WAN女性学ジャーナル創刊にあたって―編集委員長のことば

 日本で女性学が生まれて、すでに40年以上が経ちます。既成のアカデミズムの世界に、女性の視点で切り込み、近代社会の原理そのものを問う学問として、女性学は多くの成果をあげてきました。女性学は、各学問分野の内部で、既成の概念を問い直すだけでなく、学問の専門分化のありかた自体にも疑問を投げかけてきました。女性学の必要性はまだまだ無くなっておらず、フェミニズムの世代交代と情報技術の変化に伴って、私たちは、WANサイトの一角に女性学ジャーナルを立ち上げることにしました。原稿はリサーチ(研究)、アクション(活動)、カルチャー(文化)の3領域とし、運動や文化を含めた女性(もしくは性別二元制に違和感をもつ人々)からの情報発信をめざします。

 ウェブジャーナルの特性を最大限生かして、応募は随時、ブログやSNSに発表されたものの転載も可、またすぐれた卒論や修士論文も、指導教員等の推薦があればどしどし掲載していきたいと考えています。
投稿原稿は編集委員会で回覧し、採用するか否かを判断します。第1期の編集委員は、井上輝子(編集委員長)、上野千鶴子、江原由美子、千田有紀、虎岩朋加の5名です。
編集委員会を支えるスタッフとして3名の編集局員がおり、編集委員と共に編集部を構成しています。
原稿の採用が決定した場合には、コメンタリーボードからのコメント付きでWANサイトに掲載されます。今コメンタリーボードに登録してくださっているのは、赤石千衣子、浅倉むつ子、阿部裕子、雨宮処凛、池川玲子、伊藤公雄、伊藤比呂美、戒能民江、加納実紀代、川上未映子、小林富久子、斎藤美奈子、治部れんげ、信田さよ子、林香里、増原裕子、米田佐代子の皆さんです。

  このような仕組みをつくりつつ、約1年間の準備期間を経て、このたびようやく創刊にこぎつけました。今回掲載するのは、アトピー性皮膚炎の原因を母の責任に帰す言説を分析した卒業論文、フェミニズムによって性的虐待のトラウマからサバイブした経験を語った当事者研究、日本文学の研究者である著者と、日本人の英米文学研究者であった竹村和子さんとの友情ある対話から生まれた省察の3作品です。書き手の年齢や性別、採り上げたテーマや作風も多様ですが、いずれもよく考えられ、練り上げられた素晴らしい作品です。

 創刊号にこの3点をそろえることができたのは、編集部一同の喜びです。女性が女性を女性のために研究する女性学は、もともと「当事者研究」のパイオニアでした。わけてもことばになってこなかった性虐待や性暴力被害を、生き延びるために言語化しようとしたサバイバーの当事者研究は、WAN女性学ジャーナルが力を入れたい分野の一つです。またWAN女性学ジャーナルが国境のうちに閉じないために、翻訳論文を掲載することで言語を超えることもめざしました。翻訳に当たっては、すぐれた英文学者から無償の協力を得ることもできました。

 実は作品によっては、出版社から、翻訳や引用の許諾を得ることが必要なものもあり、出版社からの返事を待つ間、不安に駆られた時期もありましたが、おかげさまで、いずれもクリアできたので、うれしさ百倍です。
各作品の内容に応じて、コメンタリーボードの方々にコメントをお願いしたところ、どなたもすぐに喜んで引き受けて下さり、しかも、それぞれ、魅力的なコメントを送って下さいました。これらのコメントは、各執筆者への励ましになるだけでなく、読者を掲載作品に誘う招待状にもなっていると思います。コメントをお寄せくださった皆さんに、深く感謝申し上げます。

 ここに掲載された作品を読んで、勇気づけられる人、逆に疑問を感じる人、フェミニズムに興味をもち始める人など、様々な読み方があるでしょうし、私も書いてみようかなと思う人もいるかもしれません。このジャーナルを、議論の材料として、あるいは自分の思索のきっかけとして、大いに活用してください。このジャーナルが、若い世代による、女性学の新たな展開に寄与できることを期待しています。

  2018年5月            創刊号編集委員長 井上輝子




第二期編集委員紹介


第二期編集委員長

江原由美子(えはら ゆみこ)
1952年横浜生まれ。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授 日本学術会議連携会員。主な著書・著作、『ジェンダーの社会学入門』(共著、岩波書店、2008)、『ジェンダーと社会理論』(共編著、有斐閣、2006)、『ジェンダー秩序』(勁草書房、2001)など。

