選択される命 子どもの誕生をめぐる民俗

著者:鈴木 由利子

臨川書店( 2021/03/09 )


自宅でお産をした時代を対象に民俗調査を行って20余年、既婚女性たちの切実な悩みは「産まれすぎる」ことでした。  
子どもの誕生は、それを待ち望む者に大きな喜びをもたらしますが、その一方で、度重なる妊娠は女性や家族にとって日常の悩みでもあったのです。  
中絶認可や確実な避妊が浸透したのは戦後のことで、それ以前の女性たちは、結婚後閉経に至るまで子産み・子育てを繰り返しました。  それらの既婚女性は、中絶が認可されると中絶によって子ども数を抑制し始めます。子ども数を少なくしたいという欲求がいかに強かったかが分かります。
 当時の中絶経験者が中絶したことを「とってもらった」と語り、腫瘍か何かを切除したかのような表現に驚かされもしました。自宅分娩を扱った産婆さんや助産婦さんたちが、出生児に身体的障がいがある場合には産声を上げさせず「死産とする」と語りました。さらに、民間で伝承された堕胎の具体的方法なども語られ、そのような胎児や嬰児の遺体は、伝承された方法で「処置」されたのです。
 これらの語りから、現在とは明らかに異なる胎児観があったことに気づきました。同時に、胎児に命を意識することが意外に新しい感覚であることも確信しました。  命は芽生えたとしても無条件に誕生するわけではなく、家族や社会の状況や価値観と照らし合わせながら選択されるものであることを認識しました。
 さらに、中絶胎児を対象として始まった水子供養は、一般に批判対象となることが多いのですが、その成立過程を調べると胎児への認識が変化する境に位置していることが分かりました。  付け加えると、中絶胎児の供養自体はすでに1950年代に中絶手術を担った産科医たちによって行われていますので、胎児に命を認識したことによって、胎児が供養される存在になったともいえます。
 本書は、「育てない胎児」に関する聞き取り調査をもとにしながら、制度や社会の動向、新聞記事・医学雑誌・統計資料などを参考にしながら胎児観の変遷を追った内容です。