
さびしげな横顔がとても美しい。年を重ねてもなお。
女優エレーヌ・ヴァンサンが演じる主人公イヴェット。
彼女は治る見込みのない末期脳腫瘍を患い、
スイスでの安楽死(本人の意志に基づき介助されて死ぬこと=介助自殺)を希望している。
そんな時、折り合いが悪い48歳の一人息子アランが刑期を終えて彼女の家に転がり込んでくる。トラック運転手だったが麻薬を運んだ罪で服役していたのだ。住み処や職探し、一歩踏み込んだ恋愛もうまくいかないアランは自分の人生で手一杯。とてもいらだっている。母イヴェットが不治の病であり安楽死を望んでいることを知り動揺はしているものの、いたわるどころかささいなことで激しくぶつかり傷つける。とまどい、受け入れる余裕がないのだ。

イヴェットは放射線治療のための通院で治療中にもかかわらず、一人暮らしでも秩序正しく、気丈に日々生活している。部屋を隅々までキレイに拭き上げ、水色のリネンでベッドメイクもキチンとこなし、タオルにまでアイロンをかける。寝る前には顔も磨き、ヘアスタイルもキチンと、水色の服を好んで身だしなみを整える。身の回りのものには水色が多い。ステファヌ・ブリゼ監督は彼女の潔癖さ、あるいは冷静さを水色で表現しているのだろうか。エレーヌ・ヴァンサンは、自他ともに厳しく、神経質なまでにキレイ好きなイヴェットをとてもうまく演じている。
死を身近に感じながらも、ここまで自分を律することができるとは!
生来の性格もあるにせよ、すごいことだ。
若い頃からの生活態度・生き方の延長線上に、「老い」そして「死」があることに、
私は今さらながら気付かされた。
自分の生活を省みてみると、家族が不在でひとりの時、ついだらしなくなってしまいがち。
イヴェットのように、とはいかないまでも、老いてもなおキチンと生活したい。
今からそのように、ていねいに暮らすよう、心して習慣づけていかなくては。
映画に出てくる「安楽死(介助自殺)のクリニック」はスイスのVaud郡で2011年に合法化された。
ステファヌ・ブリゼ監督は、
自分の死ぬ日を決めた末期がんの男性のドキュメンタリ-を観て、この映画を撮ろうと思ったそうだ。
主人公が女性の場合、男性の場合で描かれるストーリーは
どんな風に変わるのだろうか。それとも変わらないのか。
興味がある。
合法的安楽死がどのように契約され、安楽死協会の人との面接ではどのようなことが質問されるのか。
実際に安楽死はどのような施設・雰囲気で行われるのか。
この作品ではそれらを丁寧に再現している。
原題は「春の数時間」Quelques heures de printemps
フランスの自宅からスイスの安楽死クリニックまで息子アランの車で向かう間、
イヴェットの表情は穏やかでアランとのドライブを楽しんでいるようにもみえる。
それに続く切ない最後の時間。
だが、どこか温かい感じが胸に広がる。
『母の身終い』はドキュメンタリーとヒューマンドラマがうまく融合された作品といえよう。
2018年現在、安楽死(介助自殺)は日本では合法化されていないが、
今後、議論の必要が高まっていく可能性もある。
この映画は安楽死について、自分なりに考えるきっかけになるかもしれない。
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2012年フランス108分
【監督】ステファヌ・ブリゼ『愛されるために、ここにいる』2005 『ティエリー・トグルドーの憂鬱』2015
【脚本】フローレンス・ヴィニョン/ステファヌ・ブリゼ
【出演】
アラン役:ヴァンサン・ランドン『ティエリー・トグルドーの憂鬱』2015 『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』2017
イヴェット役:エレーヌ・ヴァンサン 『ぼくのバラ色の人生』1997
クレメンス役:エマニュエル・セニエ 『潜水服は蝶の夢を見る』2007 『告白小説、その結末』2018
ラルエット役:オリヴィエ・ペリエ 『神々と男たち』2010
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この映画と出会うきっかけとなったのは、上野千鶴子著『映画から見える世界―観なくても楽しめる、ちづこ流シネマガイド』(2014年3月15日 第三書館)だった。私がとても尊敬している方から「映画ファンでいらっしゃるご様子」とのメッセージとともに『映画から見える世界』をいただいた。この本の中に上野千鶴子さんがお書きになった『母の身終い』評が収められている。
社会学者としての視点と「かくれたシネマフリーク」としての視点から描かれる映画評。「このような視点があったのか」という驚き、そして私の心に浮かんだことを明快な言葉として読める快感、とを堪能した。8つのコラム「ちづこ流映画の観方・娯しみ方」も興味深く、必読。この本に収録されている「まだ見ていない映画をみたくなること」そして「見たことがある映画さえも再度みたくなること」うけあいである。
(さつまかおり)
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