【女の本屋】から
 2021年1月23日開催予定のブックトーク「シリーズ・ミニコミに学ぶⅣ」(WANミニコミ図書館主催)でとりあげる『全国女性史研究交流のつどい・報告集』の書評を3回にわたって掲載します。

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本書の今日的意義


 冒頭に掲げられた本書の趣意「ここに生き住み働き学び たたかいここを変える 女性史をめざして」は、コロナ禍に遭っていよいよ末世と化した今日を撃ち、私たちにあらためて勇気を与えてくれる。
 日本政府は2013年に秘密保護法、翌々年に安保法制、さらに17年に共謀罪を成立させて憲法改悪をもくろみ、戦後75年目の2020年には日本学術会議から6人の学者を排除し第5次男女共同参画計画から「選択的夫婦別姓」という言葉を消去した。言論・表現の自由も脅かされ、戦前回帰へ向かう道行きは強まるばかりだ。
 フェミニズムが再燃しMeToo運動も起こってはいるが、いまだ女性の地位は世界で121位という男女不平等社会である。私が住む埼玉の日高市は、ここ数年の間に二人の女性議員が市議会から退職勧告を受けるという、保守的男性議員が多数を占める地域である。しかも、横田基地からアメリカ軍の戦闘機やオスプレイまで早朝から夜中まで連日爆音をたてて飛来し、戦争への危惧に悩まされている昨今だ。このような現状にあって、時代に抗する地域の女たちの闘いの記録集が取り上げられることは、誠に意義深く感動的である。

