新鮮な魚が漁港直送で届く。新鮮この上ない魚が手に入ると人が押し寄せる福岡県宗像市「道の駅 むなかた」。魚売り場の担当が伊藤美幸さん。彼女は、近海で獲れる魚ばかりか、漁師さんの顔から漁法まで熟知し魚を店頭に並べる。鮮度がいいと消費者からも、魚を扱う飲食店からも大好評。それだけではない。漁師が直接価格をつけて獲れた魚を出せる。それまで価格のつかなかった魚も売れるようになり、漁師の所得向上にもつながったことが、地域の大きな力になった。消費者にも漁師にとっても良好なウィンウィンの関係が生まれた。こんな魚売り場は、全国でも稀有に違いない。

売り場に立つ伊藤美幸さん


年間に訪れる人はなんと170万人
 福岡県宗像市「道の駅むなかた」は、鐘崎(かねざき)、神湊(こうのみなと)、大島、地島(じのしま)の4つの漁港の漁師の魚が直接届き、その鮮度のよさ、多彩な魚が並ぶことで群を抜いた人気となっている。朝9時00分の開店と同時に人が押し掛ける(註:9:00開店1~5月。10月~11月。8:30開店6月~9月)。
人が混み合い、飛ぶように魚が売れる。年間動員は170万人。売り上げは約20億円。九州管内ではトップクラスの道の駅だ。宗像市は人口約9万6千人だから、その17倍以上の人が来ていることとなる。
 すぐ目の前は海、周辺は田園と山々が広がる。福岡の中心、博多駅からは車で1時間ちょっと。周辺を見回しても団地や住宅街などまったく見当たらない。どこから人が来るのというようなところ。「道の駅むなかた」にやってくる多くは、市外や県外の人たち。車やバスやタクシーを使って訪れる。新鮮な魚、そして農家から直接届く野菜に魅了されてのことだ。

売り場に登場する魚は年間200種類
 売り場の魚を担当するのが伊藤美幸さん。年間に売り場に登場する魚は、なんと200種類。出品する鮮魚を出す漁師は110名、干し物・瓶詰など加工品を出すのは130名。伊藤さんは、すべて頭に入っているというからすごい。
 売り場では、伊藤さんが、どの漁港から、どんな魚が入ったか、大きな声で、お客さんにアピールもする。ここの魚売り場、一般のスーパーのような魚の売り方とはまったく異なる。多くの魚は、魚を獲った漁師が、直接パックにして持ち込むのである。

 「売り場には魚を並べないといけないので、あそこは漁をしているとか、あそこがブリを何本持っているとか、漁師さんと掛け合ったりするんです。漁師さんからも電話があります。『今、こんな魚が採れたけどどうする? 売らんかったら市場に出す』とかね。いや、こっちに出してください。売ります!って。漁師さんからは時間を問わずに電話があります。朝の5時、6時。どうかすると夜中にもある。魚が入ってきたら、当然、売っていかないといけないから、ここから私たちスタッフの力。魚が多くても少なくても、私たちの世界は売ってなんぼなので、その仕組みを考えるのが私たちの仕事です」

漁師が自分でとった魚の価格をつけることで所得があがる
 「道の駅むなかた」のすぐ近くの漁港、鐘崎、神湊からは、直接、漁師が魚を運んでくる。海に浮かぶ離島、大島、地島からは、船で、それぞれの漁師の魚が発砲スチロールボックスに入れられて届く。

 「大島、地島からは渡船で届く。ボックスに番号が振ってある。この番号の漁師さんは、どういう魚を獲っているとか、インプットしているんです。この漁師さんは、今ならカワハギ、この人なら真鯛が入っているだろうとか、それを考えながら売り場に振り分けていく。鐘崎、神湊は、すぐ近くなので漁船が、どんな魚を持ってくるだろうと、頭において、獲れた魚を、どこに置くと指示をだしていくんです。同じ魚種は集めておくんです」
 

 魚のパックにはバーコードがついている。バーコードは個人別になっていて、レジのPOSで読み取り、売り上げは、個人個人に振り分けられる。バックヤードには、バーコードを打ち出す機械がおいてあり、漁師は、自分たちの魚に価格をつけて売るのである。つまり、いままでのように市場に出して、そこで価格がきまっていたものが、漁師自ら価格をつけることができる仕組みだ。これによって、それまで、市場に出せなかった少量の魚や値段のつかなかった魚も販売ができるようになった。それによって、道の駅だけで、年間1000万円の売り上げをあげる人が40名も出た。

