3月30日に、私たち全国女性シェルターネットは、国にDV対策に関する要望書を出した。

 3月の頭の時点では、心配は少ししながらも、私自身、国連CSWと関連の世界シェルターネット(GNWS)の企画・会議などに出席するためにまだまだニューヨークに行く気でいた。ところがそれが中止になって、私もがっかりしながら渡米せずにGNWSの理事会にZoomで参加。それでもニューヨークに集まっていた欧米のDVシェルター支援関係者は「アジアはそんなに深刻なの?セントラルパーク散歩してみたけどすてきだった。」とのんびりしていた。ところがその後、あっという間に事態は急変していき、日本を含め世界の多くの国で、経済や社会構造も変えんばかりの状況に突入している。GNWSにつながる世界の仲間も、現在は各国の情報交換をメールやウェブ会議でしたりしながら、この問題に各国で懸命に取り組んでいる。
 GNWSの方から、日本の状況を質問された時、私が答えたことの一つは、「今後の経済悪化の影響が心配」ということだった。そして、「これは、国が急激に対策を決めてしまう前に、DV被害者支援の方からちゃんと要望をした方がよいのかもしれない」と思い始め、シェルターネットの運営メンバーなどに急きょ相談し、現段階の情報を集めて出すことにしたのが、今回の要望書だった。

家にいるからDVが増えるのか?
 要望書を出して公表したあと、想定以上にこの要望書は注目を集め、たくさんのメディアからの取材も受けることになり、政府からのリアクションもあった。取材を受けている中で、意外に感じたのは、けっこう少なくない取材者が「学校も休校で外出できずに家にいるからDVが増えるんですよね」と質問してきたことだった。まあ、もちろん、そういうこともあるけれども、たぶん要望書を作った私たちが「これは、これからDVが増える・・・」と感じているいちばんの理由は、やはり、経済問題である。夫の仕事がなくなったり、収入が減ったりすると、その焦り、追い詰められた感情から、八つ当たりや空威張りの矛先が家族に向くことが容易に想定される。これは、災害時も含め、いつも見てきた、DVや虐待の光景だ。

ジェンダー問題としてのDV
 DVやセクシュアル・ハラスメント、様々な性暴力やストーカーなどは、ご存知のように「女性に対する暴力(Violence Against Women)」や「ジェンダーに基づく暴力(Gender-based Violence)」とされる現象だ。世界のたくさんの社会で、家庭、職場、地域、路上、紛争下などあらゆる場所で、女性は、女性であるがために、これらの攻撃、人権侵害に遭うことが圧倒的に多い。女性蔑視や、現実的な経済力、知識、法的権利など不平等なジェンダー構造の様々な要素が、DV被害を生み出し、またそこから被害者を抜け出しにくくさせている。そして、ジェンダー秩序の枠組みからはみ出す存在であるセクシュアル・マイノリティへの攻撃や、セックス・ワーカーへの蔑視や搾取なども同じ土台の上に起きている。
 被害女性を支援する民間シェルターの運動に対して、「DV被害者は女性だけではない」という批判が投げかけられることがある。もちろんその通りであり、女性が加害者のこともありうる。私は仲間と共に、セクシュアル・マイノリティのDV被害の調査にも取り組んでいるが、男性やセクシュアル・マイノリティの被害者は、苦しんでいても、それを「DVだ」と認識することが難しかったり、相談しにくかったり、また実際に相談しても理解してもらいにくいという困難があり、それもまた、取り組まれ、被害者の相談支援がなされるべきであると思う。
 しかし、むしろ、一番深く考えるべきなのは、「女性が被害に遭う」というよりも「加害者の多くは男性である」という事実のほうである。異性愛男性であると言った方がよいのかもしれない。DVは男のプライド、沽券の問題なのだ。DV加害者は男性のごく一部でしかない。しかし、そうはいっても、かなり広く起こっていて、ごく一部の特殊な男性の問題というわけでもない。私たちの社会は、男性をDVや性暴力加害者に育ててしまっているのだ。
メッサーシュミットは、犯罪の加害者の圧倒的に多くの部分が男性になってしまうのは、もちろん生物学的な特徴からではなく、また、単なる男性の性別役割の延長、という説明でも不十分であるとする。すなわち、男性たちは、日々、自分の置かれた環境の中で、彼らなりの男性性を達成しようとして行為をしているが、置かれた環境の制約から実現できる男性性は様々である。そして、もし、他に方法がなく、そして自らの男性性に疑問を抱かれてしまうような窮地に立った時(つまり、「男らしくないんじゃないか」と疑われてしまうような状況になりそうなとき)、犯罪につながる危ない方法でもよいから、即座に手に入る方法を用いて、「男性性を達成」しようとするのだ、という(Messerschmidt,1993,)。
だから、今回の状況の中での経済悪化がもたらす「男らしさの危機」が、心配なのだ。
 それに加えて、すでにDVや虐待の関係にある家族やカップルが、この状況下でもっと怖い目にあっていくのではないかと心配している。
         (続く)

参考文献:
J. Messerschmidt,1993, Masculinity and Crime: Critique and Reconceptualization of Theory, Rowman & Littlefield Publishers
沼崎一郎『「支配しない男」になる』ぷねうま舎2019年
北仲千里「男性性研究はジェンダーに基づく暴力をどこまで読み解いたか」『身体、性、生―個人の尊重とジェンダー』杉浦ミドリ・建石真公子他 編著. 尚学社 2012年

「新型コロナウィルス対策状況下におけるDV・児童虐待防止に関する要望書」- 全国女性シェルターネットから提出もご覧ください。 北仲千里(NPO法人 全国女性シェルターネット、広島大学)