
2001年に起きた、アメリカ同時多発テロ事件後のアフガニスタン・カブール。厳しい戒律を定めるタリバン政権のもと、人々は、およそあらゆる自由を禁止されていた。小さなアパートのひと部屋で、戦争で片足を失った元教師の父と作家の母、姉と小さな弟と5人で暮らす11歳のパヴァーナは、父につれられ、露店の手伝いをしていた。歴史の教員だった父は、仕事の合間に、パヴァーナにアフガニスタンの歴史と平和の時代について話して聞かせるのだった。
ある日、父がタリバンに身柄を拘束され、パヴァーナの一家は、生きるすべを失ってしまう。というのも、女性は男性の同伴者がいなければ外出を禁じられており、ひとりでは買い物さえできないからだ。自分が家族を支えなければと思い詰めたパヴァーナは、髪を切り「少年」になった。そして、家族を支える「ブレッドウィナー(一家の稼ぎ手)」になる決意をし、勇気をふりしぼって食料を手に入れ、外へ出て働きながら、刑務所へ入れられた父を救う手立てを見つけようとするが――。
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この映画の原作は、カナダの作家で平和活動家のデボラ・エリスが書いた『生きのびるために』(2002年、さ・え・ら書房)。17ヶ国語に翻訳され、数々の文学賞を受賞したベストセラーの児童文学だ。デボラは、パキスタンのアフガン難民キャンプで、数多くの女性や少女たちに取材を重ね、彼女らから聞き取った話をもとに本書を書き上げたのだという(本書の印税は、すべてアフガン難民女性の教育のために寄付されているのだそうです)。
たった11歳の少女が、生きていくために髪を切って少年を装い、街へ出る。見つかればどうなることか、容易く想像がつくというのに。子どもたちに不安と恐怖を強いる社会の、なんという不条理だろう。わたしは、パヴァーナの勇敢さが引き起こすかもしれない悲劇を半ば予測してしまいながら、確かにこれは実体験を反映して書かれたストーリーだとしても、おそらく現実はより過酷なのだと、沈みそうな気持ちで彼女の運命を祈るように見ていた。
一方でパヴァーナが、少年として手にした自由で行動範囲を広げ、食料を手に家族のもとへ帰るときの誇らしげな表情や、自分と同じ状況の仲間(ショーツィアという、同じく少年として生きる少女)を見つけて助け合っていく描写に心が躍った。ふたりが「男の子なら、どこにでも行ける」と語り合うシーンには、女に生まれたことの哀しみや諦めとともに、誰の心の中にもある、どこまでも広げることのできる想像の翼と冒険心を感じて胸をつかれる。「女の子だから」という理由だけで行動を制限され、あるいは罰せられた経験のある人なら、誰もが共感するのではないだろうか。

本作は、人々のリアリティのある描写に加えて、劇中でパヴァーナが創作し、弟たちに語って聞かせる「物語」の描き方がじつに素晴らしい。彼女が請われて語り始める物語は、次第に寓話的なエネルギーをはらんで彼女自身に勇気をもたらし、やがて物語の展開自体が、現実世界での生きるための闘いと重なりながら、彼女を支えていく。この劇中劇となる物語部分だけに「切り絵」が使われており、そのアニメーションの鮮やかで力強い描写にも圧倒される。彼女が紡ぐ物語の主人公が、いつしか、戦時に命を落とした兄の姿と重なっていくのは切ないが、日常と、日常とは違う世界を行き来する「物語」のもつ力を再確認させられた。もちろん、過酷な現実に戻されるパヴァーナには、物語よりも切実に必要なものがあるのは言うまでもない。その現実を変えうる力になるのが、言葉であり物語ではないかと伝えるラストのメッセージに余韻が残る。
本作は、1999年にアイルランドで設立されたアニメーション・スタジオ、カートゥーン・サルーンの長編3作目。監督のノラ・トゥーミーは、このスタジオの共同設立者である。これまでにカートゥーン・サルーンが作った長編アニメ3作品(『ブレンダンとケルズの秘密』と『ソング・オブ・ザ・シー』および本作)は、いずれもアカデミー賞にノミネートされるなど、世界で高い評価を受けている。本作はもちろんだが、過去2作品も、物語/ファンタジーの持つ力を堪能できる傑作なので、合わせてオススメしたい。『ブレッドウィナー』公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)

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