西村直子さんは、害獣として駆除され、捨てられるばかりの鹿、イノシシなどのジビエ利用のエキスパートを育成するため、高知県香美市で「ジビエ ビジネス アカデミー」を立ち上げた。調理法、商品開発、マーケティングをアドバイスし、出張講師で全国を飛び回る。
 西村さんはこれに先立ち、3年間限定でジビエ専門レストラン「ヌックスキッチン」を営んで大成功、地元で惜しまれながら店をたたんだ。それによってジビエ料理がビジネスとして成立することを証明し、今も、民泊設備も作って海外からもお客がやって来ることを示している。
 ジビエ料理の価値とすばらしさを多くの人に知ってもらうために多忙を極めてきた彼女の最近の夢は、年の半分を海外で過ごすこととジビエの料理本を出すこと。

◆ジビエの専門家としてアドバイザーとして活動
 西村さんは高知出身。20歳から海外にでかけ訪ねた国は60か国にものぼる。海外移住を目指し26歳のときに調理師免許を取得、ニュージーランドに渡りレストラン勤務や料理講師をしながら永住権を取得。ニュージーランド、オーストラリアで12年間を過ごし、そして2008年に帰国した。

「高知市内で3年間限定のジビエ専門のレストラン『Nook’s Kitchen(ヌックスキッチン)』を開業し、3年半後に計画通り閉店。1年半前から築100年の祖父母の家を改修して民泊も始めました。滅んでいく一方だったこの家に賑わいを取り戻すことが祖父母への最大の供養になるかなと思いました。」

 広いキッチンスペースとテーブルのある1棟は、祖父母が商っていた和菓子の製造工房でそれを厨房に改修。同じ敷地内に建つ大正時代の母屋が、西村さんの住まいを兼ねた民泊。改修には香美市の耐震補助金150万円が提供された。自己資金を入れて300万円でできたという。小さな畑が前に広がる。庭では放し飼いの鶏もいる。

ジビエビジネスアカデミーで、鹿肉の下処理の仕方を指導中

鹿のアヒージョ


  香川、熊本、岡山、神戸など、ジビエの料理の普及に取り組んでいる団体のほか中小企業、大学、JAなどといったところからも呼ばれている。

「私が目指すのは、一流の調理人でなくても、料理が得意な普通の人のお手伝いをすること。中山間地域でカフェをしたいとかジビエの弁当を作っていたいなど、その人たちの背景と希望、技量にあわせながら地域の特色のあるものでお客さんが買いたくなるものを提案し、それによって地域の人がシカやイノシシで利益を生み出し、そこに暮らす人たちが豊かになるビジネスのお手伝いをしたいと思っています。」

 地方に経済が回る場を創っていきたいという思いが西村さんにはある。
 現在、毎月第1土日の限定ではあるが、テイクアウトでジビエ料理の提供も行っている。

「テイクアウトのいいところは、お客さんと話ができること。どんなものが喜ばれるか、テストマーケティングを兼ねてお客様の潜在ニーズを知ることができます。またジビエ活用の可能性を探るのにも最適です。テイクアウト以外の日には、小学生、短大生などが見学にきてくれるので、そんな時はシカの話をしてから実際にジビエ料理を食べてもらうようなこともしています」

テイクアウトを行なっている香美市の店舗と毎月、テーマを変更し提供するテイクアウトメニュー


◆民泊を通して世界の人たちと交流を始める

 楽しいライフスタイルの提案のために民泊も始めた。西村さん自身も海外経験が多く、世界各国でゲストハウスも利用した。

「宿泊サイトのエアビー(airbnb)に登録しています。外国人にジビエの魅力を知ってもらいたいので、登録は英語を主言語にしています。」

 宿泊をした人にはじっくりジビエ料理を提供する。
「シカの価値を提供したいんです。これまでのレストランのファンの人も泊まりにきます」

 もひとつ登録をしているものにワークアウェイ(workaway)がある。 https://www.workaway.info/
 これはバックパッカーのネットワーク。世界80か国に繋がっている。無料で宿泊をする代わりに、対価として労働奉仕をするというもの。日本国内で170軒がホストとして登録している。四国では15ホスト。そのうちの1軒が西村さんのところだ。

「京都のような外国人が多い観光地ではなく、日本らしい原風景があり英語が通じないところへ行きたいという人がJRやバスを乗り継いで来てくれる。受け入れた人たちへの朝晩の食事は私が作ります。そうでないときはキッチンがあるので自分でやってもらう。
 外国の人は日本人のように気を使いすぎず、自分で判断して楽しみながら滞在してくれるので、こちらも楽しいし、高知のいいところを体験してほしい。地元の子供達も普段出会えない外国人と交流することをとても喜び、勉強になるし視野も広がる。人手を必要とする仕事を手伝ってもらえるのは本当に助かるし、彼らも異国で人の役に立てることを喜んでくれる。私は労働をお願いしていますが、それは宿泊の対価として。英語に慣れたい、英語を喋ってみたいので滞在したい、だけでもいいんです。食事の提供の有無や回数もこちらが条件として提示できます。」

 西村さんはワークアウェイのボランティアとして、自分のところの受け入れ条件と手伝ってもらいたいこと、部屋の様子などを紹介する。希望者はプロフィールをアップし、お互いのニーズがあえば宿泊体験が成立する仕組みだ。

