毎年恒例のみすず読書アンケート特集に寄稿しました。版元の許可を得て転載します。(『みすず』711号、2022年1/2月)
「2021年中にお読みになった書物のうち、とくに興味を感じられたものを、5点以内で挙げていただけますよう、おねがいいたしました」というもの。つい欲張って計10冊も あげたら、すべて掲載してもらえました。合計136人の寄稿者によるこの特集は、壮観。毎年楽しみです。

1 よしながふみ『大奥』全19巻、白泉社、2021年
 男女逆転劇、歴史SFものの『大奥』全19巻が完結した。足かけ17年。連載中にすでに「手塚治虫文化賞マンガ大賞」(2009年)を受賞した名作だが、明治維新にどう接続するのか、はらはらした。こう来たか・・・というおみごとな着地。作家の構想力に感じ入った。

2 小松美彦・市野川容孝・堀江宗正編『<反延命>主義の時代---安楽死・透析中止・トリアージ』現代書館、2021年
 安藤泰至・島薗進編『見捨てられる<いのち>を考える』晶文社、2021年
安楽死法制化の動きが日本にも。歯止めをかけなければ、という切迫感で編まれた。後者の副題にある「京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージから」が、両書の出版の契機となっている。前者に収録された小児科医、笹月桃子さんの「小児科医の問いと希望」に、心を揺さぶられた。

3 池松玲子『主婦を問い直した女性たち---投稿誌「わいふ/Wife」の軌跡にみる戦後フェミニズム運動』勁草書房、2021年
村田晶子『「おとなの女」の自己教育思想---国立市公民館女性問題学習・保育室活動を中心に』社会評論社、2021年
 男女共学で育ったのに職場に居場所のなかった戦後生まれの女性たち。「主婦」になるほかなかった女たちと伴走した研究者の労作が次々に生まれている。「主婦の時代」が終わりを告げる挽歌かもしれない。

4 蘭信三・小倉康嗣・今野日出晴『なぜ戦争体験を継承するのか---ポスト体験世代の歴史実践』みずき書林、2021年
大川史織『なぜ戦争を描くのか---戦争を知らない表現者たちの歴史実践』みずき書林、2021年
 戦争を知らない世代による戦争体験継承の試み。証言者が次々に他界し、彼らの証言を直接聞いた最後の世代である「ポスト体験世代」の責任が問われている。前者は子世代、後者は孫世代による。孫にだから初めて語れることもある。長生きはするものだ。

5 代島治彦『きみが死んだ後で』晶文社、2021年
樋田毅『彼は早稲田で死んだ--大学構内リンチ殺人事件の永遠』文藝春秋、2021年
 学生運動の中の死者について書かれた2冊の本が世に出た。前者は1967年10月8日羽田闘争の中で機動隊に虐殺された京大生、山崎博昭(19歳)の死を、彼より若い世代の映画監督がドキュメンタリー化し、書籍化した。後者は1972年11月8日早稲田大学構内で革マル派のリンチを受けて虐殺された早大生、川口大三郎(21歳)の死を、学内で抗議活動をして自らも暴力にさらされた学友が回顧したもの。樋田はその後新聞記者になって長く朝日新聞支局を襲った「赤報隊事件」を追ってきた。前者は山﨑の兄が定年後重い口を開き、後者も定年を迎えた樋田が、積年の宿題を果たすかのように当時を再現し、現在に重ねる。半世紀。原点ともなるべき記憶は、こんなにも人生に影を落とし、尾を曳くのか・・・。記憶が物語になるには時間がかかる。いや、記憶はなかなか物語になってくれない・・・。ふかい余韻と感銘を遺した。

6 ヤマザキマリ『ムスコ物語』幻冬舎、2021年
 「親ガチャ」と言われるようにどんな親のもとに生まれるかは選べない。どんな親もはた迷惑だ。強い親は強いなりに、弱い親は弱いなりに。海外在住の日本人シングルマザーの子育て記である本書は、息子にこう言わせた。「息子にとってこの世で誰よりも理不尽でありながらも、お人好しなほど優しい人間である母ヤマザキマリ。そんな母のおかげで国境のない生き方を身につけられた私は、おかげさまでこれから先も、たったひとりきりになったとしても、世界の何処であろうと生きていけるだろう。」感銘を受けた。