菅野勝男撮影




上野千鶴子(うえの ちづこ)
1948年生まれ。平安女学院短期大学、京都精華大学、東京大学大学院等を経て現在東京大学名誉教授。女性学・ジェンダー研究のパイオニア世代。セクシュアリティやケアにも関心が。WANには設立から関わって、現在3代目理事長。ウェブジャーナルを作るのは当初からの夢でした。著書に『家父長制と資本制』『差異の政治学』『生き延びるための思想』(以上岩波書店)『ナショナリズムとジェンダー』(青土社)『<おんな>の思想』(集英社インターナショナル)『女ぎらい』(紀伊國屋書店)『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)『ケアの社会学』(太田出版)など多数。

大沢真理(おおさわ まり)
東京大学名誉教授、経済学博士(東京大学)、東京大学社会科学研究所にて2018年度まで教授。専攻は社会政策の比較ジェンダー分析。ベルリン自由大学、ボッフム大学、アジア工科大学院大学などで客員を務める。2015-17年度に社会科学研究所長、2018年度に東京大学大学執行役副学長。著書に、Social Security in Contemporary Japan, Routledge /University of Tokyo Series 2011.『生活保障のガバナンス』有斐閣、 2013年。編著に『災害・減災と男女共同参画:2019年2月1日 第30回社研シンポの要旨;「2017年度女性・地域住民から見た防災・災害 リスク削減策に関する調査」報告』社会科学研究所研究シリーズ第66号、2019年3月。共著に『日本のオルタナティブ 壊れた社会を再生させる18の提言』岩波書店、2020年3月。




海妻径子(かいづま けいこ)
1968年広島生まれ岩手育ちで進学のため上京。もう戻ることはない…と思っていた岩手で大学教員をしています。手法としては歴史社会学を主にしていますが、男性性研究に関心があり、「男性労働」や「女性保守(極右)」をめぐる分析をしています。著書『近代日本の父性論とジェンダー・ポリティクス』(作品社)、『ゆらぐ親密圏とフェミニズム』(コモンズ)、他。

庄司洋子(しょうじ ようこ)
1942年東京生まれ。東京都民生局(現・福祉保健局)在職中に休職して1975年~1977年に米国大学院に留学。当時のアメリカン・フェミニズムに大きな刺激を受ける。帰国・復職ののち、1980年から日本社会事業大学教員に転じて、家族社会学・福祉社会学分野の教育・研究にかかわる。その後、1990年から2007年まで立教大学社会学部教員を経て、立教大学名誉教授。現在は、NPO学生支援ハウスようこそ理事長として、社会的養護出身の女子学生(大学・専門学校等)の支援活動中。著書に、『現代家族のルネサンス』(共著、青木書店、1992)、「貧困・不平等と社会福祉』(共編著、有斐閣、1997)、『ドメスティック・バイオレンンス 日本・韓国比較研究』(共編著、明石書店、2003)ほか。




千田有紀(せんだ ゆき)
1968年大阪生まれ。武蔵大学教授。大学時代は「フェミニズムなんて学問じゃない」と言われていたのに、いまや大学で「ジェンダーの社会学」を担当しているとは隔世の感があると感じいる社会学者。著書に『女性学/男性学』(岩波書店)、『日本型近代家族―どこから来て、どこへ行くのか』(勁草書房)、『ジェンダー論をつかむ』(有斐閣、共著)など。

竹信三恵子(たけのぶ みえこ)
ジャーナリスト。朝日新聞編集委員兼論説委員、和光大学教授などを経て、2019年から同大名誉教授。2009年、非正規労働をめぐる先駆的報道活動に対し貧困ジャーナリズム大賞。ジェンダー視点からの労働・貧困・格差報道を続けてきた。
著書に『日本株式会社の女たち』(朝日新聞社、1994)、『女の人生選び』(はまの出版、1999)、『ワークシェアリングの実像』(岩波書店、2002)、『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書、 2009、労働ペンクラブ賞)、『女性を活用する国、しない国』(岩波ブックレット、2010)、『ミボージン日記』(岩波書店、2010)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書、2012)、『家事労働ハラスメント』(岩波新書、2013)、『ピケティ入門』(金曜日 2014)、『正社員消滅』(朝日新書、2017)、『企業ファースト化する日本』(岩波書店、2019)、『10代から考える生き方選び』(岩波ジュニア新書、2020)など。共著として『災害支援に女性の視点を!』(岩波ブックレット、2012)など。