2010.09.17 Fri
時間と空間を超えた人と人の出会いの物語を紹介した内藤さんのエッセイを受け、私も時空を超える物語、少女マンガのSF作品を紹介したい。
少女マンガでSFといえば、萩尾望都・竹宮惠子の作品を挙げる方が多いかもしれない。しかしながら、彼女たちと同じように優れた作品を描いた作家として佐藤史生のことを知らない方は意外と多い。特に10代、20代の読者に知らない人が多く、それは、彼女が近年作品を発表していなかったことが原因であろう。けっして華やかではないが、理知的で示唆に富んだ物語は官能的ですらあり、数々の未だ見ぬ地平、遠い未来・遠い過去に私たちを連れて行ってくれる。
彼女の代表作の一つとして挙げられる『ワン・ゼロ』(小学館文庫全3巻)は、コンピューターネットワーク化された近未来の東京を舞台に、古の神々が闘う物語である。男子高校生、明王寺都祈雄(みょうおうじときお)と、彼の母違いの妹、摩由璃(まゆり)との出会いを契機に神々が復活し、二人はそれぞれ魔(ダーサ)と神(ディーバ)に分かれ争うことになる。圧倒的なコンピューターテクノロジーを駆使し、人々を苦しみの無い解脱状態に導こうとする摩由璃と電子頭脳を味方にそれに抗おうとする都祈雄、彼らの闘いは、人間とはなにかという問いにほかならず、仏教の真言、コンピューターの1と0の反復が重なり合い不思議なリズムを読む人に呼び起こす。
また、彼女の代表作として『ワン・ゼロ』と並び称される『夢みる惑星』(小学館文庫全3巻)も、神話とテクノロジーが融合された世界である。竜が飛び、地を這う先史の世界、王の子イリスは、失われつつある科学により地殻変動を予知し、王都を移そうとするが、テクノロジーが失われた世界でその道は容易ではなく、大神官となって人々を導こうとする。王となった弟との対立、諸部族との葛藤、迫るタイムリミットの中、イリスが目をつけたのは、人々の無意識を宇宙的空間でつなぐ幻視能力を持つ舞姫シリンであり、彼女の能力によって、人々を都から移動させようとするのである。ここでも、舞によるリズムの反復が宇宙的空間を呼び起こし不思議な浮遊感を読者にもたらす。
彼女は他にも多くは無いが、優れた短編、中編を描いており、その中には性差への鋭い感覚を持った作品も多い。『バビロンまで何マイル』(『心臓のない巨人』収録)では、母星を買うために、身体を売る尼僧たち、「アタラクシア修道会」のメンバーへの殺害事件の裏にある恐るべき実態、実は尼僧たちは、地球がその昔移民団を植民させた星の生物であり、地球人たちは、彼らのシステムに寄生して生きるべく、自分と彼らをつがいで生まれさせ、人間の赤ん坊をもう一方の生物(尼僧たち、フェーと呼ばれるもの)に育てさせ、その後もずっと財産として所有するという恐るべきシステムをつくりあげていたのである。尼僧たちはこのシステムから逃れようと母星をほしがっており、元の星の地球人たちに追われていたのである。その元の星では地球人のもつ男女の性別の違いは、もはや違いとして意味をもたず、地球人とフェーとの搾取する者と搾取される者としての関係しかない。その他、性差による身体への印象の落差を指摘した『オフィーリア探し』、近未来の女性だけの世界を描いた『アレフ』(共に、徳永メイ原案作品集『精霊王』小学館文庫収録)など示唆に富む物語を描いている。
実は本当に残念なことに、彼女は、この春亡くなってしまった。彼女の新しい作品を待ち遠しく思っていた読者の私には突然の訃報であり、しばらくは信じられない思いであった。理性の糸で紡がれたような彼女の作品は、これからも、多くの女性たち、男性たちに思考の海を泳がせはるか遠くにいかせてくれるに違いないのに、小学館で連載されていた作品以外は絶版になって読めないのが現状だ。彼女のご冥福と彼女の作品が時空を超え多くの人に読み継がれることを切に願っています。(yuki)
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