第4回 南米チリ・サンティアゴ見聞記
3月8日は国際女性デー。チリでは8M(8 de marzo;スペイン語で3月8日)と略記されています。
チリ国内でも女性労働者たちへストライキが呼びかけられ、北はアリカ、南はプエルトモンまで、15の都市16か所でマーチが行われました。
今回の「見聞記」では、サンティアゴの8Mマーチの様子をレポートします。
●8Mマーチの起点・イタリア広場
サンティアゴのマーチが始まるのはバケダノ広場(通称イタリア広場)。チリがペルー・ボリビア連合軍に勝利した太平洋戦争(1879~1884)の英雄、マヌエル・バケダノ将軍の像(上の写真の右側後方)が立っています。
なにか大きなイベントが起こるたび、サンティアゴ市民はこの広場に集まります(サッカーの国際試合に勝利したとき、大統領選挙、教育無償化デモ、鉱山事故で生き埋めになった33名が生還したときなど)。
また、マーチが行われたサンティアゴの目抜き通り・アラメダ通りなど複数の大通りが交差するこの広場は、「イタリア広場より上の方」と呼ばれる富裕層の住む東側地区と「下の方」と呼ばれる貧困層の多い西側を分ける、サンティアゴ市内の社会経済的な境目であり、異なる階層のコンタクトゾーンにもなっています。
19時頃、自宅の最寄り駅から地下鉄1号線(サンティアゴには地下鉄1号線~6号線まであります)に乗り、バケダノ駅まで向かいます。
サンティアゴに住み始めて1年と数ヶ月になりますが、夕方から夜にかけて単独行動するのは、実はこれがはじめてです。せっかくのマーチなら一眼レフカメラを持って行きたかったけれど、暗くなる時間帯に治安のあまりよくない辺りで行われるマーチの人混みのなかに行くため、防犯面から最低限の現金とスマホだけを持ち出発。写真は夕暮れにスマホで撮影したため、また引ったくりへの警戒感から急いで撮影していたためにぶれてしまっているものもありますが、ご容赦ください。
現在の与党会派「新多数派」に属する「民主主義のための党」が8Mに向けて「ストライキやマーチに参加したい男性へ→男性のあなたができること12」という記事を公開。
「できることその1:あなたが父親なら、子どもの世話をすること」
このリストを見たわけではないものの、夫が仕事を早めに切り上げ、2歳の子どもの面倒を引き継いでくれたことでマーチに行くことができました。
さて、帰宅ラッシュのサンティアゴメトロは身動きがまったく取れないほどの混みっぷり。東京都心の通勤電車も真っ青です。3月8日には女性に花を贈る習慣があり、一輪のバラの花を手に乗っている女性の姿も見られます。
●サンティアゴのフェミニスタ(フェミニスト)たち
15分ほど満員電車に耐えたのち、バケダノ駅に到着。地下鉄の階段を上って地上へ出ると、人、人、人。
背伸びしてあたりを見回すと、大通りの向こう側に紫の旗を持った集団が見えたので、人混みを泳いで向かいます。
この写真は、前回のエッセイで取り上げた「拡大戦線」のフェミニスタたち。プラカードには「性差別的な教育ではなく、フェミニスタの教育を」。
18時半過ぎ。アラメダ通りは人であふれています。当初、帰宅ラッシュの駅前だからかと思っていましたが、どうやらマーチの見物人のよう。思い思いの場所に陣取っています。
片側4車線の大通りが封鎖され、中央分離帯と広い歩道は見物人や参加者でごったがえしています。見物人や参加者を相手にモヒート(カクテルの一種。チリでは公共の場所で飲酒できないはずなのですが)や軽食売りも商売をはじめています。
19時を過ぎた頃、パレードが始まりました。
まるでカーニバルのような熱気と、楽隊が奏でるラテン音楽のノリのよさ。時折バクチクが炸裂すると(最初はかなりビビりました)、歓声を上げ指笛を吹いて盛り上がります。みな楽しそうです。
左の写真は、制服姿でフェミニスタであることを主張する学生たち。
アラサーともなると、もはや若々しい10代のエネルギーに圧倒されてしまう。彼女たちのパフォーマンスを見て、隣にいた白髪の老婦人のたちがとても嬉しそうにしていたのも印象的でした。
サンティアゴでは女性警察官も多く、男女ペアで行動しているのをよく見ます。
女性警官たちはみな、きっちりまとめたシニヨンに、カーキの制服に映える真っ赤な口紅が印象的。服装規定でもあるのでしょうか。
夕方から夜にかけてのマーチでしたが、赤ちゃんや子どもも大勢参加。肩車されてプラカードを持つ男の子や、ベビーカーにプラカードを付けて歩くお母さんも。
サンティアゴでは夜も赤ちゃんや幼児連れで出掛ける親が多いですが、マーチも例外ではない模様。
子どもでも子連れでも、ごく自然に政治参加する姿がまぶしい。
●日本と異なるフェミニスタのテーマ
「資本主義」「マチスタ(ラテンアメリカの男性優位主義)」「マチスモ(男性優位主義者)」「中絶」「路上で働く女性労働者」「女性殺し」……マーチの中で目に付いたキーワードです。
フェミニスタたちの主張がずいぶん日本と異なると感じました。
たとえば日本であれば女性運動と切り離せない反戦、平和というテーマは見当たりません。
チリのフェミニスタたち―男性も女性も―が闘っているのは、マチスモという価値観。
根深いマチスモが背景にあるとされる「女性殺し」(femicidio/femicido)※への抗議も目立ちました。スローガンはNi Una Menos(「女を誰一人減らすな」)。この言葉はアルゼンチンの女性運動からラテンアメリカ全土へ広まりました。
午後8時半、夕闇が迫るサンティアゴ。
地下鉄駅の出口から、人波は次々押し寄せ、どんどんこれから盛り上がりそうな雰囲気。
祭りのさなかの高揚感に、後ろ髪を引かれる思いで帰路につきました。
※「女殺し」
女性であることを理由に女性が殺される、女性に対するヘイトクライム。
ラテンアメリカではこの「女性殺し」が大きな問題になっており、
チリのニュースでも頻繁にこの単語を目にしますが、
たとえば日本で言う「DV殺人」なども「女性殺し」に該当します。