女たちの闘いの記録

 1986年12月に刊行された本書は、愛媛の女性たちの30年にわたる共同学習、共同研究の成果であり、同年の8月9・10日に松山市で開催された第四回「全国女性史研究交流のつどい」をまとめた記録である。1980年代というとフェミニズムの最盛期で、時代の活気が溢れ、闘志満々の熱気に満ちている。
 愛媛は1882年に廃娼運動が起こったところであり、戦後は四国電力・伊予絣織工場等民間企業の争議や勤評闘争・保育運動・平和運動・住民の自治を守る運動を闘って来た女たちによって「愛媛の女性史」が生み出され、育てられてきたという。この第四回の集いでは、「核廃絶・差別撤回・地域住民の自治の実現をめざし、女性の生き方と女性史のあり方を個人・家庭・集団の自覚と成長の観点に立って問い直し」、「地域・全国・世界を変える女性史研究」を企図している(「開会のあいさつ」渡辺冨美子)。そして、それぞれの世代の戦争体験や戦後体験を語るなかで、「ここを変える女性史」の観点とそれを生み出した成長の軌跡を明らかにしたいとある。
 女性史研究が単に学問世界に閉鎖することなく、地域と結びつき、「地域・全国・世界を変える」と発信すること自体、あらためて今日を問う革新性がある。米田佐代子氏は、地域で女性史を学んでいると結局平和の問題に突き当たると言及しながら、平和への道はますます険しくなり日本は核武装へと歩んでいる、軍国調の歴史教科書が検定を通って高校生に使用されているばかりか、多くの女性がパートで働かなくてはならないと指摘しているが、21世紀になった今日、益々右傾化し、国語教育にまで及び、女性は医学部から排除され、いまだに非正規労働者と貧困者は女性が多い。
 感銘を受けた報告をいくつか挙げてみよう(横川節子・池本加世子・伊藤和子・川又美子・立田澄子・小西多永子・折井美耶子・渡辺泰子・栗原美奈子・深沢恵子・米田の報告他)。
 まず、中央に対しての地方ではなく、地域住民が女性史の研究者に成長し、研究者が地域住民に成長して、女性自身が地域住民運動の担い手としての自覚を持ち、地域女性史を掘り起こすこと。そして、地域住民社会集団は、「階級的体制的矛盾が貫徹する場」にもなるいっぽう、歴史を創る主体となることが確信されている。
 また、勤評・安保・学力テストの闘いに触れ、特に全国で先駆けて闘われた愛媛の勤評闘争30周年目にあたって、偽造までして成績優秀校になろうとする学校教育や管理体制、組合員差別が歴然とする中での抵抗運動が語られているが、確かにこの勤務評定制度以降、日本の教育も教員自体の質も変質せざるを得なかったことを今さらながら思い知らされる。
 さらに、「戦争は最大の差別」だとして、侵略者側の被侵略者への差別を指摘した報告。被爆者救援運動や原水禁運動などの反核運動、警職法改悪反対運動、合成洗剤追放運動、母親運動。そして、現在あらためて漫画やテレビでも浮上している家事労働の問題も、その価値も含めてこの全国の集いで提出されている。職業と家事の二重労働から、家事労働の社会化、役割分担の固定化からの解放などが提案されている。国際婦人年の流れの中で、女性差別ばかりでなく、あらゆる差別と抑圧や貧困と戦争をなくし、真に人間らしく生きられる社会をめざす闘いを提唱しているのである。
 女性労働者の歴史や実態も報告され、1986年に施行された雇用機会均等法は、男女平等を逆手にとった、女性の現実に根ざさない悪法だと、批判が集中している。
 戦争と平和の分科会では、沖縄戦争の実相と核戦略の前進基地沖縄の現状が報告され、今なお続く日米安保地位協定の問題を問うているのだ。
 今年の1月22日にようやく核兵器禁止条約が発効されることになった。国際平和年の意義ある1986年の長崎が被爆した日に開催されたこの集いでは、「平和婦人大会」や広島の原爆について報告されているのである。平井和子氏が「軍都広島」の被爆を語り、被差別部落の被爆者や、ことに「朝鮮人」被爆者たちが母国からは日帝に協力したと軽蔑され、日本では貧困と差別に晒された実態を抉り出している。大田洋子の「夕凪の街と人と」でも、住む場所も土手に追いやられてしまうほどの差別と最貧困の被爆後状態が痛烈に描出されていた。
 「戦争と女性」史の報告では、日本の軍事大国化の危機が指摘され、戦火にさらされながらも「銃後の守り手」として戦争に協力しなければならなかった女たちの戦争体験と戦争責任問題に言及している。参加者の多くが戦争体験者で、15年戦争は日本の侵略戦争であり、戦争指導者ばかりでなく、協力者も責任を受け止めなければならないと確認し合っている。「世の中がおかしくなってきた」からこそ、戦争体験を継承して現実批判を鋭くし、張り巡らされている戦争への仕掛けを見抜かなければならないと力説し、2021年の現代の課題がそのまま示唆されているのである。日本政府が腐敗しきった今、地域の女たちの世直しを促し期待する必読の一冊だ。        (はせがわ・けい 日本近現代文学研究者)

*『全国女性史研究交流のつどい 報告集』をテキストに、2021年1月23日(土)、4回目の「シリーズ・ミニコミに学ぶ」がWEB配信で開催されます。
 詳細・申込はこちらからご覧ください。

<シリーズ「全国女性史研究交流のつどい」報告集を読む>はこちらから
<シリーズ「全国女性史研究交流のつどい」報告集を読む①>第1回報告集・名古屋――女性史の明日をめざして   ◆江刺昭子
https://wan.or.jp/article/show/9288

<シリーズ「全国女性史研究交流のつどい」報告集を読む②>第11回報告集・東京――「中央としての東京ではなく、地域としての東京」につどう  ◆植田朱美
https://wan.or.jp/article/show/9291

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連続エッセイ「全国女性史研究交流のつどい」報告集全12回収録に寄せて①  初の全国的女性史集会誕生 ― 伊藤康子(愛知女性史研究会)
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連続エッセイ「全国女性史研究交流のつどい」報告集全12回収録に寄せて③    米田佐代子(女性史研究家 「らいてうの家」館長)
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