
本書は、岩手においてフェミニズムの視点から活動してきた詩人・小原麗子さん(1935年生まれ)と文筆家・石川純子さん(1942年生まれ)、そして小原さんが主宰する麗ら舎読書会(岩手県北上市)に着目し、戦後の岩手におけるフェミニズムの思想と活動の内実を明らかにするとともに、それらを日本女性運動史・フェミニズム思想史のなかに定位することを目指している。
足掛け8年近くにわたって実施した小原さんたちへのライフストーリー・インタビューと、彼女たちが記してきた詩や生活記録の分析、そして私自身が会員として参加するなかで行ってきた参与観察から、岩手の〈おなご〉たちのフェミニズム―〈化外〉のフェミニズム―のありように迫った。
昭和の末生まれの私は、多くの麗ら舎読書会会員たちにとって孫の世代だ。
〈化外〉の風土において、祖母の世代にあたる〈おなご〉たちはどのように生きてきたのだろうか。東北の農村の女性というステレオタイプを覆すようなその生きざまを、現代の視点から記述したい――本書は東北・〈化外〉の〈おなご〉たちの声を通じて、新しい日本女性運動史を描く試みでもある。
本書のキーワードのひとつが、石川純子さんへのインタビューの中で出合った「化外(けがい)」という言葉である。「国家の統治の外部」という意味をもち、かつて東北に対する蔑称であったこの言葉だが、岩手においては「化外」を自称としてひきうけ、「中央」に対峙する立脚点とする言説が存在する。この「化外」という視座がいかに岩手のフェミニズム思想と関わってくるのかという点が本書の課題のひとつである。
そして、もうひとつのキーワードが「おなご」。岩手のフェミズムのなかでは、女性、婦人、女でもなく、「おなご」という言葉が用いられる。フェミニズム運動にとって、女性たちが自らを何と呼ぶのかは、その運動の持つジェンダー観を表明する政治的行為になる。2007年に大学院修士課程にて岩手のフェミニズムを研究しはじめた当初より、私は岩手出身の「おなご」のひとりとして、この言葉にこだわってきた。
岩手のフェミニズムにおいてこの言葉の持つ意味については本書第5章で考察する。

麗ら舎読書会の小正月行事「おなご正月」にて、 みずき団子の前に立つ小原麗子さん(左)と石川純子さん(撮影 児玉智江さん)
本書のもととなった研究は、リブの代表的雑誌のひとつである『女・エロス』に掲載された、石川純子のエッセイ(東北の方言が使われていた)と偶然出合ったことで始まった。
大学院へ進学した当初、東北地方におけるリブを研究したいという私の試みを話すと、研究者たちからの、「東北にリブやフェミニズムがあった/あるの?」という“素朴な疑問”に出くわした。
フェミニズムやリブという“進歩的”あるいは“急進的”な女性運動と、“後進的”で“保守的”な東北/東北人のイメージがマッチしないからだろうか。
しかし、本書で詳述するようにリブやフェミニズムに共感し、行動を起こした女性は東北地方にも存在し、地域に立脚しながら、独自の思想を作り上げてきた。
これまで日本のフェミニズムは東京を中心とする都市部の運動と見なされ、「封建的」で旧弊が支配する「後進地」とされてきた東北におけるフェミニズムの動きはほとんど明らかになってこなかった。
東北で展開したフェミニズムの動きに迫ることは、日本のフェミニズムの全体像を明らかにすることにもつながるだろう。
**目次**
序章 東北・〈おなご〉たちのフェミニズムを求めて
第1章 小原麗子の思想と活動の展開―青年団運動と生活記録運動を中心に
第2章 「女の原型」を夢見て―石川純子「孕みの思想」を軸として
第3章 麗ら舎の〈おなご〉たち―エンパワーメントの視点から
第4章 千三忌から見る〈おなご〉たちと戦争
第5章 〈化外〉のフェミニズムを拓く
終章 本書のまとめと今後の展望―中央/辺境の二項対立を越えて
第1章から第4章においては、小原麗子さんらが力点を置いて取り組んできた「生活記録」、「女性の経験の言語化」、「女性のための場の構築」、そして「戦争」というテーマを取り上げている。
第5章においては4章までの議論をふまえ、思想と活動の連関から岩手の〈おなご〉たちのフェミニズムの内実を明らかにし、〈化外〉のフェミニズムとして日本のフェミニズム史のなかに定位する。終章においては本書の結論と今後の展望について述べている。
9月3日にはWAN上野ゼミ&WANミニコミ図書館共催の書評セッションで本書が取り上げられる。
コメンテーターには、『おらおらでひとりいぐも』で文藝賞、芥川賞を受賞された岩手出身の若竹千佐子さんと、『もうひとつの占領―セックスというコンタクト・ゾーンから』を出版されたジェンダー論研究者の茶園敏美さんをお迎えする。
〈おなご〉たちによる〈化外〉のフェミニズムは、当地の社会文化的背景を土壌に内発した、いわば土着のフェミニズムであり、一般的に想像されるように「中央(東京)」から「輸入」されたものではない。しかし、同時に地域のなかに閉鎖されたものでもない。
「中央」の女たちのフェミニズムからも知見を吸収してきた。そして今度は〈おなご〉たちのフェミニズムが「中央」のフェミニズムを大いに触発してほしい。本書がそのきっかけとなることを願っている。(著者 柳原恵)
*加納実紀代さんの本書についての書評が「イチオシ」コーナーに掲載されています。ぜひこちらもご覧ください。
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