
大人になった「私」の時間は「私」のものではなくなるのだろう。暗い予感を子供の頃から意識せざるを得なかった。「母」の時間は、「祖母」の時間は、まわりで生きる「女」たちの時間は、仕事の有無にかかわらず見事に家庭に溶けていた。なんてこった。勘弁してくれ。すると私が「息子」であれば万事ハッピーな人生だったか? わからない。そちらはそちらで、違う呪いに喘いだだろうか。
社会学者で詩人、家庭においては一児の母。豊かなプロフィールを持った著者・水無田気流の単行本『「居場所」のない男、「時間」のない女』は、2015年に日本経済新聞出版社より刊行された。この国に生きるのは、生まれた時から進学・就職・妊娠・出産・介護等々のリミットに悩む「時間貧困」な女たちと、仕事の世界一本で生きるばかりに孤独に苦しむ「関係貧困」な男たち──両性の人生を分断する「時空間の歪み」に焦点をあてたユニークな名著が、データを最新のものに改めた文庫版として再登場する。
2020年、各種統計が更新されてなお、本書のなかで挙げられた諸問題はほとんど解決していない。女性らはいまだ多種多様な時間に追われ、家族のケアと仕事の両立はできるのが普通、妻は「家族の時間材」であり、ジェンダー・ギャップ指数はまさかの悪化。#me tooをはじめとしたムーブメントは確実に人々を力づけたが、その一方でおそるべき量の冷笑も起こった。男性にしても同様だ。日本人男性の自殺率は依然として高く、その大きな原因の一つには地縁的・血縁的文脈からの孤立がある。「居場所」作りが上手くなったとはとても言えないように思う。
新型コロナウイルスによって世界の構造が揺らぐ現在、「ステイホーム」の看板の裏側からは「居場所」と「時間」の配分について切実な絶叫も聴こえてくる。
この状況で何ができるか。どこから一歩を踏み出すべきか。
客観的データに加え、著者自身のリアルな経験を織り込んだ本書は、女性たちの無理ゲーな生活を丁寧に読み解き、未来に光を見出そうとする。同時に、男性たちの毎日を真っ向否定することもない。
水無田気流は人間の味方だ。
「女も男も幸せになるには?」
シンプルでありながら手強い問いが立ちはだかっている。
答えを探すための一冊を、いまこそどうか読んでほしい。
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