 「売り場は、その日、その日で、お客さんの流れが違うんです。メインケースがあって、動きの悪い魚は動かして、回転をしていくように場を変えたりするんです。今日は、メジナが売れている。カワハギが売れている。それもウマヅラハギだとか。ヒラメ、イサキが上がっている。とか見ながらお勧めをしていく。どうしても知名度の高い魚が売れていく。その魚をメインに、ほかの魚を紹介して、お客さまに、おいしさを知っていただくようにしています。
 たとえば、タカハナダイ。これ漁師さんは地元ではキコリと言う。ウロコが固い。これがシーズンものは美味しいんです。私たちもウロコをとるのに泣かされるような魚ですけど、季節の美味しさを強調して売っていきます。今、歯ごたえがあって美味しい。一回、お客さまに試してみてくださいと、試食をしてもらったり、POPをつけたり、レシピも含めて紹介をしていくんです。」  

 
大ヒット商品海藻のアカモクは年間6万個が売れた!
 あらかじめPOPがあるものは、それを出す。ないものは手書きで書く。加工品を作ってもらうものもある。それが一番忙しい。   

超ヒット商品「あかもく」

 加工品のなかでヒットしたものがある。

「アカモク(海藻)。去年6万個くらい売れた。これは道の駅でもトップクラスではないでしょうか。大島でしか作っていなかった。それを呼びかけてほかでも作ってもうらようになった。健康にいいとNHKで取り上げられたこともあり、すごく売れています。  それと塩蔵ワカメ。地島ものがすごい人気。地島でもワカメを採る場所が限定されている特別の献上のしワカメで、知名度が高いんです」

 加工品の表示確認も伊藤さんたちの仕事だ。

「加工の袋、表示の確認もあります。加工表示が難しい。表示検定の資格も取りました。加工の材料に間違いがあってはいけませんから。表示偽装があってはならない。『道の駅むなかた』は、間違いのないものを売っていくんだと、出品者に自分の思いを伝えるようにしています」  

 出品者の鮮魚と加工の部会が、それぞれあり、そこで売り方や出品の仕方など協議される。鮮魚部会は年間4〜5回。加工は年2~3回実施される。そこで、より消費者に、きちんとものが伝わるように調整がされるわけだ。

 「生ワカメは、その日限りで販売をしています。茹でワカメは、3日間の販売にしていた。とこが次の日にも茹でワカメが入ると、前日のが売れない。そこで、茹でワカメも当日限りの販売にすることにしました。あとは、地島とか大島とかの魚は渡船で箱で届く。箱には出品者のコードがついている。それを間違いのないようルールを決めたり。間違うと、ほかの人の売り上げが、別の人のところにいったりしますので、しっかりルールを作っておかないといけない。」

食品のプロがマネジメントを手掛ける
 「道の駅むなかた」の売り場の責任者は、食品のベテランが担当をしている。伊藤さんの上司だった初代館長は、スーパーでの売り場経験のあった方だった。前館長が定年退職をしたあとを受けついだのは、やはり食品売り場の経歴を持つ営業部長・工藤達哉さん。食のプロが全体のマネジメントを担当している。

「今年は、前館長さんに代わって工藤部長になりました。いろんな経験があるやり手の方。年齢も発想も若い。幅広い見識の持ち主で、意見をやり取りし、売り場を作っていきます」 

 伊藤さんの仕事は、売り場のイベントにも大きなかかわりをもっている。

「飾りのあるPOPを提案して、それを担当の方に制作してもらいます。隣の売り場が野菜や果実。3月17日から4月にかけてイチゴ祭りがあると長蛇の列になる。その準備を手伝ったり。今年の4月21日には、横に『おみやげ館』がオープンしました。今年の4月で『道の駅むなかた』が10周年なので、ガラポンくじのイベントもある。その景品の準備もある。早め早めにしないと間に合わない。結局、パッパッと手際よくしていかないと間に合わない。どんなことをするのか企画内容を上司に伝えることもしなければなりません。」

