どれだけ話題作が出ても、個人的に思うところがあって会員にならずにいたNetflix(ネットフリックス:定額制の動画配信サービス)。だが、この作品だけはどうしても観ずにはいられない気持ちになり、わたしは初めて会員登録をし、本作を視聴した。一言でいえば、これからの映画と映画をとりまく世界――その世界は、現実のわたしたちの暮らしと接続している――を、よりフェアなものに変えていく力を持っている作品だ。

Disclosure 公式サイト  http://www.disclosurethemovie.com/

この映画は邦題のとおり、ハリウッド映画を中心に、アメリカで作られたドラマも題材にとりあげながら、アメリカ映画の創世期から現在にいたるまで、物語の中で「トランスジェンダー」(注1)がどういった存在として扱われ、どのように描かれてきたのかを丁寧に分析し批判するドキュメンタリーである。これまでの表現/表象のなかで、トランスジェンダーへの偏見と差別、軽視や悪意にもとづく印象操作がいかに繰り返されてきたかについて、俳優や監督、プロデューサーといった立場で映画・映像制作にかかわるトランスジェンダーたち自身が、自らの経験とともに語る構成となっている。

検証され、語られる内容は、じつに多岐にわたる。

映画の創世期より、「トランスジェンダー」は多くの場合、異性装者として登場する。彼らに割り当てられた役柄の多くが、嘲笑をさそう道化であったり、モンスター化された精神異常者や凶悪犯などの悪役だった。人々にあからさまな不快や嫌悪をもたらす存在として描かれ、故意にゆがめられたイメージを一方的に押し付けられる作品の例は、枚挙にいとまがない。そして、ジェンダーの多様さへの理解がすすんできたと思われる近年になっても、シスジェンダー(注2)の考える「トランスジェンダーらしさ」が常に優先されてきた。シスジェンダーの意味世界に沿ったキャラクターが選ばれるといった事実や、トランスジェンダーの彼らが、物語の脇役として不幸な結末しか与えられてこなかったことなども指摘される。

なかでも、シスジェンダーの男性俳優がトランス女性を演じることで生じる、トランス女性の存在自体がフィクションとして受け止められてしまう可能性についての語りは、昨今の「トランスジェンダーの役は誰が演じるべきか」という話題を考えるうえでも大切な視点だろう(注3)。このほか、黒人差別とトランスジェンダー差別が重なりをもって経験されることの指摘も重要だ。どんな作品が批判の俎上にのせられているかは、ぜひ、映画を見て確かめていただきたい。著名な作品がつぎつぎに登場し、きっと驚かれることと思う。

こうした「印象操作」がメディアで繰り返されてきたことによる社会への影響の大きさと、現実の世界でトランスジェンダーの人たちが引き受けざるをえなかった、今も存在する、さまざまな負のレッテルの大きさを思うと言葉がない。

ここ数年の明るい変化の兆しはあっても、現実世界での差別的扱いを変えていくのは未だこれからの課題であることも語られる。「明るい変化の兆し」というのは、トランスジェンダーであることを公表した俳優たちがトランスジェンダーとして登場する作品や、トランスジェンダーという属性だけが強調されるのではない、多面的なキャラクターとして描かれる作品の存在のことだ。このサイトでも紹介した映画『ナチュラルウーマン』(2017)や、アメリカで2018年から放送されているTVドラマ『POSE』(総勢50人ものトランスジェンダーの俳優が起用されている。日本でもFOXチャンネルやNetflixで視聴可能)などの存在は、わたしにも大きな希望に映る。

この映画の監督はサム・フェダー。出演はラヴァーン・コックス(本作のエグゼクティブ・プロデューサーもつとめる。Netflixのドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』など)、アンジェリカ・ロス(『Pose』主演)、リリー・ウォシャウスキー(『マトリックス』シリーズの原案/監督)、MJ.ロドリゲス、チャズ・ボノ、サンドラ・コールドウェルなど、多数登場する。映画を見ている最中には数え切れなかったのだが、クレジットを見ると、なんと総勢34名!さらに、監督、出演者および制作スタッフ含め、総勢150人以上ものトランスジェンダーの人たちが関わって作られた作品だという。

映画の原題は「Disclosure(開示・暴露)」という。トランスジェンダーという属性をもつ人が、その属性を含めた個性をもつ一人の人間としてどう生きてきた/いるのかを知ろうとせず、当事者ではない人間が作った物語(その多くが、異性愛規範と性役割を強化する)に都合のよいやり方で自己を開示・暴露(disclose)させる。しかも、自分たちにとって好ましい規範からの逸脱を強調することによって、その属性を貶めるために・・・。こうしたふるまいの暴力性について、わたしたちはもっと自覚的になった方が良い。そして、そのまなざしや埋め込まれた負の感情を、わずかでも自分が内面化していないか、どうか振り返ってみてほしい。

