https://www.facebook.com/ShiratoriArt より

『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』 
監督:三好大輔 川内有緒
公式HP:映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』公式サイト (shiratoriart.jp)


はじめてこのタイトルを見た時、それでは視覚ではなく聴覚で見るのかな?あるいは触覚で見る?嗅覚で見る?まさか味覚で?・・・と、視覚以外の感覚で「見ること」を想像した。しかしどれも違っていた。

目の見えない白鳥さんが、同行者による作品についての語りを通じてアートを見る。同行者が作品を見て受ける印象、解釈、そして説明。そこから作品を見る。そして、そこから生まれる対話を通じてアートを見る。

一つの作品でも、見る人によって受ける印象そして解釈はまったく異なる。びっくりするほど異なる。普段は皆黙って鑑賞しているから気がつかないが、目の見えない白鳥さんの存在のおかげで言葉にして説明する必要が出てきて、そこではじめて、それぞれが違う見方をしていることがわかる。目が見えているもの同士が、実は同じものを見ているわけではない。

その印象や解釈には、鑑賞する一人ひとりのそれまでの人生、体験が反映されている。白鳥さんは、その作品を説明する人の人生、体験、そしてそこから生まれる対話を通じて作品を見ていたのであった。

この映画は、白鳥さんという全盲の方が美術館を巡り、アートを鑑賞するなかから生まれる対話や白鳥さんを巡る人と人のつながりを描いたドキュメンタリー映画である。

この映画のきっかけとなった本が、映画の共同監督である川内有緒さんの「目の見えない白鳥さんとアートを見に行く」。この本は「2022年Yahoo!ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞」の受賞作である。

目の見えない白鳥さんとアートを見にいく

著者:川内 有緒

集英社インターナショナル( 2021/09/03 )

映画のタイトルが「目の見えない白鳥さんアートを見に行く」と、白鳥さんが行動の主体であり、白鳥さんのインタビューを交えながら彼の人生を中心に描いているのに対し、本のタイトルは「目の見えない白鳥さんアートを見に行く」と、著者が行動、思考の主体となっている。

白鳥さんの人生と白鳥さんに出会った著者川内さんの人生。この二つの人生が描かれた映画と本の対話によって、さらにもう一つの「作品」がつくられている。

というこのわたしの解釈にもこれまでのわたしの人生が反映されているわけで、他の人生を過ごしてきた人はまた違う見方、解釈をするのだろう。この違いこそがおもしろいのかな?

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渡辺知子