*教えて、上野先生!* 

2021年春 O高校 着任2年目

 生徒の心に揺さぶりをかけるには、やはり「魂の授業」が欲しい。話した人を必ず感動で包み込む上野先生の授業が恋しかった。生徒たちが上野先生と直接お話させていただくことができたら生徒たちの人生においてかけがえのない財産になる。そんな思いから再び上野先生にお願いをした。
 「今度の学校は単位制ね。今度単位制について教えてちょうだい。」快諾をいただき、コロナ禍であることからオンラインで行うことになった。接続テストを含めて事前打ち合わせを2回ほど行い、それには生徒も加わった。久しぶりにお目にかかる先生はすっかりZOOMに詳しくなっていた。コロナ禍でオンライン講演会等を多くこなされたのであろう。「画面の右上のところをクリックしてみて。」「下の真ん中にあるでしょ…そうそう。」と、ZOOMの操作にまごつく私たちにテキパキと使い方を教えてくださった。さすが!何事においてもクールでスマートだ。
 打ち合わせの中で、本校の職員が私のことを「M先生」とファーストネームで呼んだことにすばやく反応されて、「あら?先生たちは校長先生をM先生って呼んでるの?私はね、東大の学生からちづちゃんて呼ばれてたのよ。」生徒たちの表情がほぐれて笑顔に変わった。これもさすがだ!クールビューティーの中にお茶目な一面をチラリと覗かせる。

 本番は5月31日に決まった。約90分間の対談形式である。先生と対話をする代表はみらい塾の生徒7人。事前に全校生徒で先生の新刊「女の子はどう生きるの?教えて、上野先生!」を読み、先生に質問を用意していた。
 この対談については、他校の教員からも「自分の授業で生徒に視聴させたい。」との希望があり、他校や地域の方々に公開し、ライブ配信することにした。広報のためのチラシを作成しなければ。テーマは「O高生はどう生きるの?教えて、上野先生!」それから何と言ってもキャッチコピーが大事!「上野先生、『O高生が上野千鶴子に挑む!滅多打ちにされるか善戦できるか?』このコピーどうですか?」「あら、戦闘モードはダメよ。」「『O高生が上野ゼミに弟子入り!?真のリア充とは』これどうでしょう?」「リア充は困りますね~」「では、『社会を変えるには?』にしますか?でも、これじゃあ普通過ぎてつまらないですよね?」私は気付いていた。「社会学者 東大名誉教授 上野千鶴子」がとてもウィットに富んだ人物であることを。「そうねぇ、自覚してらっしゃるのならもうひとひねり。」ほーら、やはり間違いない。フツーで無難なものよりちょっと遊び心があるものがお好みなのだ。「『O高生が上野ゼミに弟子入り!?変化と多様性に拓かれたSDGsみらい探究を覗いてみませんか?O高生が東大名誉教授に本気で挑みます!』これならどうでしょう?」「ふふ。いいかも。」出た!講演の時のクールビューティーなイメージとは違うこのお茶目な感じが「社会学者 東大名誉教授 上野千鶴子」の最大の魅力である、と私は思っている。そして、最後に「何度もチャレンジしてくださってありがとう。その先生方の努力を生徒たちに伝えたほうがいいわよ。」と。「社会学者 東大名誉教授 上野千鶴子」は「気配りの人」でもある。

 さて、本番当日、開始10分前、O高校1年3組の教室はピンと張り詰めた空気に包まれていた。代表7人の生徒が輪になってそれぞれのパソコンの前に座っていた。代表以外の340人の生徒たちは体育館と武道館に分かれて大画面に映し出された7人を見守る。私たち職員も職員室や各会場に分かれ、まるで合格発表を待つように画面を見つめていた。90分間、生徒だけで先生と対話をする。ファシリテーターを務める3年生のKは大丈夫だろうか?配信はトラブルなく上手くいくであろうか?
 ぎこちなさは伝わってくるものの、何とか生徒たちは先生に質問をしている。先生は、いつものように余裕で生徒たちに逆質問を返していた。生徒の誰かがすぐに回答できずに少し間が空く。その時間はほんの数秒かもしれないが、多くのギャラリーたちは10倍くらい長く感じたのではないだろうか。見守る教員たちは手に汗を握り、心拍数は相当高くなっていたに違いない。

 この日も先生の回答は素晴らしかった。膨大な知識に裏打ちされたクリアな回答である。「なるほど。うんうん。」誰もがすっきりする理論で分かりやすく説明してくださる。先生の講演や対談を聴いた後は、まるで一冊の本を読みきったような感覚になるのは私だけであろうか。
 後半に差し掛かった頃であろうか、1人の生徒が質問している最中に泣いた。「私は、今まで性的少数者に対する理解を広めるために色々と発信してきた。マイノリティの人の力になれればと思ってやってきたが、時々、当事者の方はLGBTと呼ばれることや私が発信をしていることをどう思っているのか、自分のやっていることが正しいのかどうかわからなくなる。」という内容であった。そして、ある友達からマイノリティであることを打ち明けられ、なおさら自分のやっていることが正しいことなのか悩んでしまった、ということであった。黙って聞いていた先生は、「Yちゃんは、優しいんだね。友達は、Yちゃんのことを心から信頼しているから話したんだよ。Yちゃんのやっていることは正しいのよ。それにね、当事者たちが自分たちのことをLGBTと呼ぶようになったの。」さらに、Yの目から涙が溢れた。後日、他校の生徒や一般視聴者から感想がたくさん寄せられたが、一番感動的な場面であったようだ。なぜ、いつも上野先生と話した生徒は泣くのか。
 感動の余韻に包まれたまま、対談が終了に近づいた頃、画面の向こうで「ピンポーン!」と聞こえた。?え?何?7人の生徒も周囲で見守る教員も体育館や他校にいるギャラリーも一瞬何が起きたか分からなかった。「あ、ちょっと待ってて。」と先生は顔の横で両手を開いてから、画面の奥に走って行き、一瞬消えてしまった。数十秒後、画面の奥から再登場して「ごめんなさい。宅配便が来たの。私一人暮らしだから。」と笑顔を見せた。生徒、ギャラリー一同笑った。さすがだ!このタイミング。私は、これは先生の演出だろうかと思った。涙の後に笑わせる。きっと先生はこの90分間をプロデュースしていたのだ。そうに違いない。(と、今でも勝手に思っている)「敏腕プロデューサー上野千鶴子」の演出はすごい。

 90分間が過ぎ、「じゃあねー、さよならー」と手を振って上野先生が画面から消えた。1年3組の教室は「ウワーッ!!」という歓声が沸き起こった。達成感、満足感でいっぱいの生徒たちの満面の笑顔が咲き誇った。そして全員の目が涙で潤んだ。なぜ、いつも上野先生と話した生徒は泣くのか。心に揺さぶりがかけられ、安心と勇気に包まれるからであろう。「私たちが社会を変える。」安心と勇気をもらった生徒たちの小さくて大きなチャレンジは続く。生徒たちが「こんな世の中に誰がした?」と落胆するような社会にしてはいけない。そして「私たちが社会を変える。」と自分で考え、アクションを起こせる生徒を育てていくために、私たちは今日もO高校で奔走するのである。

過去の投稿はこちらです。
No.1 https://wan.or.jp/article/show/9635
No.2 https://wan.or.jp/article/show/9636
No.3 https://wan.or.jp/article/show/9637
No.4 https://wan.or.jp/article/show/9638
No.5 https://wan.or.jp/article/show/9639
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