストであることを公言し、大統領候補としてもフェミニスト的政策を提言してきました。
2014年には、バチェレ大統領をはじめとするチリの女性有力政治家、企業家ら8人へのインタビューをまとめた『Poderosas』を出版。マチスモ(ラテンアメリカの男尊女卑文化)が根強い社会のなかで権力を持ってリーダーシップを発揮する彼女たちが現在の地位を築くまでの奮闘をえがいています。
同年、サンチェスはある雑誌に、女性の選択による中絶を支持する意見とともに個人的な経験を告白しました。それは大学でジャーナリズムを学ぶ学生だった19歳の時、予期せぬ妊娠をし、違法に中絶をするか悩んだ末に出産を選んだというもの。
昨今では#METOO運動の支持者でもあり、性暴力とその被害者たちを茶化すような演説をしたピニェラに対して抗議し、「このようなマチスモに対抗するのが、フェミニストとして立候補している理由である」とツイートしています。

●若者の政治運動が既存政治に与えた影響
「拡大戦線」は2017年1月、元学生運動リーダーの男性議員2名によって設立されました(大統領候補を選ぶにあたって、30代前半の彼らは大統領選に挑むには若すぎるため、知名度のあるサンチェスが擁立されたということも、彼女の立候補の経緯のひとつとしてあるようです)。
バチェレ、ギジェルの属する「新多数派」(中道左派)とピニェラの属する「チリ・バモス」(右派)の二大党派政治と決別するために、左派・リベラルや市民運動から生まれた政治的連合です。
大統領選挙と同日に行われた代議院議員選挙では、「拡大戦線」から20人の下院議員、1名の上院議員が選出されました。サンティアゴの隣に位置する湾岸都市バルパライソの市長(1985年生まれの32歳、弁護士)も「拡大戦線」のメンバーです。
第1回投票の得票率をみると、サンチェス20.27%とギジェル22.64%の左派票の合計がピニェラの36.66%を上回っており、決選投票にむけて左派をまとめられれば左派がピニェラに勝てた可能性もあります。しかし、「拡大戦線」はギジェルの応援には回らず、自由投票という方針をとりました。決選投票の得票率はピニェラ54.57%に対し、ギジェル45.43%であり、サンチェスが第一回投票で獲得した票はギジェルへは移行しなかったというのが現地の政治学者らの意見です。
これは同じ左派陣営といっても、「新多数派」と「拡大戦線」は政治的主張にへだたりがあることが理由です。たとえば、サンチェスは中絶は女性の選択であるべきとの主張をもち、チリのすべての女性が等しい条件のもと、衛生的な環境で中絶処置を受けられることを目指しています。「拡大戦線」の大統領候補としても、中絶の完全な非犯罪化を推し進めることを主張しました。それに対してギジェルら「新多数派」は、バチェレ政権の3条件(母体の健康、胎児の生存可能性がない、レイプの場合に限り中絶を許可)を踏襲する方針です(なお、現在、「神の名のもとに」この3条件による中絶手術の実施は行わないと表明する私立病院も出てきている状況です)。
「拡大戦線」自体が、設立してわずか1年という若い組織です。かれらがピニェラ政権下でどのように立ち回り、4年後の次期大統領選挙をどう闘うのか、これからの動きに注目していこうと思います。
ちなみにチリには外国人参政権があり、5年以上の在住者には大統領選挙への投票権もあるのですが、海外在住のチリ人の投票は今回からはじめて可能になりました。