
*夢叶う!「女性学のススメ」*
2019年秋 T女子高校 着任2年目
その後、目まぐるしく時は流れ、私たちにとっての「特別に大切な日」はあっという間にやってきた。2019年10月10日、快晴。T市民文化会館大ホールは満員であった。大ホールの定員は1000人ちょいである。生徒・職員で約700人、保護者、同窓会で約100人、あとは一般の方々。多くの要望に応えて一般公開することになったのである。地域の方々、県内の高校教員等からもたくさんの申し込みがあり、K女はG県の東の果てに位置するが、遠距離にもかかわらず反対側の西部から、また北部からも高速を飛ばして駆けつけてくれた教師たちもいた。
講演会のテーマは「女性学のススメ」。上野先生からのご提案であった。講演会が70分、その後は、代表生徒とのディスカッションを30分ほど計画していた。ディスカッションのテーマは「K女で上野千鶴子にケンカを学ぶ」である。こちらのテーマは私が決めたもので、東京大学大学院の上野ゼミで学ばれた作家でありタレントの遙洋子さんの著書「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を真似させていただいた。ディスカッションに入る際、司会進行を務める生徒が「K女で上野千鶴子にケンカを学ぶ!」と叫ぶと、先生はすかさず、「私はね、ケンカなんか教えてないのよ。東大で社会学を教えてるの。」と返し、会場は笑いの渦に包まれた。
説明が遅くなったが、この代表生徒というのは、「K女の女性学」を牽引する「女性学実行委員」である。1年生全員から希望を募ったところ、15人ほど集まってきた。普段の「K女の女性学」の授業は、「女性学実行委員会」が主導するスタイルを取っている。教員は、授業においてはサポーターのスタンスを取り、授業以外の昼休みや放課後の時間を使って、ゼミ形式でリーダー育成に努めていた。上野先生の本や新聞記事を読んで討論をしたり、次の授業の準備をする。授業には、クラスごとに担当する実行委員が2名ずつ行って授業を行う。授業の指導案も交代で実行委員の生徒に作らせるようにした。
生徒が授業を行うだけでなく、指導案まで作らせる形態にしたことには、理由があった。まずは、教員の負担を減らすため、もう1つは、人事異動対策である。いくら良い取組であっても負担が大きければ長続きしない。いずれ消えていくであろう。それから、私たち公立の教員には人事異動という宿命がある。「K女の女性学」を立ち上げたプロジェクトメンバーも遅かれ早かれK女から離れていくのだ。担当者が変わっても継続させていく方法はないものだろうか。また頭の中で電球の絵文字がピカッと浮かんだ。ヒントとなったものは、生徒会と部活動である。生徒会や部活動は、担当や顧問が変わってもずっと続いている。生徒会や部活動のように、その運営についてよく分かっている生徒を育ててしまえば後は先輩から後輩へ引き継がれていくであろうという思いつきであった。
さて、ディスカッションの話に戻るが、当日生徒たちは皆カチコチに緊張していた。事前に本を読み、勉強して、あと○日とカウントダウンしながらその日を待っていた。ホンモノの上野先生が会場に到着すると、1人の生徒が先生の顔を見るなり突然泣き出した。感動のあまり感情が溢れ出したのだ。その生徒は泣きながら書いてきた手紙を先生に渡した。「○○ちゃん、どうしたの?」先生は手紙に書いてあった名前を見て優しく声をかけてくださった。何もせずに現れただけで高校生を泣かせてしまうとは。すごいオーラである。
事前に対策していた生徒も本番はやはりタジタジであった。もちろん台本はない。質問をしても直ぐに逆質問が返され、答えに窮する場面がいくつもあった。数ヶ月前から、教員が上野先生役になってディスカッション練習もしていたが、何の役にも立たなかった。さすがホンモノは違う!プロジェクトメンバーは舞台の袖で握り拳を握って「頑張れ!頑張れ!」と、ハラハラしながら生徒を見守るしかなかった。何とも長い30分間であった。生徒も教員も10月にしては異様に汗をかいていたと思う。実行委員長の生徒が、先生にお礼の言葉を述べ、副委員長が花束を贈った。先生は、生徒に「ありがとう。頑張ったね。」と、にっこり話しかけてくださり、観客席に向かって「言葉に詰まる場面があったでしょ?それは何の仕込みもないという証拠よ。」と仰ったのである。そして、花束を抱えた先生は、満面の笑顔で生徒たちとの記念写真に応じてくださった。そして会場を去る時、生徒たちに「今度は読書会をやりましょう」と、次の約束までしてくださったのである。先生は最後に必ず相手の心に優しく染み入る言葉をかけてくださるのだ。
講演会は大盛況であった。一般参加の方々にもご感想をいただいたのであるが、「先生のご講演、素晴らしかった」「生徒もよく頑張りましたね」という声をいただいた。しかし、私たちにとって反省点は山ほどあった。
「K女の女性学」について、ジェンダー平等を目指すのであれば、「女性学」という名前ではなく、「人間学」でいいのではないか、というご意見いただいたことがあった。しかし、世界経済フォーラムが2021年3月31日に発表した日本のジェンダー・ギャップ指数は、0.656、順位は156カ国中120位である。これだけ不平等さが顕著になっている状態で「人間学」とした場合、「何が問題で、どのように解決していく必要があるのか」という問題点が隠れてしまって表面化しない。この数字が1になってジェンダー・ギャップ指数が無くなったときに「女性学」という名前が「人間学」になってもいいと思う。
そして、この男女の不平等な実態について考えさせる機会は、成長過程の早い時期から設定することが必要だと思う。今までは、大学において初めて「女性学」や「ジェンダー」という科目が登場していたが、高校生の段階で気付き、考えることは重要であり、それだけ価値のある学びである。
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