農家直送の新鮮な野菜・果実が並ぶのも人気の理由だ


漁師、魚種、漁法を知るところからスタート
 伊藤美幸さんは1964年、宗像市の山の手の南郷生まれ。3人の娘を育てた。今は、3番目の娘と孫の3人家族。今の仕事の前に離婚をした。それまでレストランで働いていた。調理師免許はもっていた。
 「道の駅むなかた」は2013オープン。宗像農業協同組合・宗像市商工会・宗像漁業協同組合・宗像観光協会・宗像市の5団体が出資して設立されたものだ。開設にあたりスタッフの公募があり、伊藤さんは応募をした。

「応募要項の希望には5つあって、職員、事務員、レジとかあって、5番目に水産・加工となっていた。第一希望は職員でした。通知があって市で面接があり、その後、採用になったのが5番目の水産・加工だったんです。調理ができるということが理由だったんでしょうね。えっ!と、思った。レストランの前に、スーパーにも2年くらいの経験があった、魚のパック詰めくらいはできたので、そんなこともあって、水産加工に決まったんでしょうね。」

 最初は5、6時間のパートとしての委託契約だった。ところが実際に現場に入ってみると3名の配属。魚のさばける人は一人だった。

「立ち上げからやるんですが、右も左もわからない。そもそも時間が足りない。それで、すぐに社会保険付きのパートになった。あとは自分でやってというので、毎日が戦いでした。できたばかりで、魚をさばく加工場の床に水がたまったり、その窓から匂いがでたりと、清掃だけでも大変だった。衛生面も大切ですから、朝から煮沸消毒をしていくとか話し合って清掃も徹底してやりました。うちの加工場が出品者の見本になるようなところでないといけない、お客さんの信用をなくすという思いでした。当時は、魚をさばくので手いっぱいでした。それから徐々に、漁師さんが売り場にもお見えになるようになりました」

   そもそも魚の種類がたくさんある。それらを知ることから始まった。

「魚の名前がわからない。本格的な勉強をせないかんと思った。なかには毒をもつ魚がいる。それが売り場に出たら大変なことになる。あってはならない。それと魚の標準和名を表記すること。きちんとした名前をださないとお客さまにわからない。標準和名に切り替えましょうと。
 カサゴは、こちらではアラカブと言っている。標準和名はカサゴなんです。それもアヤメカサゴ、フサカサゴといろいろある。剣に刺し毒のあるものは、それを除去してくださいとお願いします。オニカサゴ、オゴゼ、アイゴ(バリと呼ばれる)など。アイゴは、内臓をとらないと身に毒素が移っていく。食べられるように除去してくださいと話します。
 勉強しましたよ。本とかね、休みに図書館に行くとか、本屋で魚の本を買ったりね。福岡県海洋技術センターがあります。こういう魚を調べてくださいと問い合わせたりしました。センターの方は、各漁業を回わられているので、とても詳しい。わからない魚はとっておいて調べてもらう。寄生虫が増えているが、なんでそうなっているのかとか。それは、もしお客さんに質問が出たら、明確な返事を伝える必要があるからです。
 それから福岡県立水産高校にも行きました。この魚なんですか?とかね。最初のころは、魚を出していいのかわからないものもある。先生に訊くと、『この本を買ったらいいよ』とか教えてもらったり、養殖をしている魚をみせてもらったりもしました。」

 そして、初期のころ、いちばん大切にしたことは、漁師を知るということだった。

「最初は、漁師さんや漁法を知ることでした。機会があれば、船に乗せてもらう。これは、地方の番組が、結構取り上げてくれて撮影がある。それに立ち合い、生け簀とか漁港や、漁業の取材があって、それに立ち会ったんです。漁師さんに知ってもらい、魚のことが分かるまでに3、4年はかかりましたね」

毎年、目標を立てて販売のプロを目指す
 今では、伊藤さんは、若いスタッフに、それまでの経験を伝える立場にもある。

「スタッフに言うのは、うちらは売ってなんぼの世界。ここから先が私たちの出番。そこから漁師さんの売り上げを出せるか。そこが給料なんだと。それをやらんと給料あげてと言えんやろと。その感じでスタッフには言ってますね。私たちが魚を獲りきるわけでもない。漁師さんは魚獲りのプロなら、私たちは販売のプロを目指していこうと。そうありたいと。それが夢ですね」