この作品から想起する映画に、1995年に作られた『セルロイド・クローゼット』というドキュメンタリーがある。同じくハリウッドの映画史において同性愛がどのように描かれてきたのかを、100本以上の映画を参照しつつ読み解いていく内容だ。保守的な時代の規制と異性愛規範により、不可視化され、あるいは忌避や懲罰の対象とされてきた同性愛が、どのように作中で「仄めかされてきたか(暗喩として表現されてきたか)」という視点での読み解きはとても興味深いが、同時に「規範や、自分たちの安心を脅かす存在」として、あえてクローゼットから引っ張り出し(公衆に晒し)、不幸におとしいれる展開など、悪意のある表現が繰り返されてきた事実に辟易する。合わせて見ていただきたい作品だ。

『Disclosure』では、「アメリカ人のおよそ8割は、トランスジェンダーの知人がいない」という調査結果も紹介されているが、日本は、おそらくアメリカ以上にトランスジェンダーを「知らない」人が多いと思われる。2015年に行われた全国調査(注4)によると、「周りに「性別を変えた人」がいるか否か」の問い(ここでは、身体の性別移行をした人に限って認識を問うている)で、「いる」「そうかもしれない人がいる」と答えたのは僅か3.2%だ。女性のほうが男性より認識の割合が高く(女性は3.7%、男性は2.6%)、また若い世代ほど高い(例えば20代では7.1%、70代で1.0%)傾向があるものの(そして、すでに5年前の調査結果であるため、今はより数字が高まっていると考えられるが)、大多数の人にとっては、アメリカと同様に、トランスジェンダーがメディアをとおして知る存在であるということを示している。

こうした事実を共有したうえで、これから、どのような物語が紡がれていくべきか。その答えを、ここに提示する必要はないと思う。

つねづね感じていることだが、映画が描く人物や関係性の幅は、驚くほど狭い(わたしが見られる作品には限りがあり、それらが偏っているだけなのかもしれないですが・・・そんなことないと思ってるけど!)。異性愛規範や性別役割意識といったバイアスが強すぎて、劇場の椅子から滑り落ちそうになる作品もままある。たとえばステレオタイプなキャラクター設定、ある属性の人たちの不可視化、あるいは家族の描き方、恋愛の形やセックスのありようなど、表現の世界の表象の歪みや表現の幅の狭さといった問題は、他の属性の描かれ方にもある。その点においてトランスジェンダーの描かれ方も、根っこをたどれば同じ問題に行き当たるのではないだろうか。

わたし自身はシスジェンダーであり異性愛者だから、その点ではマジョリティに属するが、これまでに見てきた映画の中で自分を重ねて見られたものは、じつは驚くほど少ない。この映画の中でも、映画製作者のヤンス・フォードからの、「いい社会が見えないと、いい社会になれない。居場所が見えないと、社会に存在できない」という力強いセリフがあり強く共感したところだが、自分自身、長く、現実の世界にも物語の世界の中にも居場所を見いだすことが難しかった「はみ出し者」だと自覚してきた。だからこそ、居場所がないと思う人が存在するこの世界を変えていくために、このコーナー(「シネマラウンジ」)では意識的に作品を選び、紹介記事を書いてきたつもりである(ここ数年は頼まれて記事を書く機会も増え、自分は知らなかった、たくさんの作品とのご縁をいただいたことにも深く感謝しています)。

ある属性の人たちに言及するとき、カテゴリーとしてステレオタイプに表現することだけはしないようにと思ってきたけれど、それがうまくいったかどうかは分からない。これまでの紹介記事をとおして、もし、一つでも心に響く作品との出会いがあったという方がいらっしゃれば、これ以上なく嬉しく思う。

最後に私信を載せて恐縮ですが、この映画のコーナーをひとりで立ち上げられ、フェミニズムの視点をもった映画評の充実のために尽力された川口恵子さんにも、心からの敬意とお礼をお伝えしたいと思います。(中村奈津子)


注1)当事者ではない人によって描かれた存在という意味で、かつ、映画の創世期にはトランスジェンダーという概念がまだないため「」をつけました。言葉と概念の歴史的な変遷は『LGBTを読み解く―クイア・スタディーズ入門』(2017、森山至貴、ちくま新書)などをご参照ください。
注2)シスジェンダーとは、生まれたときに診断される性別と、自分の認識する性別が一致している人のこと。
注3)「ハル・ベリー、批判受けトランスジェンダー役から降板。」(VOGUE JAPAN、2020年7月8日付 https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/halle-berry-apologizes-transgender-film-role-after-backlash 2020年9月23日取得)
注4)『性的マイノリティについての意識-2015年全国調査報告書』科学研究費助成事業「日本におけるクイア・スタディーズの構築」研究グループ(研究代表者 広島修道大学 河口和也)編(2016釜野さおり・石田仁・風間孝・吉仲崇・河口和也)より。ネットでも読めますのでぜひ!