2022年フランスの年間興行成績No1(国内映画)
監督・脚本:オリヴィエ・ダアン
主演:エルザ・ジルベルスタイン
140分 カラー
2022年10月12日フランス公開
2023年7月28日日本公開

 1970年代のフランスで繰り広げられた中絶合法化を主張する市民デモ。その映像を見て涙がこぼれた。そこに笑顔で歌を歌い、ひしめく人々の中には女性だけでなく男性も、高齢者もいる。沿道の人たちは歓声をあげ、建物の窓から手を振っている人たちがいる。大半は当事者ではない。「フランスにはこんな国であってほしい」という想いで団結し声をあげているのだ。中絶が違法だった1972年のパリ郊外の裁判には、ジェーン・バーキンやシモーヌ・ド・ボーヴォワールがかけつけ、「だったら私を逮捕しなさい」という当時のMeToo運動を引き起こし、フランス各地でデモが起きた。そのような中、大統領選で中絶合法化が掲げられ、シモーヌ・ヴェイユが保健大臣として法律を通す役割を担った。
 シモーヌのおこなった改革は、彼女一人の力ではなく、多くの人が声をあげたことに支えられている。けれど、「変えていくことができる」ことを体現している彼女の姿勢に鼓舞される。

 現在のフランスの子育ての至るところに、70年代を動かしたシモーヌの功績が散りばめられている。筆頭は現在まさに日本で取り組まれている、働いていなくてもすべての人が保育を利用できる仕組みの創設。保育を預かりではなく積極的な幼児教育の場として捉え直した。保育を担う人材養成の強化と国家資格化、多職種化を進め、乳幼児への働きかけが不足することによる行動トラブルを防ぐ取り組みを進めた。女男平等大臣のポストの設立。未成年も匿名無料で避妊を利用できる制度。妊娠中の女性の保健所によるフォローとサポート。
 人工妊娠中絶の合法化も合法にするだけでなく、女性をケアにつなげる機会にした。中絶を実施するすべての医療機関には性の健康センターの併設とパートナー間アドバイザーによる面談を義務づけることで、「条件が整うなら産みたい」場合をふまえて情報提供する。現在でも性の健康センターでは必ず暴力被害の有無を確認することになっており、必要であれば即日シェルターに移せる方法を用意している。未成年でも中絶に親の同意は必要ないし、当然子の父の同意は必要ない。匿名無料で薬による中絶を受けることができ、緊急避妊薬ももらえる。
 シモーヌは出産費用を無料化し、無痛分娩もすべての女性の権利として無償化したため、現在フランスでは99%の出産が無痛分娩でおこなわれている。
 現在全国に1500箇所ある「子どもと親のための場所」は、子どもを遊ばせながら小児精神科医や心理士に親たちが気軽に子育ての話をできる場所である。また、親が親としての役割を遂行する意思を一定期間見せない場合は子どもが養子縁組できる法律も整えた。

 シモーヌの声は力強い。正しいと思っていることを胸を張って発言している姿に力づけられる。検察局での司法官の仕事、そして政治家として、まだ男性ばかりの職場で彼女の右腕を務めたのは男性ばかりだ。男性たちは最初は反対していても徐々にシモーヌのしていることを認め、積極的に力になる人が出ている。
 シモーヌは自伝の中に「与えられたミッションは、物事を動かしていける場合にのみ、自分にとって意味をなす」「法律を時代に合わせるには、人々の感覚の更新が必要で、法律が更新されても人々のメンタリティが深いところまで更新されるには、アクションをし続けなければならない」と書いている。

 シモーヌはシャネルに服を仕立てさせていた。自分が装いたい服装をしていることも、ぜひ注目して観てほしい。
 日本にもおそらく、シモーヌの芽はこれまでもたくさんあったに違いない。日本にたくさんあるはずのシモーヌの芽を支え、皆で手をつないで改革を引き起こしていく時代にしたい。

映画のオフィシャルサイト:https://simonemoviejp.com/
*安發明子さんの著書『一人ひとりに届ける福祉が支える フランスの子どもの育ちと家族』については以下から読めます。 https://wan.or.jp/article/show/10816