 伊藤さんは、毎年、毎年、次の夢に向かって、目標を立ててきたという。そんななかで、3年目にフグの調理免許を取得した。

「入社して3年目にフグの免許を取りました。というのは、フグがあがるんですが、基本的にフグの免許を持っていないと出品ができないんですよ。それでフグの免許のない漁師さんのためにも、なにか役にたつのではないかと免許を取りにいった。漁師さんと一緒に免許を取りに行ったんです。13名くらいの漁師さんが免許を取得したんではないですかね。なかには免許を取得するのに4、5年頑張った方もいました」

 漁師がフグの調理師免許を取ったことで、自らフグを出品できるようになり、同時に漁師の所得が大きくあがったという。それまでは、フグは市場に出されていて、漁師が直接売ることはできなかったのである。

「フグは日本近海で獲れるもので50種類もある。そのうち食べることができるものだけでも22種類もある。それも身を食べられるとか、皮は食べてはだめとか、白子はだめとか、肝は全部だめです。いろいろフグの22種類の規定があるんです。県で決められている。こんなことがありました。漁師さんが、調理してパックにしたフグに尻尾がついていた。それは見た目を考えてのことでしょう。尻尾を切り落とすより、形を考えてのことでしょう。でも、そのフグは、皮を食べてはいけないフグ。それで、尻尾を切り落としてくださいと話ししました。実際、ほかの直売所で尻尾のついたフグが出て、大きく取り上げられて指摘されたことがあった。
 うちの『道の駅むなかた』ではあってはならない。お客さまに害を与えてはいけませんから」
(ふぐの取り扱いと種類:福岡市)
http://www.city.fukuoka.lg.jp/hofuku/shokuhin/life/sijounosyoku/005.html

希望があれば魚をおろしてくれる。

専任スタッフもいて、これが大好評。

 
 漁師から出てくる魚で、3kg以上のものは、加工室があって、そこでさばいて売り場に出す。漁師が獲った魚のひとりひとりの伝票がついている。それがだれの魚であるかきちんと把握をしておく必要もある。また、値段がついてなくて「おまかせ」というのもある。それは漁師が自分で値段をつけかねた魚で、その場合、伊藤さんたちが市場の価格も勘案しながら、漁師も売り場もきちんと利益がでるように配慮した価格をつける。それも伊藤さんの仕事だ。

「私、漁師さんからもたくさん学びました。よく電話もします。漁師さんがいちばん詳しいですから。この魚、どの時期がいちばんおいしいのとか。今、市場では、どのくらいの値段がついているのとか。相場は変動するので、それを勘案しながら、ちゃんと利益がでる価格を、うちでつけなきゃならない。パック代とか人件費もかかりますからね。
 夕方船が出て、翌朝帰ってくる船もある。船の水槽で魚が泳いでいる。それを、そのまま、持ってくると今日は多い。少し泳がせて、今日は、30本だけ入れてとか、そういう調整もすることがあるんです」

 毎年、目標を立ててきたという伊藤さん。キャリアを積むためにも、これまで調理師免許、フグ処理師、食品表示初級、日本さかな検定(とと検定)2級の資格も取った。

「今年の目標は、スタッフをもっと育てたい。自分の勉強したことを教え、どんどん若い人に伝えたい。あと食品表示、とと検定も上を目指したいです。」

 「道の駅むなかた」には優れた広報誌がある。『My道』(まいど)というフリーペーパーだ。四季ごとに年間4回発行される。これには農産物が年2回、海産物が年2回紹介される。海産物では、漁師、漁法、食べ方まで詳細に取り上げられる。この海産物や人選を考えるのも伊藤さんの仕事だ。毎回2万部が発行される。これはマスコミにも配布される。そのことで、大きな宣伝効果を発揮している。旬と人を伝える現場レポート。それが、大きな発信力をもっている。地域の営み、魚や、その環境までわかってこそできる広報活動だ。そのことも、人を魅了する力になっている。

My道



◆「道の駅 むなかた」
http://www.michinoekimunakata.co.jp/

◆『My道』 バックナンバー
 http://www.michinoekimunakata.co.jp/publics/index/24/