ワークアウェイのサイトを紹介する西村さん

「オーストリアの教師の夫婦がきたときに、どうしてわざわざ高知までと訊いたら地域の人となって生活を体験したいと。35歳と27歳のカップルで、1週間滞在していましたが、二人はジャングルになっていた畑を1日でヨーロッパ風の畑にしてくれてから旅立ちました。
   高知の次は、京都の久美浜湾の養殖牡蠣場に行くんですって。そこが外国人に人気らしく、2週間滞在していました。ヨーロッパで牡蠣は高級品。久美浜では午前3時から種付けを海外の人に手伝って助けてもらっているそうです。」
 
西村さんは、民泊を始めることで、足元からの国際交流を楽しんでいる。


「イスラエルの家族が7人できました。キャンピングカーで世界一周をしているそうなんです。日本は一か月の滞在。うちは3泊でしたが、子どもが3人いたので、近所の子供さんのいる家庭を3組呼んで、ここでバーベキューパーティをしたんです。そしたら子供たちが仲良く遊んで、すごい国際交流になった。言葉なんて関係ない。」

 日本語が喋れて、朝は、納豆と玄米さえあればいいというイギリス人女性が来たこともある。彼女は4週間もいたが、またこっちに来たいといっている。
 隣でカラオケ屋さんを経営している60代の女性は英語を話したことがなかった。そこへ外国の人を連れて行った。店の人は外国人と話す機会がなく外国人への偏見もあったが、言葉が通じなくても楽しいことを知り、「私も会話ができるようになりたいから」と英語の勉強を始められた。

「このように人は刺激を受けたり、きっかけがあると、変化する。地域も元気になるからワークアウエィはやった方がいい」と西村さんは言う。
 ワークアウエイ で来る外国の方のほとんどは、若くても自立しているから、お客様のようにお世話しなくても気をつかわなくてもいい。これは触らないでとか、これは食べないでとこちらのルールをはじめに伝え、彼らの希望を聞いておくと問題が起こらず、快適な共同生活が送れるのだそう。

「伝えることでお互いの意思の疎通をはかれば、分からない時はむこうもちゃんと訊いてくるし、お互いが依存していないので、彼らの滞在が精神的な負担にならない。反対にいろんな世界の違った価値観や経験を持つ人達と出会えるのがとても楽しくて、毎回、彼らからたくさんのことを学んでいます。」

民泊となった祖父母の家の一部屋


◆ニュージーランドでの料理経験を活かしジビエ料理開発にチャレンジ

 西村さんは、長い海外経験から英語ができる。それでも毎日、勉強をしているのだという。もともと海外に興味を持ち外国で暮らしたいと思っていた。アラスカかケープタウンに住みたかったのだという。外国に住み仕事をしたいと調理師免許をとった。ワーキングホリデービザを取得し、向かったのはニュージーランド。そのとき29歳。仕事が見つかった。

 そこをステップにアラスカに向かう予定だったが、ワークビザもとれたことから4年の間、現地の日本食レストランで働き、そこからニュージーランド人経営のレストランに移った。そこで出会ったのがジビエ。牛肉よりも高い高級食材として扱われていたのだ。結局12年間ニュージーランドとオーストラリアで暮らし、永住権もとった。

 今では運命だったのかなと思うという。しかしオーストラリアで勤務中、大怪我をしたことから治療のため2008年に帰国。治療が終わる2年後にはニュージーランドに戻る予定で祖父母の家に滞在していた。そんなときたまたま見たのが家にはいった香美市べふ峡温泉の求人チラシ。そこには2年間限定でシカ肉の商品開発担当者募集とあった。その背景には獣害のシカの食用としての活用があった。

 当時、高知県が発表した農林水産業の獣害被害は2億9200万円。ちなみに最新2018年では、獣害被害は1億3900万円となっている。獣害は山間地・農村で課題になっている。全国での被害額は171億6300万円(2016年農水省)。もっとも多いのが、シカ、イノシシによるものだ。
 西村さんは、べふ狭温泉に応募し採用され働くこととなった。  

 「2年間ならと働き始めましたが、面接では絶対いいものができますと言いました。外国では高級食材で価値があるし必ず売れる方法があると思っていましたが、だれも耳を傾けてくれませんでした。最終面接を受けた当時の市長には、シカを使った商品が売れると思いますか?と聞かれました。」

 自信の背景にはニュージーランドで、シカの料理の経験があっただけでなく、帰国後初めて食べた高知県のシカ肉が衝撃を受けるほどの美味しさだったからだ。
 ニュージーランドには鹿の牧場があり飼育しており、皮も肉も世界に輸出され、角や尾、アキレス腱は高級漢方として売られている。

「鹿茸と呼ばれる角は香港で30万円します。シカのペニスは1本10万くらい。血液も精力剤として大人気で、捨てるところのないシカは儲かるビジネスです。  ニュージーランドのシカビジネスの始まりは、イギリスからハンティングのためにもちこまれた野生のシカと聞いています。そのシカが増えすぎて環境破壊を起こし始めたので、ヘリコプターなどで大量捕獲、そのシカを精肉にしてヨーロッパへ輸出始めたらビジネスが成立した。ところが次はビジネスになるからとシカを獲りすぎて、シカが絶滅しかけたそうです。その善後策としてシカの完全飼育が始まり、今ではニュージーランドの一大ビジネスになっています。野性のシカ肉の輸出ではスペインが世界トップで、養殖ではニュージーランドとポーランド。
 高級料理ではステーキ、ロースト。濃いソースをかけたりする。ミンチはハンバーガーが人気。牛肉より値段が高く、高級レストランで食べることが多いですね。」

 海外の料理経験からジビエが高級食材として扱われていることを学んだ西村さんは、高知で、新たな挑戦を始める。獣害と言われたシカやイノシシを美味しい料理展開に変えてアピールをするということを始めた。だが、それには、大きな試練が待ち受けていた。
(次に続く)